13:フィズィ
いるのだろう……
どうしてこんなにたくさんの客が……
いるのだろう……
どうしてこんなにたくさんの客が……
爆弾工房の内部が見渡せる黒板大の一枚窓を背にして、アグロは窓枠のかろうじて手をつけられる場所に尻を置いていた。
そこは絶対に座る場所ではなかった。しかし雑踏を眺めているにはじゅうぶんな安定感があった。
視界の右から左へ、左から右へと、さまざまな形を成した者があらわれては消えていく。
こいつらはどこから来たのか、こいつらは何者か、こいつらはどこへ行くのか。
彼の背後、つまり爆弾工房内部では、爆弾制作の現場を眺めることのできる公開アトリエになっていた。
ときどき爆風で窓が揺れるが、絶対に割れることはなかった。
ビビは、朝からそこで新たな武器となる爆弾を仕込んでいる。陽気な店員とも意気投合し、仲良くボンバートークに花を咲かせ、殺傷力や携帯性の向上をめざしては試行錯誤し、異なる意見から口角泡を飛ばし、生みの苦しみに絶望し、しかし想いが結実していくことに創作の喜びを見いだし、何発も黒煙を噴き上げた。
もしも失敗して誤爆しても、特殊な防具のおかげで大けがには至らないという。
二人で開店直後に入ったきり、ビビが出ようとしないので、アグロだけ先に出てきたのだ。
いつしかアグロの隣には知人がいた。
雑踏を眺めている彼とは反対に、その女は工房のアトリエを見続けていた。
彼女の名はフィズィ。
アグロの事務所の下でタトゥーサロンを開いている若い女性だ。
金髪で、細身。肩を露出させ、長い舌の先は二つに割れていた。
何より目を引くのは、腕に大きな青黒い蛇のタトゥーが彫られていることである。
フィズィは飲みかけのペットボトルを逆さまにして手に携えていた。底部のへこんだ部分を天に、濃いピンクのキャップを地に向けている。彼女がぶらぶらと腕を揺らすたびに、ボトルの中身がちゃぷちゃぷと波打つ。
「なあ……それ、ミネラルウォーターか?」
互いに反対を向いたままで訊いた。
「そだよ。クソまずい硬水。びっくりした。ほとんど鉄を飲んでる。水の味がする鉄だわ、これ。だけどね……」
「水の情報はどうでもいい。なんでボトルを逆さまに持っているんだ? なんか気持ちわりいぞ」
「…………」
フィズィはなにも言い返さずに黙っていると、アグロは付け足した。
「それだと一度口をつけたキャップ付近に水が触れてしまう。なんか汚くないか」
「は? どうでもいいじゃん、そんなこと……」
「なんか意味あるのかなって思ったんだ」
「キッショ」
フィズィはようやく男のほうを見て、あきらめたように話し出す。
「腕にタトゥー入れてるでしょ。腕の蛇がさ、勝手に水を飲んじゃうんだよね、ボトルの口から。だから勝手に飲まれないために逆さにしてんの。そういうこと。てか、こっち向いてよ」
アグロは振り向いた。
「ますます気持ちわりいな。蛇がなんだって?」
「水を飲むのよ。ここんとこずっと暑いもんね」
「スネークは」とアグロは呆れて言った。「スネしか喰わんだろ」
「ヘビーなものも食べるよ」と訳知り顔のフィズィ。「そんで水を飲む」
「信じられないな」
「けっこうがぶがぶいくよ、この子。飲むとこ見る?」
「見せろよ」
「まじ?」
フィズィはボトルを持ち直す。今度はキャップが上だ。だが当然、タトゥーの蛇は微動だにしない。
「いまはお腹いっぱいみたい」
「いっぱい欺くのな、おまえ」
「アンタほどじゃないから」
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