第52話 うわぁ……!

 オーケルフェルトの屋敷に戻り、エセ騎士服に着替えて帯剣する。

 そして玄関のホールで待っていると、セヴェリが外から帰ってきた。


「おかえりなさいませ、セヴェリ様」

「ただいま、サビーナ。遅くなってすみません」

「大丈夫です。セヴェリ様、お食事は?」

「外で済ませてきました。今デニスに馬を用意してもらっていますから、行きましょう」


 言われるまま外に出ると、デニスが厩舎から馬を二頭連れてきていた。


「セヴェリ様、用意できました!」

「ありがとう、デニス。では、行きましょうか」


 そういうと二人はさっと騎乗している。どうやら今回は馬車ではないようで、サビーナはどうすればとキョロキョロした。


「サビーナ、あなたはこちらですよ。一緒に乗ってください。馬になど、乗ったことはないでしょう?」


 セヴェリに手を差し出されながらそう言われる。しかしサビーナが答える前にデニスが口を挟んだ。


「え? サビーナも連れて行くんですか?」

「ええ。そうですが、なにか」

「……いえ」


 デニスは不思議そうな顔をしながらも口を噤んでいる。セヴェリはそんなデニスの言葉など気にせず、もう一度サビーナに言った。


「サビーナ、乗ってください」


 サビーナはセヴェリの手を前にフルフルと首を横に振ってみせる。二人乗りするなんてとんでもない。


「いえ、私、馬は乗れるんです。父親が馬のレンタル店で働いているのもあって、家族で遠乗りをしたこともありますし。だから馬を一頭貸して頂ければ……」

「乗りなさい」

「え? でも……」

「乗りなさいと言っています」


 有無を言わせぬその言い方に、サビーナは戸惑いつつも彼の手を取る。そして馬の前方に乗ったサビーナを、セヴェリは後ろから抱き締めるように手綱を握っている。あまりの密着度に、顔が勝手に熱くなった。


「行きますよ」

「セヴェリ様、今日はどこへ?」

「ラフルールの街へ。今から行っても夕方までには十分着くでしょう」


 そう言いながらセヴェリは馬に指示を与えて、街の外に向かい始めた。デニスが後ろからサビーナ達を追い越し、右斜め前方に付けて馬を歩かせる。

 一見して、例の小瓶を付けているようには見えなかった。騎士コートの下に隠れているのだろう。セヴェリには気付かれていないということがわかってホッとした。

 しかしデニスは、同じような物がセヴェリに付けられていると気付いていないのだろうか。まぁ彼のことだから、そんな細かいところまでは見ていなさそうではあるが。


 一行はラフルールの街へと向かった。

 ゆっくり馬を歩かせ、休憩も入れて、三時間ほどの道程だった。魔物が出ること野盗がでることもなかったので、快適な旅と言えばそうなのかもしれない。

 しかしデニスを目の前にして、ずっとセヴェリと密着しているというのは胸が詰まる思いだった。もちろんデニスは仕事中なのでそんなことを口に出したりはしない。彼は職務に忠実な男なのだ。セヴェリに対し、と言い換えても良かったが。


 ラフルールの街に着くと、なぜか仮眠を取るようにとセヴェリに言われた。どうやらセヴェリも眠るつもりらしい。もちろんデニスは護衛役なので、起きておかなければいけなかったが。

 時刻は午後四時を少し過ぎたところだ。眠れるかどうかを心配したものの、身体的な疲れと精神的な疲れが合わさったためか、宿屋のベッドに転がると一瞬で眠ってしまっていた。


 そして空腹で目が覚めると、部屋の中は真っ暗だった。

 今宵は満月の為、外から漏れ入る光でなんとか部屋を確認することができる。サビーナは何とかランプに火を灯し、デニスに貰った懐中時計で時間を確認した。


「っう! うそ、 十時過ぎてる!?」


 なんと仮眠のつもりが、六時間近くも眠りこけてしまっていたようだ。これでは仮眠ではなく、本当の睡眠である。

 サビーナは慌てて部屋を出ると、セヴェリの部屋に向かった。


「お、サビーナ。やっと起きたか?」


 セヴェリの部屋の前で警護しているデニスが、サビーナを見てカカカと笑っている。


「デニスさん、セヴェリ様は……」

「とっくに起きてるぜ。中に入るか?」

「う、うん」


 デニスが扉をトントンと叩きながら、「サビーナが来ました」と中に声を掛けている。するとすぐに中から扉が開かれ、セヴェリが優しい顔を覗かせた。


「おはよう、サビーナ。よく眠っていたようですね」

「す、すみません。すぐ起きるつもりが……」

「いいのですよ、用があるのは夜でしたから。さて、出掛けましょうか」


 そう言って前に進むセヴェリに、サビーナとデニスは付いて行こうとする。しかし二、三歩進んだところで彼は後ろを振り向いた。


「ああ、デニスは今から朝まで休息を取っておいてください」

「え? でも」

「彼女が護衛の代わりになります。問題はありません」

「けどもう夜も遅せぇし、せめて目的地に着くまでは護衛させてください」

「わかりました」


 セヴェリはあっさりと承諾し、そのまま宿を出ていった。

 そんな彼の手にはなぜかバスケットが握られている。それに気付いたサビーナは、手を差し出した。


「セヴェリ様、お持ちします」

「ええ、お願いします」

「これは、なにが入っているんですか?」

「サンドイッチですよ。サビーナは夕飯を食べ損ねたでしょう。宿の主人に頼んで、作っておいてもらったのです。お腹が空いているでしょうから、食べながらでも構いませんよ」

「あ、ありがとうございます。でも後で落ち着いて食べます」


 さすがに主を横にして食べ歩きなどできるはずもなく、そのままバスケットを持って歩いた。

 セヴェリは街外れに足を運んでいる。満月の光というのは思った以上に明るく、地上を優しく照らしていてくれていた。

 一体どこに向かうのだろうと不思議に思いながら付いていくと、セヴェリがこちらを見て優しく笑った。


「もう少しです。ここを登ればすぐですよ」


 緩やかな丘を、三人は登りきる。そして見下ろすその先には……。


「うわぁ……!」


 サビーナは思わず感嘆の声を上げる。

 そこには、一面に咲く月見草の花があった。

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