11:異世界との交信
ウィジャのひざの上でマスターボードが振動している。
その上の虚空にも、マスターボードと同じサイズの四角い通信画面が浮かび上がり、次第に解像度は鮮明になっていく。
暗い部屋に、見知らぬ女の子の三人組がいる。彼女たちは息をひそめ、三人がかりでウィジャボードの文字盤に指を重ねて置いている。
雑音の砂嵐。
その中から、女の子たちのかぼそい声が重なって聞こえてくる。
《ウィジャさんウィジャさん……》
はーい、とウィジャが眼を細め、朗らかに返事した。名前を呼ばれるとうれしいらしい。だが彼のその幼気な笑みも、返事も、むこうに届くことはないのだ。
《私たちは、全員、14歳です》
「若いねー。まだ哺乳瓶かな? アハハ」
けらけら笑っていたが、一瞬、真顔になる。
「おいおい……14歳といっても100歳以上なんだろ?」
むこうの声は全部こちらに筒抜けである。
ビビとジャコも集中して耳を傾けている。ウィジャを挟んで画面のむこうの世界に釘付けだ。いまや通信画面は綺麗に像を結び、女の子三人組のおそろいの三つ編みミサンガの配色までもが確認できるようになった。
《ウィジャさんに、これから質問をします。どうか答えてください》
「いいよー。アハハ」
《あなたはそこにいますか?》
お決まりの質問だ。すべてはこの質問から始まる。
ウィジャはあらかじめ盤面に置かれた指を、YESのほうへ滑らせようとする。
だが指が動かない。指に力がこもる。汗を流している。指をYESのほうへ動かすだけなのにそれができない。難儀している。
「ねえ、なにをしているの?」とビビ。
ジャコが説明する。
「むこうの人たちは指を使って、ウィジャくんのメッセージを聞こうとしているんだ。だからウィジャくんは、指でメッセージを伝えてやる必要があるんだよ。わかる?」
「ここにいるよ、って言えばいいじゃない」
「いや、でもね、こちら側からの声って伝わらないんだよ。それでウィジャ君の指が、むこうの指を操作して、メッセージを紡いでやるんだよ」
と、ジャコはていねいに説明してあげた。
「ふーん。よくわからないけど、あっちとこっちで、ボード越しに指と指が触れあってるってこと?」
「そういうことになるね」
「なんだかロマンティックね」
異世界との交信は、ビビたち側からしてもやはり異世界との交信なのだ。
ウィジャは額から汗を流している。やはりボードから指が動かない。
「ロマンはいいんだが……今日はちょっと初動が重いな……主導権を取るのはなかなかむずかしいんだ。いつもはもっと簡単なのにな。そうだ、みんなも協力してくれないか。俺の指の上に、みんなの指を重ねて置いてくれないか」
ウィジャの人差し指にジャコの人差し指がそっと重なる。その上に、ビビも指を乗せた。
「あっ」
ジャコの声が漏れる。
「こいつ、女の子に触れられてびびってやがる」
「びびってないもん」
「でも顔が赤いぜ」
「……そんなことないよ!」
男同士でやいのやいのしているところへ、ビビが口を挟む。
「指くらい触れたってどうってことないよね。昔、間近でパンツ見せられたんだし」
「……!!」
ジャコの顔がさらに赤くなる。
ほう? とウィジャ。
「あれは勝手にビビちゃんが……」
「え、なになに? 破廉恥物語? いつから知り合い?」
ウィジャは感嘆する。
「いいなあ、ジャコ。俺のパンツも見てくんない?」
「なんで?」
それは、ともかく。
三人がかりで指をYESに運んでいく。今度はうまくいったようだ。
当然、むこうの世界にいる女の子たちの指もYESに滑っていく。
むこう側の指をハックしたといってもよいだろう。
盤を介して、女の子たちの狂乱ぶりが伝わってきた。
指のコントロールを容易にするために、ウィジャは盤上で∞の字を何度もえがいてみせる。
むこうはさらにパニックになったようだ。彼女たちの意思にかかわらず指がいきなり勝手に暴れだしたのだから。
「よっしゃ。動かしやすくなった。もう指離していいよ」
ウィジャはもうゴキゲンだ。眼を細めてにんまりしている。
「お次の質問どーぞ、っと」
すると画面の奥で、女の子の一人が大きく息をついてから、おそるおそる質問した。
《ウィジャさんウィジャさん……あの、その、私のダイエットは成功するでしょうか? どうか教えてください》
溜め息。
「俺を呼び出しておいて、しょうもない質問すんなよなあ? よくあるんだよ、こういうの」
無回答である。指は動かさない。だから女の子三人組の指もまったく動かない。
「彼女たちにとっては人生に関わる大切なことなんだよ」とジャコがフォローを入れた。
「答えてあげないの?」とビビ。
「でもな、もっと具体的に質問してくれないと困るよ」
ウィジャが黙っていると、別の女の子の質問が飛んでくる。
《ウィジャさんウィジャさん……中学生でまだパパと一緒にお風呂に入ってるのって変ですか?》
今度も無回答。
「いやさ、好きにしたらよくね? そう思うわけ」
「じゃあNOに動かしたらいいんじゃないの」とビビが言う。
「あのね、ビビさん。俺はねぇ、くだらない質問に力を割きたくないんだ。一回一回はたいしたことないけど、トータルではけっこうな体力を使うんだぜ?」
質問は矢継ぎ早に飛んでくる。
《友達の家に遊びに行った際、洗面台を借りて、手洗いとうがいをすべきですか?》
《バスタオルって何日おきに洗うべきですか?》
《数学の××先生と体育の△△先生が付き合っているという噂は、ほんとうですか?》
《おばあちゃんがくしゃみをしたら入れ歯が大空のかなたへ飛んで行ったっきり落ちてこないのですが、いつか入れ歯は帰ってきますか?》
《さそり座が1位を取りやすい占いコーナーを教えてください》
《落ち着くので電気を消して風呂に入っていたら、親からたいへん怒られました。ウィジャさん的にはどうですか?》
《おやつにとっておいたカスタドンが一個消えているんですが、ウィジャさん勝手に食べました?》
《合唱部なのにラテン語曲を歌わんは女々か?》
こんな具合。
「……だから、しょうもない質問すんなってーの! あと変な方言のヤツがいるぞ!」
ジャコが暗い顔をして突っ込む。
「ウィジャ君。ひとのカスタドンを勝手に食べたらだめだよ」
「食べてねぇって!」
しまいにはこんな質問。
《tan1°は有理数ですか?》
「あ!? 俺を試そうとしてる!? 試そうとすんな!」
指は動かさない。
「たまには動かしてあげようよ」とジャコが提案する。
「はあ……数学はからきしなんだよなー」
ウィジャは遠い目をしている。
「でもtan1°って半端な数字じゃない? たぶん無理数だよ。NO」
「ありがとよ……ジャコを信じるぜ……」
「たんたかたーん♪」ビビは誤魔化している。
指をNOへ。
すると。
《それを証明できますか?》
「……だから俺を試すなあああああ!!」
「たんたかたーん♪」とビビ。
「おい、ジャコ、どうするっ」
「た、たんたかたん……」
ジャコはそっぽを向いた。
「とほほ……たんたかたんだぜ……」
指は動かさない。
tan1°が有理数であるかどうかには答えたのに、証明できるかについて聞かれると無反応というのはある意味で一番ダサい。
《正直なところ、ウィジャさんってなんなんですか?》
「っるせえ! ウィジャはウィジャなんだよ! ウィジャの意味を聞くようなヤツはウィジャできんわ!」
その声は決して向こうには届かない。
極めつきに最後の質問はこれだった。
《ねえ、ウィジャさん。居酒屋ランチで女子会するって変ですか?》
「変だよ!!!」
YES!
ギャーギャー愚痴りながら指をYESに持っていけば、むこうはむこうできゃあきゃあ騒いでいる。
「若い女の子が、居酒屋でなにを食べるんだろう」とジャコが不思議がった。
「知らねーよ。ハンバーグ定食とか、唐揚げ定食とかでワイワイやるんじゃねーの?」
ビビが眼を輝かせた。
「そういえば居酒屋のランチって意外と安くて、居心地も良いって、ダンナ様の依頼者が言ってたわ! お金のない若い子にはいいかもしれない。広い店なら、暗がりでゆっくりできそうだし、居酒屋ランチで女子会とは素晴らしいアイデアだわ」
その後にビビは「知らんけど」と付け足した。「知らんけど」には自論に責任は持てないというニュアンスがある。
「いつかみんなで一緒に行きましょうね」
「行かないね!」
興奮気味の少年の声が、人工キャンプ場の夜空にむなしく響いた。
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