第48話 お父さんとお母さんに会いたくなっちゃったな
リックバルドとレイスリーフェが想い合っているというのはわかっている。
でもそれがセヴェリの不幸の上に成り立っているものだと思うと、やはりどうしても納得いかなかった。
「ねぇ……リックは、どうしたいの?」
「なにがだ」
「レイスリーフェ様とのこと……どんな結末を迎えたら、リックは満足?」
「そうだな……」
リックバルドは逡巡することもなく、次の言葉を紡いだ。
「セヴェリ様が謀反を諦め、レイスも諦め……俺とレイスの結婚を認めてくれれば、最高だな」
「結婚……したいの? レイスリーフェ様と」
「ああ。結婚したいと思っている」
リックバルドの真っ直ぐな言い分に、サビーナは胸を痛める。レイスリーフェはもうセヴェリと結婚してしまう。そしてそうなれば、セヴェリはもう彼女を放すことはしないだろう。
「リックがレイスリーフェ様を諦めることは、ないの?」
「ない。レイスなしでは、俺の人生はもう考えられん」
「そんなに好きなんだ……」
「ああ。愛している」
「うわ……リックが『愛』とか、気持ち悪い」
そんな風に言うと短気な兄は少しムッとして、頭を小突いてきた。ちっとも痛くはなかったが。
「まぁ好きな男もいないお前に、愛のなんたるかを説くのは無意味だな」
「なにそれ、恋愛マスターみたいな発言しないでよ」
「誰か、気になる男もいないのか?」
そう言われてふと頭を過ぎったのは、なぜかデニスだった。しかしそれを消すように、慌てて首を左右に振る。
「今は、そんなこと考えてる場合じゃないし」
「そうだな。まずはセヴェリ様を落としてもらわんと」
「うう……」
「けどな、サビーナ」
リックバルドは握っていた拳を広げて、そっとサビーナの深緑の髪を撫でてくれる。
「お前が本当に愛する者を見つけた時は、そいつのために生きろ。俺も親父もお袋も……みんな賛成してやる」
本当に愛する者。
それは、どういう感覚なのだろうか。恋愛小説を何冊読んでいても、そこだけは上手く理解できない。
「ねえ、愛ってなに? 恋とは違うの?」
「そうだな。端的に言うなら、恋は自分勝手で、愛とは無償のものだ」
「うーん、わかるようなわかんないような」
「そういう意味では、俺はお前も愛している。無論、親父もお袋もな」
「えー……リックの行動って、全部見返りを求めてないっけ?」
「まったくこの減らず口は、昔から変わらんな」
「ひひゃい、ひひゃい!」
頬をギュムーッと摘まれて引っ張られる。この兄の乱暴なのも、昔から変わらない。
「もう、やめてよ、病人に……」
「……親父が、心配していたぞ。お前が恋をしないのは、自分のせいではないかとな」
「お父さんが?」
「ああ」
その言葉に、サビーナは睫毛を伏せた。確かに、少し心当たりがある。
ベッドの中で少しうずくまると、頭上から「言ってみろ」とリックバルドの声が下りてきた。サビーナは、これまで誰にも言ったことがなかった不安を兄に吐露した。
「私の本当のお母さんのこと、知ってる?」
「いいや、一度も聞いたことはない」
「あのね、本当のお母さんってすごい子供嫌いだったんだって。だから産まれてすぐに、私を捨てるように家を出てったらしいよ」
「……誰から聞いた?」
「同級生の、お母さん」
ッチ、と舌打ちする音が聞こえた。聞いたことはないと言いつつ、そんなことはないと言わないところを見るに、リックバルドもその事実を知っていたのかもしれない。
「実際私も子どもが好きじゃないしさ。いつか私も子どもを捨てるような人になっちゃうかもしれないと思うと、無意識に気持ちをセーブしちゃってるのかもね」
そう口に出して、サビーナは改めて自分の気持ちに気付いた。サビーナがこんなにも恋愛小説に依存するのは、自分はこんな恋愛をしてはいけないと、どこかで諦めてしまっているからなのだ。だからこそ、小説の中だけに夢を見てしまうのだと。
「まったく……お前は情報に縛られ過ぎだな」
「そういうリックはどうなの。本当のお父さんのこと、少しは知ってるんでしょ?」
「いや。お袋と同じ冒険者だったというくらいしか知らん。昔気になって聞いたことはあるが、つらそうな顔をされてな。生きているのか死んでるのかもわからんが、生きているのならろくな人間じゃないだろうな」
「そうなの?」
「女を孕ませておいて責任を取らんなど、まともな男とは思えん」
「まぁ……そうかな……」
リックバルドの本当の父親を、ろくな男じゃないと認めるのは申し訳なく、サビーナは肩を竦めた。
それを見たリックバルドは、なぜか少し笑っている。
「あんまり本当の親の情報に惑わされるな。お前を育てたのは、間違いなく今の両親と俺だろうが」
「うん……」
「お前は間違いなく、お袋の気質を受け継いでいると思うぞ。血など繋がっていなくともな」
「そう、かな?」
「ああ、風呂上がりに素っ裸で歩き回るところや、キレると真剣で突っかかってくるところなんかが特にな」
「あ、あはは……」
そう言われると異常者みたいに聞こえるのでやめてほしいが、確かにリックバルドの母親に感化された事部分はたくさんある。自分が勝手に本当の母親に縛られていただけなのかもしれない。
「大体、子ども好きでないのもお袋の影響だろう。お袋は自分の子供以外、まったく興味のない人間だからな」
「う、うん……そうだったね」
そう言われて、今の母親が自分を本当の娘だと思って育ててくれていたことを再認識した。これで本当の母親の話を持ち出したりしたら、育ててくれた母親に申し訳ない。
「なんか、お父さんとお母さんに会いたくなっちゃったな」
「徒歩三十分の距離だろうが。面倒がらずに帰ってやれ。二人とも、お前が遊びに来るのを待ってるんだぞ」
「そっか……」
そう言えば、今年の月光祭を勝手に両親と行く予定にしていた。きっと、あちらも同じ感覚でいるに違いないが。
「リック、お父さんとお母さんに、月光祭は一緒に回ろうって伝えておいて」
「わかった、伝えておこう」
「リックは演武、頑張ってね」
「言われるまでもない。今年が最後の演武だからな……」
少し寂しそうにそう呟くと、リックバルドは目を瞑っていた。
「寝るの?」
「ああ。お前ももう寝ろ。風邪が治らんぞ」
「うん。おやすみ、リック」
「おやすみ、サビーナ」
そう言ってリックバルドはサビーナの背中に手を回し、ぽんぽんとあやすように叩いてくれる。
子どもに戻った気分だったが、それがあまりに居心地が良くて、サビーナはすぐに眠りに落ちていった。
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