第49話 うん、絶対に大事にします
ようやく風邪が治り、デニスとの約束の日である水曜日がやってきた。
この日はデニスの家ではなく、少し格式の高い料理店へと向かっていた。
セヴェリ相手だったなら、入店を拒否してしまいそうなお店だったが、デニスとなら心置きなく入れる。デニス相手なら少々のマナー違反をしたところで、彼は気にもしない……というより気付かなそうだ。そんな変な安心感からサビーナは気楽に入店した。
デニスは個室を希望し、誰にも見られぬように配慮してくれている。周りの客の目も気にしなくて済むので、さらに安心だ。
「風邪だったって? 大丈夫か?」
「うん、もう大丈夫です。働き始めてからは気をつけてたんだけど」
「まぁ、気を付けてても風邪引いちまう時は引いちまうしな。ま、食おうぜ」
目の前に出された料理に、サビーナは舌舐めずりする。しばらく質素な物しか食べていなかったので、これは嬉しい。
「なぁ、また今度うちに来てくれっか?」
「はい、もちろんです。ちゃんとお詫びもしたいし。今日はデニスさんの家に行くのかと思ってました」
「あー、まぁ、家族のいる場所じゃぁ渡しづれえからな」
「え? なにをです?」
サビーナは食べる手を止めてデニスを見た。
彼は嬉しそうに顔を綻ばせながら、無造作に己のポケットに手を突っ込んでいる。そしてジャラリと音を立てて、それを取り出した。
そして差し出された物を見て、サビーナは固まってしまう。
「受け取ってくれ。あると便利だぜ」
目の前に出されたのは、懐中時計だった。
サビーナは、セヴェリに貰った懐中時計を内胸のポケットに入れてあるので、一見して懐中時計を持っているとは分からない。だから彼は、サビーナは懐中時計を持っていないと思い込んでしまったのだろう。
「えーと、でも……」
「気にいらねぇか? 周りに色々聞いて、女の子が喜びそうなのを選んだつもりなんだけどな」
目の前に吊ら下げられると、つい手に取って見てしまった。
ハンターケースの外側は透かし彫りで、内側は濃紺をベースに星空をイメージした宝石が散りばめられている。ケースを開けてみると、文字盤にはこのランディスの街の名所である時計塔がデザインされていた。
「どうだ?」
「う、うん。すごくいい……けど……なんで懐中時計を?」
よりによって懐中時計を……とは言えず、少し眉を寄せながらデニスを見る。
「時計がねぇって不便だろ。住み込みメイドは門限もあるし、こうやって一緒に出掛けた時、いちいち俺に時間を聞くのも嫌じゃねーかと思ってよ」
「はあ、なるほど……」
「礼はいいぜ。俺が勝手にプレゼントしたいだけだったからよ。それよりこれうめぇぞ。食べてみっか?」
目の前に料理のつけられたフォークを差し出されて、パクリと食いつく。
「モグモグモグ……うん、美味しい。けど、こんな高い物……」
「お、これもうめぇ! ほれ、食ってみろ」
「むぐ、モグモグ」
「お、こっちもいせるぜ」
「ムグムグモグモグ」
デニスに次々と食べ物を放り込まれて、断る暇もなく結局受け取ってしまった。
おそらく彼は、深い意味があって懐中時計をプレゼントしてくれたわけではないのだろう。
サビーナが懐中時計を持っていないと思ったから、あると便利な物だから、買ってあげた。その程度の感覚に違いない。
それにしては高そうな物ではあったが、サビーナはそう思うことにした。
食事が終わり、帰る段階になってようやくサビーナはデニスに頭を下げる。
「ご馳走様でした、ありがとう。それに懐中時計も……」
「おう、使ってやってくれ」
デニスは少し照れたように鼻をこすりながら笑っている。
思えば、デニスからの初めての贈り物だ。嬉しくないわけがなかった。認めてしまうと気分が高揚してくる。
「うん、絶対に大事にします」
そういうとデニスは並びの良い歯を見せて笑い、サビーナの肩をポンポンと叩くように触れた。
「ヘヘッ」
「……えへへ」
互いを真正面に据えて、少し照れながら微笑み合う。
デニスと一緒にいると、ほっこり出来る。
そして……なぜか胸がきゅっとなる。
しかし、そのかすかな胸の痛みの正体を言及しようとすると、なにかのセーブがかかるかのように、心に鎧戸が降りた。
いくらリックバルドに実の母親の情報に惑わされるなと言われても。
身についてしまった反応は、どうしようもなかった。
サビーナは屋敷に帰った後、二つの懐中時計を握り締める。
月見草の懐中時計と、星空の懐中時計。
どちらも甲乙付けられないくらいの素晴らしい物だ。
よって、どっちを身に付けるべきかなど、答えの出るはずもない。
結局サビーナは、二つとも胸ポケットに入れることにした。
宝物はひとつだけという決まりがあるわけでもない。
両方とも大切な人からもらった、素敵な宝物だ。
サビーナは増えた懐中時計を見て、ほくほくと心を温めさせる。
顔はまるで焼きたてのスイートポテトを食べたかのようにニンマリとして、その新しい懐中時計を抱きしめていた。
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