10:ウィジャくん



「ウィジャさん、と、人は言うがよ」

 柳のようなしなやかな身をよじらせ、少年は吐き捨てるように名乗った。

 冷たく精悍な眼をもつが、呪わしげな雰囲気を全身にただよわせている。

 ウィジャの手ににぎられている不思議な板がしきりに振動している。止まったり震えたりを繰り返すバイブレーションをも意に介さず、意図的に無視している。

「ウィジャさん。携帯電話が呼んでいるわ。出てあげなくていいの?」

 ビビが訊いた。少年たちとあっという間に打ち解けていた。

 それは携帯電話にしては平たすぎる。古書のような風格があるが、本であれば厚みは五十ページにも満たないほど薄い。

「ああ、いいんだよ。でも、これは携帯電話じゃない。通信機器には違いないが……そうだな、暇だから、ビビさんにも見せてあげようかな、この板っきれの秘密を。な、ジャコ、そうしようぜ?」

「いいけど」と、ジャコと呼ばれた猫耳の少年は不安げな顔をして、小声で提案した。「それじゃ、あんまり人のいないところがいいね」

 ビビを中心に三人で並び、ひと気のない杉林へ向かう。

 いったいなにが始まるのか、ビビは足取りを軽やかに浮付かせている。

 ジャコが話し始めた。

「ウィジャ君はね、ウィジャボードの怪異なんだよ。というかウィジャボードの怪異だからウィジャ君って呼ばれてるんだけど」

「なるほどね」とビビは相槌を打つ。「女の子たちを扇動して破壊衝動に目覚めさせて、はちゃめちゃに大暴れさせるなんて、とてもクールよね」

「ビビちゃん、なにを言っているの?」

「だって《美女暴動》の怪異なんでしょう」

「あのね、《美女暴動》じゃなくて《ウィジャボード》。つまらないシャレを言うと、月が舌を出して昇るっていうよ。あのね、ウィジャボードってのは交信に使う板のこと。ほら、いまもウィジャ君が持っているよ」

「交信って、だれと?」

 ビビが首をかしげながら訊くと、今度はウィジャが答える番だった。

「交信するっていうか、交信される側ってとこかな。俺はもっぱら、いや常に、呼び出される側なんだ」

「ちっとも要領を得ないわ」とビビは唇をとがらせる。「工具箱の隅のトルクレンチにもわかるように説明してくれる?」

 つまり、こういうことだった。

 ウィジャボードと呼ばれる板は、異世界に何枚か存在するらしい。

 ウィジャボードの発見者は、それを適切に用いることで《ウィジャさん》(この少年のことだ)との交信ができる。

 ウィジャが持っている板はマスターボードと呼ばれ、彼だけのものだ。そして彼とマスターボードは、表裏一体の関係にあるという。

 どのウィジャボードにも、ABC……Zの文字、0から9までの数字、YESの太陽とNOの月、それから交信終了のための《GOOD BYE♪》の文字が描かれてある。

「俺が持つマスターボードと、ほかのウィジャボードとのあいだには決定的な違いがある」

 ウィジャは眉間に影をつくって威厳たっぷりに話した。

「俺だけは、板を介して、むこう側のようすを一望できるんだ。むこう側が緊張に怯えながら交信を試みるその表情も、慌てふためくさまもね。だけどむこうから俺のすがたを見ることは不可能。つまり、マジックミラー号みたいなものだ」

 ひと言余計であった。

 見た目こそ呪わしげな怪しさをただよわせる少年だが、時折カラカラと笑うさまは純な魂をもった少年らしさに満ちあふれている。心の奥底から女の子との会話を楽しんでいるようだ。

「いわくつきのアイテムって感じでおもしろいわね。文字のフォントが創英角ポップ体なところもすてきね」

 ビビがさらに余計なことを口走った。

 少年二人に緊張が走る。

 ジャコは大きな猫耳をピンと立たせた。

 ウィジャはその場で硬直。唇を真一文字に引き結ぶ。

「創英角ポップ体のウィジャボードだわ! 創英角ポップ体のウィジャボードってとっても愉快ね。ABCも123もぜんぶ創英角ポップ体! 創英角ポップ体特有のハイテンションで空回りした雰囲気ってぜんぜんきらいじゃないわ。こんなにすてきなものがあるなんていままで知らなかった」

「………………」

「………………」

 ジャコはおろおろ。

 ただでさえ暗いウィジャの顔面がもっと暗くなる。

「フォントのことだけは言われたくなかったんだ」

 手の甲でまぶたをぬぐっている。

 ちょっと泣いているのかもしれなかった。

「でも、褒めてくれて……あり、が、とよ……」

 顔面蒼白のウィジャは二人から顔を背け、過呼吸ぎみにあえぎつつ肩を上げ下げし、卒倒しそうになるのをこらえ、深呼吸してから、結局卒倒した。

「ウィジャくーん!?」

「ウィジャ君にはよくあることだから、だいじょうぶだよ」

 彼の親友が、うろたえるビビを落ち着かせていた。

「ちょっと血が足りていないけど、そういう生き物なんだ」




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