第44話 私がセヴェリ様を拒むわけがありません

 次の日仕事が終わると、サビーナは手土産を持ってデニスの家に謝罪に向かった。

 デニスの家族には気にしないでと言ってもらえて、少しホッとする。むしろデニスの父親が糾弾されていて申し訳なかったくらいだ。上がって行ってと言われたが、今日はデニスは夜勤でいないし、セヴェリとの約束があるのですぐに屋敷に戻ってきた。


「遅くなってすみません! セヴェリ様!」

「もう用事はよろしいのですか?」

「はい、大丈夫です」

「では、これに着替えなさい」


 そう言って手渡されたのは、鮮やかな青色の、総レースのワンピースだ。


「ええっと、でもこれでは……」

「帯剣は必要ありませんよ。誰か騎士に護衛させますので」

「はぁ……では着替えてきます」


 なぜか有無を言わさぬ言い方だったので、サビーナは素直に従った。着替えて戻ると、セヴェリも執事服姿になっているのかと思いきや、いつもの貴族らしいゴテゴテとした服装のままだ。


「あの……?」

「行きましょう。デニスを護衛に呼んでいます。ホールで待っているはずです」


 サビーナは顔が引きつるのをなんとか抑えた。よりによって、どうして今日デニスが夜勤なのか。しかし護衛の騎士を代えてとも言えず、サビーナはセヴェリに従った。


「では行きましょうか、サビーナ。デニス、頼みますよ」


 デニスは少し驚いた様子でサビーナを見やり、しかし「ハッ!」と肩口に拳を当てる敬礼をしている。

 そういえばデニスの敬礼している姿など初めて見たが、思わず見惚れてしまった。彼のこういう所作は、キビキビとしていて美しい。


「サビーナ」

「は、はい!?」

「行きますよ」


 セヴェリに促されて慌ててついていくと、彼は大通りにあるレストランに入っていった。最近のセヴェリはサビーナでも入りやすい店をチョイスしてくれているので有難い。どうやらシェスカルにいいお店を聞いているようだったが。

 中に入るとセヴェリとサビーナはいつものように対面に座り、デニスはセヴェリの後ろに起立して控えている。

 騎士ならば当然の行動だが、セヴェリの顔を見ようと視線を上げると、デニスまで視界に入ってくるので居た堪れない。


「やはり、ここならすんなり入ってくれましたか」


 サビーナがなにも言わずに店に入ったことに、ホッとするようにセヴェリは言った。


「はい、ここもシェスカル隊長のお勧めですか?」

「いいえ、ここは私が考えて選んだのですよ。シェスカルはしばらく休暇を取っていていませんから」


 そう言えば、最近シェスカルの姿を見ていない。よく魔物退治に出ている人なのでそのせいかと思っていたが、違ったようだ。


「休暇ですか。奥さんでも探しに出てるんでしょうか?」

「違うようですよ。故郷に戻って父親と話をしたいと言っていましたから」


 シェスカルは豪商の息子だ。跡継ぎ問題もあるのだろうし、色々と忙しいのだろう。

 食事が出されて食べながら会話をするも、あまり頭に入ってこなかった。

 時折感じるセヴェリの後ろ側からの視線が、サビーナの胸をチクチクと突き刺している。どうにもこうにも食べにくい。

 今彼は、サビーナとセヴェリがこうして食事を取っているのを見て、なにを思っているのだろうか。

 しばらくしてようやく居心地の悪い食事を終えると、セヴェリは以前にも来たことのある庭園へと足を進めていた。

 三人の他に人影はなく、夜の庭園は少し不気味だ。


「少し二人きりで話したいので、デニスは少し離れて護衛を頼みますよ」

「っは」


 そうしてサビーナとセヴェリはさらに奥へと足を進める。デニスはこちらが見えるギリギリまで下がってついてきているようだ。

 彼は隊内でも一、二を争う俊足の持ち主だというから、ある程度離れていても対応できるのだろう。

 しかしセヴェリの話とは一体なんだろうか。誰にも聞かれたくない話なら、部屋ですればいいはずだが。


「あと十日もすれば、満月ですね」


 セヴェリが空を見上げて言った。サビーナも見上げてみると、まだ形の歪な月がこちらを照らしていた。


「月光祭はどう過ごす予定です?」


 もうすぐ満月ということは、月光祭が近いということだ。街は祭りに向けて着々と準備を進めている。


「午前中は両親とリックの演武を見るつもりですが、それ以降の予定は今のところありません」


 いつもはその後、友人と祭りを見て回るのだが、今年は約束していない。学生時代の友人とは以前のように頻繁には会えないし、仕方がない。


「では、午後からは私に付き合っていただけますか?」

「え?」


 それは午後から、月光祭をセヴェリと一緒に見て回るということだろうか。有り難い話ではあるが、サビーナは顔を曇らせる。


「あの、お気持ちは嬉しいのですが、あんな人の多いところでは、いくらセヴェリ様が変装をなさっていても気付いてしまう人はいるのでは……」

「そちらに人が集まる時期だからこそですよ。あなたに見てもらいたい場所があるのです」

「どこですか?」

「それを言っては面白くないでしょう。いいですか、月光祭の午後から次の日は、私のために予定を空けておくんですよ」


 一体セヴェリはどこに連れていってくれるというのだろうか。少し……いや、かなりわくわくする。


「わかりました。楽しみです」


 そう言うと、セヴェリは嬉しそうにニッコリと笑った。


「そのように素直で可愛いと、また抱き締めたくなる」


 そんな風に言われ、おや? とサビーナは首を傾げた。サビーナを抱き締める理由が、変わってはいないだろうか。

 一歩前に踏み出したセヴェリを避けるように、サビーナは思わず一歩後退する。


「サビーナ? いつものように、抱き締めさせてはくれないのですか?」

「ええっと……」


 サビーナはちらりと目を横に流す。その先には、デニスがジッとこちらを監視するように見ていた。

 護衛する対象から目を離さないのは当然なのだが、どうにも自分を精査されているように感じてしまう。


「デニスが、気になりますか」

「そ、そりゃ……」

「護衛の騎士はこういう時、見て見ぬふりをするのが礼儀です。デニスはそういうところは真面目ですから、噂になどなりませんよ」

「で……も……ヒッ!?」


 突如草陰がガサッと動き、サビーナの体がビクリと動いて隙を見せた瞬間。サビーナはセヴェリに抱き締められてしまった。


「セヴェリ様……っ」

「小動物かなにかですよ」

「あの、大丈夫ですからお放しください」


 身動みじろぎするように言うと、セヴェリは余計にその手を強く絡めてきた。


「あなたまで私を拒むのですか?」


 いつもよりトーンの低いその声に、ゾクリとする。抵抗できようはずもなかった。

 サビーナは彼に安心感を与えるため、抱き締められることに同意を示しているのだから。


「いえ……私がセヴェリ様を拒むわけがありません」


 そう言ってサビーナは体を弛緩させ、体をセヴェリに預ける。遠くからの視線を感じながら、それに気付かぬように目を瞑って。


「あなたからも私を抱き締めなさい」


 サビーナはセヴェリの胸の中でコクリと頷くと、セヴェリの背中へと手を回した。セヴェリはそれに満足したのか、そっとサビーナの頭を撫でてくれる。


「いい子だ」


 そして彼は、一人ボソリと呟く。


「まったく、私は……」


 しかしその次の言葉を、紡がれることは……なかった。

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