9:vs.丸呑みドラゴン(ズ)
いっぽうビビは、夜のキャンプ場を好奇心の赴くままにそぞろ歩いていた。
そこはテントもまばらな一帯。
芝の上で、夢見ごこちのドラゴンが二頭くつろいでいる。
翼は控えめだが、尻尾は短く太い。眼は狂暴そうだがとろんととろけている。あくびをすると紫の長い舌が見える。
膨れあがった腹はほとんど気球。ドラゴンたちは胎児を労わるようにお腹をさする。たくさん夕飯を詰めこんだようだ。
二頭のお腹が上下運動している。不自然な揺れかただ。
そのとき腹の中から「ここから出し……」という少年の声が漏れ出したが、とたんにドラゴンは自分のお腹をしたたかになぐりつけた。
ビビは細い尻尾をゆらゆらと揺らしながら、二頭のドラゴンの近くに寄って行った。
「こんばんは、ドラゴンさん。ずいぶん大きなお腹ね。なにを食べたらそうなるのかしら?」
「なあに、小娘? 私たちがなにを呑んだか知りたい? とっても素敵なものを丸呑みしたのよ。さあ、なんだと思う?」
と、一頭が言った。
「あひるかな? タイプライターかな?」ともう一頭。「それともスケルトンブルーの初代iMacかな?」
するとお腹がしゃべった。くぐもった声だ。
「だ、だれかっ……た、たすけ……」
ゴチン。
ドラゴンはまた自分のお腹をなぐった。それでお腹の声は聞こえなくなった。
「やはり人生経験が浅いやつはだましやすいわね。イキり放題にイキっていてかわいかったわ。反論されただけで馬鹿にされたと感じてしまうそのセンシティブさ、フラジャイルさ。そして二言目には『俺らのことナメてんのか?』だからね。とってもかわいかったわ。ナメるだの、ナメられたくないだの、そういうマウンティングの価値観がむきだしの田舎者って大好きよ。心の底から哀れむという行為を思い出させてくれるんだから」
ドラゴンの一頭がまるまると膨らんだお腹をビビに見せつけて言った。
「じつはね、少年を丸呑みしたの。少年って舌ざわりがとてもいいの」
「そうなんだ」とビビは答えた。「でも、男の子って消化にわるそうじゃない?」
「ゆっくり消化していくのが至上の愉悦なのよ! 少年は必死にもがいてもがいて、暴れるんだけど、痛くもかゆくもないわけ。どうすることもできず、抵抗むなしく栄養分にされちゃうの。その顛末をゆっくりと長い時間をかけて楽しむのよ。まさに、これからね!」
ドラゴンの二頭のお腹がいままでにないほど強く、激しく、抵抗しはじめた。
「おほほほほほほほ。かわいい、かわいい。少年って何度呑んでも飽きないわ」
もう一頭が言う。
「なあに、小娘、怖気づいた? さっきから怖い顔して押し黙っちゃって」
ビビは答える。
「私、田舎から来たの。田舎ってみんなそろって無知のくせに自尊心だけはいっちょうまえだし、低能で、野蛮だからきらいよ」
「おほほほほほほほ、そうでしょうそうでしょう」
「でも丸呑み文化はもっと野蛮。よくかんで食べるべきだわ」
ドラゴンの一頭が眉間にしわを寄せる。
右脚で地面を一度、強く踏み鳴らした。
「しぶといわね、私が呑んだ子……。ちょっと爪を立てすぎ。必死なところも可愛いけど」
「どれだけ暴れても、私たちの食道には、脳の意識と連動した強力なカエシが何重にも生えているのにね」
「そうそう。いったん胃の中に入ってしまったら最期。私たちが《出してあげない》って強く思うかぎり、物理的に脱出不可能だし、どんな魔法も通さない。でもこんなに暴れては、ゆっくり休めないわね」
「それなら胃腸薬をあげるわ」ビビはうちわであおぐように自身の翼をはためかす。「つらそうだもの」
「ありがと。でもそんなもの効かないわ」
「爆竹ならどう?」
ビビが手のひらにカラフルな球を乗せて見せつける。
「あなたがたはレベルの高いドラゴンだから、爆竹なんて痛くもかゆくもない。だけど、お腹の中の子はびっくりして、きっとおとなしくなるわ」
ビビのアイデアに、ドラゴンたちは眼をまんまるくして、息を吐いた。
「へえ、いいアイデアね。ひとつくれるかしら。それで小僧を黙らせてみるわ」
「いいわね。こちらにもちょうだい」
「わかったわ。じゃあ二人とも口をあーんってして? 私が飲ませてあげるね! はい、あーん!」
それは爆竹ではなかった。
ビビ個人製造のフリスビー爆弾(仮)で、特殊な円盤状爆発を起こす。
一つぶから水平展開して波紋が広がるように破壊の限りを尽くすが、天地へはほとんど被害を起こさないのが特徴だ。
ちなみに特許出願中らしい。特許が成立したらぜひビビちゃんを祝ってあげてくださいね。
ドラゴンの食道で爆発が起こった。
「うぎゃあああああああああああああああっっっ!!!」
「ぐわあああああああああああああああああああああっっ!!!」
ドラゴンの首が二つ吹っ飛んだ。続いて生まれる二発の水平爆発をビビはよける。遠くで木が真っ二つになって倒れる。
「ふうっ……ドラゴン倒しちゃった」
動かなくなった二つの胴体から、胃袋を突き破って二人の少年が飛びだした。
飛びだした、というよりは転がり出てきた。
少年たちは血まみれだったが、幸い死んではいなかった。
一人は亡霊のように陰鬱な少年だ。
少年期特有の憂いと誇りを顔に湛えている。胃液で濡れた銀色のような無彩色の長髪が力なく芝の上に投げされている。
芝の上に横たわりながら、彼はABCなどの文字が描かれた珍妙な板を大事そうに抱えている。ひどい悪寒にふるえ、からえずきをしながらあえいでいる。
もう一人は、猫耳の生えた少年。
フード付きのパーカーを着ている。猫目になって爪を立てたままだ。芝の上にひざをつき、肩で息をしている。眼の焦点が合っていない。呆然としているようだ。
猫耳の少年は、眼前に立つビビをやっと見つけて「みょあっ!?」と叫んだ。
お互いに、どこかで会った気がすると思っていたのだ。
「アンタ全身真っ青ね。トロンレガシーみたい」こともなげにビビは言う。「それって元から?」
そのようにして、ビビは夜のキャンプ場で二人の少年と出会った。
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