ep.0-3 なんでもないってば! にいさんデリカシーなさすぎ!
「出会い系ってことはさー、ナ……河野さんも、そういうの目的だったのか」
「ナナ! でいいって言ってるでしょ? にいさん。あと、デ・リ・カ・シー!」
4人での昼食のなか、俺は転校生河野さん、もといナナに聞こうと思っていたことを尋ね、そして即座に怒られることとなった。
「すまん……あー、でもゲーム内で俺の補助しかしてないし、デートイベントとかしてるところ見たことないもんな」
「そうそう、だからわたしはプレイヤーじゃありませーん」
「なんか面白そうだなその、エタなんとかってやつ」
孝雄が割って入る。
「うん。すっごく面白いよ――でも」
「あれ? アプリはストアから見つけたけど……、グレーアウトしてインストールボタンおせねーな」
「そうなの。サーバー負荷の兼ね合いで、初回登録限定なんだよね」
「まじかー。俺も七海ちゃんみたいな子とゲーム内で出会いたかったぜ」
軽口で言ってるがそれが嫌味に感じないのは、孝雄のキャラによるものだろう。
頭を抱えながらショックそうに俯く演技に対し、対面に座る桜さんが、よしよし、と頭を撫でている。
「桜さんは、ゲームとか興味ないの?」
そんな桜さんに俺は会話を振ってみることにした。
一瞬、驚いた顔を見せた彼女は、少し考えるような表情をして。
それからズレた眼鏡をくいっと指で押さえてから返事をした。
「やってないですよ、一緒にやる友達も、いままでいませんでしたから」
その言葉はそれまでに聞いた彼女のどの言葉よりも、はっきりとしたものだった。
「そっかー、じゃあさくらちゃん。今度いっしょにできるアプリさがそーね?」
「――はい!」
それからは女の子二人がスマホ画面を見せ合うようなやりとりを、俺は唐揚げに手を伸ばしながら眺める。
「俺……女の子に触れられたのはじめてかもしんねー」
「よかったな」
ぼそっと呟いた孝雄の言葉に対し、心にもない一言を返したりして。
楽しいひとときは、いつも以上に早い時間の流れのなか過ぎていった。
***
「――にいさん、遅いですよ」
「わりぃ、わりぃ。風呂入ったり色々やることやってたんだよ」
「ふーん。そろそろ攻略対象を絞らなきゃ、ですよ?」
俺の、俺たちのリビングにいるアニメーションの義妹が変わらぬ口ぶりで話しかけてくる。
昨日まではNPCだと思っていたその女の子こそが、実在するリアルの女の子のアバターだとは、今日の朝までは知らなかった。
だからか、ちょっと緊張する。
その露出の多いシャツを着て、胸の谷間が見えるのを何の気にもとめない様子。
溶けだした棒アイスを舐めとるその舌先。
そのすべてが、クラスメートの河野七海につながっているのだと思うと。いつも以上に刺激が強く感じてしまう。
「またじろじろ見てる」
「あ、ああ。すまん」
非難されたと感じて、俺は思わず目を反らした。
以降は、あまり気にしないそぶりでタブレット端末を手に日課の攻略キャラ一覧を眺めていく。
「んー、なんか良い子いた? それか里桜ちゃんにアタック決めちゃう?」
「……失敗したくないから、まだいい」
そう、失敗=その子とのコンタクトを失うリスクがある。
ましてその相手はゲームのキャラクターじゃないんだ。
里桜さん……どんな人なんだろう。とか思いながらスライドして、彼女のパーソナリティデータを確認する。
「失敗ねー。しないと思うよ。わたしは、そう思うな」
「なんでそう言い切れるんだよ」
「――キス、したとき。ちょっとどきどきしたから」
キス、という言葉まで聞こえたが、そのあとが良く聞き取れない。
「なあ、キスがなんだって?」
「なんでもないよ」
「なんでもなくないだろ、朝だってさ――」
――なんで、キスなんてしたんだよ。
そう言おうとした。
「なんでもないってば! にいさんデリカシーなさすぎ!」
そう言ってナナは背を向けた。
この程度の口喧嘩なら、これまでに何度もしたし。むしろぶつかり合うのを楽しいと感じていた。
それはこのヴァーチャルリアリティのなかの義妹が、そういうキャラだと思っていたから。
でも……いまは、そこに色んな感情があるんだと思うと、気が気じゃない。
(自然じゃ、ないよなぁ)
昨日までは自然な兄妹でいられてた。
それが事実を知った今、自然ではいられない。
それでも、自然な兄妹のフリをすることはできる。
「アイス、俺にもちょっとくれよ、な」
「……ばか」
後ろから、その小さな背中を抱きしめるようにして彼女の手に触れる。
その手に持った棒のアイスを奪いとって、俺は一口かじる。
味も匂いもないけど。
微かに甘い、ナナのフレーバーがした気がする。
チョコミントの味だ。
「キス……どうでした?」
思い出していたのは、今朝の彼女からのキスだった。
そのタイミングでのナナからの一言。
どんな言葉を彼女は期待しているんだろうか。
何という言葉を返せば、好感度をあげられるか。
次のイベントにすすめるか。
そんなことを考えてきた夏の中で、俺は本当の意味で選択を迫られていた。
――腕のなかにいる、この義妹を攻略するには、どうすればいいか。
「もう一度してやってもいいってくらいには。悪くなかった」
「……ほんと、ばか」
「ごめん、調子のった」
「いいよ別に。にいさんのそういうところ、いまさらだもん。また……明日、キスしてあげますよ。なんつって」
――イベント条件を満たしていない限り、エタ・サン内でのキャラクター同士のキスアクションは行えない。
そのルールに則ってのことだった。
***
「ねえ、にいさんこれ見て」
すっかり機嫌を直したナナとともに攻略対象を探していた。
見て、と言われたその画面には最終進展までしている好感度MAXのキャラクター
『星井里桜』。
「あれ……ん? なんか数値おかしくないか」
「気づいた? うん。イベントとかぜんぶ振り出しにもどってるよね。好感度も……」
よく見ると赤字でメッセージが記載されていた。
『好感度MAXから一定期間告白イベントを行わなかったため、好感度ステータスをリセットしました』
「……あちゃぁ、にいさんってもしかして説明書読まない派?」
「うっせぇ……それを言うなら、おまえだって今まで知らなかったんだろ?」
「……ぅ、だから……いま……いろいろと苦労してるんじゃん……」
「ん、なんのことだ?」
「なんもないっ! わたし明日も学校だからもう落ちるね! おやすみ!!」
そう言ってナナのキャラクターがふっと消える。
リビングに一人取り残されたまま俺は呟いた。
「……やっぱりあいつ、NPCじゃなかったんだなぁ」
( 【第0話】夏のはじまり・完 )
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます