ep.0-2 ありがとう。名前、憶えててくれて
騒ぎが収まりきらないままに朝のホームルームに突入した。
そのままに担任教師、逢沢香織(自称美人教師)の一喝からはじまった2年目の高校生活。
一年のときとの違いはもちろん……。
隣で(意外だったけど)マジメに授業を聞いてノートをとる転校生。
横から見るとまつ毛の長さとか、さっきとは色々と違った表情がみえてくる。
――意識しないわけは、ないわけで。
集中力皆無な状態で隣に座る河野七海……ナナのことを考えてしまっていた。
どうして急に……キスなんて。とか。
エタ・サンのこととか。
これからの――こととか。
(いろいろと気になりすぎて、授業内容ぜんぜん頭にはいってこねぇ!)
そんな状態のまま昼休みに入ることになったので、俺は思い切って直接理由を聞こうと考えたのだ。
「あのさ、ちょっといい――」
「にいさん! 昼だね! 学食紹介して!」
声をかけるその瞬間に、ナナは席を立ちそう大声で俺を呼ぶ。
隣同士だからそんなに声を張らなくても……と思うが、その感じはいつものVR上のナナらしくもあって――。
「おう、とりあえずなんか食いいくか」
そんな風に馴染んだ感じに俺は彼女へと言葉をかえした。
まるで今日初めて会ったとは思えないように、感じてしまうのは、もしかすると彼女なりのコミュニケーションによるものかもしれない。
そんなことを思いながら、椅子を引いて立ち上がったタイミングで、孝雄と目があった。
「あー。あとさ孝雄も、……友達も呼んでいいか?」
「もっちろーん! えっと、タカオ……タカちゃんか! タカちゃん! カムヒアー、ナウ!」
パチンッと指を鳴らし、とってつけた呼ぶ名で孝雄を呼びつける。
それを美人な転校生がやるものだから、滅茶苦茶目立つ。
最初に見た印象だともっと大人しい子だと思っていたけど、それは勘違いだった。
河野七海は、教室でもナナだ。
――俺の義妹だ。
呼びつけた孝雄と、目立った転校生。
そして俺の3人は好奇な目に晒されながら教室を出ようとした。
その瞬間、最後尾の俺はなにかに後ろ髪をひかれた気がして立ち止まることとなった。
いや、実際には髪ではなく、シャツの裾なんだけど。
決して強い力ではない。
むしろそれは弱弱しさすら感じる。控えめで遠慮がちなものだった。
「あの、私も……、私も一緒して。いいでしょうか」
「――あ、えっと」
俺に声をかけたのは、クラスメートの女の子だった。
大人しくて、髪の長い、眼鏡をかけた子。
名前はたしか――。やべ、思い出せない。
「やっぱり……覚えてくれてはないですよね――上矢くん」
弱弱しく呟いたクラスメートの顔は明らかに曇ってみえた。
(あー、さすがにまずったかな。いちおー、一年は同じクラスだったわけだし……)
記憶にはあるんだけど。
り……里桜……?
ちがう、それはエタ・サンのキャラだ。
でも、なんで……そうだ。同じ漢字の――
「さくら……、たしか桜さんだったよね!」
そう、桜。
俺がそう口にした途端、その顔がパアと明るくなる。
名前の通り、咲いたようなその笑顔は、いままで俺が彼女に感じていたイメージを簡単に覆した。
「ありがとう。名前、憶えててくれて」
ほんとに、嬉しい――。
小さな言葉は俺に対してのものではなく、おそらく独り言で。
それが聞こえてきたのが嬉しく感じる。
「いや、なかなか、出てこなくてごめん。もう憶えたから次はすぐに出てくるから! それで……えっと、いっしょに来るんだよね? 食堂」
「いいん、でしょうか」
「飯食うのはさ、一人よりふたり、ふたりより、三人。多い方がいいだろ? だから、四人目になってくれるなら俺は歓迎だけど?」
ちらっと俺は先で待つ義妹に目配せをする。
その答えとして彼女は、いつものように、サムズアップのジェスチャーを返した。
「オッケーってさ、いこうぜ」
「……はい!」
***
学食はここ
4F建ての校舎のなかで、1~3Fまでがそれぞれ下から1年、2年、3年の教室になっており、最上階に学食がある。
なかはガラス張りのロケーションを見渡せる、まるで観光ホテルのレストランのようなつくりをしている。
そこから見える景色は一面のオーシャンビューだ。
校舎自体が海沿いの高台に建てられていて、その景色を一望できるようにとあえて4Fに学食を配置したのだという。
粋な計らいだと思うが、1年も居れば特別でもなんでもなくなって、誰も海を見ようとはしていない。
「わーーー! オーシャンビューッじゃん! 桜舞う海! めっちゃ感動! ね、ね、にいさん。写真撮ろ、写真!」
――だから、こんな反応をするのは、転校生くらいだ。
ちなみに1年生も初めて入ったときには同じ反応をするのだが見た目の敷居の高さからか、利用する新入生はほとんどいない。
最低でも俺らの代はそうだったし、先輩の話からもそうだと聞いている。
『あ。でもね、いたよーキミよりも先に平然と一人で利用してた子。なんか、淡々とした感じのくせっ毛のある髪の女の子だけど』
やっと学校に慣れてきた7月頭くらいに俺が意を決して学食に足を踏み込んだとき、顔見知りの先輩から言われたのがそんな言葉だった。
と、説明が長くなったが。
要するにここ学食が学園の推しポイントであり、義妹がはた目から見てもわかりやすい転校生ムーブをとっているということだった。
「……私、はじめて学食きたんですよね」
「え?」
俺は思わず声をあげてしまった。
一年間学園にいて、ここに来たことがないと、まさか桜さんが言い出すとは思わなかった。
「あ。えっと、やっぱり変ですよね……私いままで一緒にいくような友達もいなくて」
「変じゃないって! それに、ね? わたしたちもう友達だし、これから毎日ここ来よ? このみんなで。わたしここ気に入っちゃったから。いいよね? いいよね?」
その同意は俺に対してだけじゃなくて、桜さんにも、孝雄に対してもだ。
それに反対する者もいない。
「いいんじゃないか? とりあえず、写真はそのへんにしといて食券買ってこようぜ」
「は~~い。――あ、さくらちゃん。あとでいっしょに撮った写真送りたいからラインきいてもいい?」
女の子同士楽しんでるみたいだな、と思い俺は孝雄と先に列に並ぼうとした。
そのとき、今一度、裾を引っ張られる感覚があった。
「あの……」
それは、先ほどと同じく桜さんだった。
「みなさん、いっしょにライン交換とかしちゃったら、だめですか?」
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