第45話 拒否してるわけじゃ……
その後オーケルフェルト邸に帰ると、セヴェリとサビーナは部屋に戻り、デニスは屋敷内の警備に戻った。
だが、部屋の中でサビーナは悶々としていた。
デニスはセヴェリとサビーナが二人でいる間、それが仕事と言わんばかりになにも言葉を発することはなかった。しかしあの庭園からの帰りに感じた視線は、あまりいいものではないだろう。
抱き合うセヴェリとサビーナの姿を、デニスは目の当たりにしてしまっているのだ。好きになりかけている女が別の男と抱き合う姿を見て、いい気のする者はいないだろう。
どうにか言い訳をしたい。そう思いながら、己の部屋の中から扉に耳を近付け、足音がするのを待った。
デニスの足音はわかりやすい。夜の警備に当たっている騎士は大抵がダラダラとしているが、デニスはいつでも速歩きだからだ。
リックバルドのようにサボってさえいなければ、一定のペースでサビーナの部屋の前も通っていくはずである。
そう思って扉に張り付いていると、思った通りコツコツと早いスパンの足音が近付いてきた。デニスに違いない。
その足音が扉の前を過ぎた直後、サビーナは扉を開けて目の前にある腕を引っ掴んだ。
「サビー……?!」
「シーッ」
その相手はやはりデニスで、サビーナは彼を部屋に引き摺り込む。そして扉を閉めるとホッと一息ついた。
「あー良かった、デニスさんで」
「サビーナ? なんだなんだ、どうしたんだ?」
「ちょっと、話をしたくて……」
「ああ、まぁいっけど……勤務中だから、手短かに頼むぜ」
「うん、ごめんね」
暇だからといつまでも居座るリックバルドとは大違いで、デニスはそう言った。
夜中に異性を引き込むのはどうかと思ったが、話す機会も中々ないし、デニスならサイラスと違って安心できる。
「あの、今日は……」
しかしそこまで言って言葉が詰まってしまった。最初は謝るつもりだったが、なにをどう謝ればいいというのか。
「んだよ?」
「えーと……その……」
「言わねーんなら、俺から言ってもいいか?」
「あ、うん」
サビーナが言い淀んでいると、デニスの方からそんな風に言われ、幾分ホッとして頷く。
しかし彼は、とても端正な顔を歪ませながら言った。
「さっきのアレ、なんだよ? なんでサビーナとセヴェリ様が抱き合ってたんだ?」
まさにその言い訳をしようと思っていたので、デニスから話を振ってくれて助かったとは思う。
しかしデニスの顔は侮蔑を含んでいて、サビーナは少し戸惑った。デニスの気持ちを考えれば当然と言えるが。
「セヴェリ様はレイスリーフェ様との結婚が決まってるってのに……」
「あの、別に、不貞とかではないんですよ!」
いざとなればそういうことも辞さないつもりではいるが、もしそうなったとしてもデニスにだけは知られたくなかった。
「じゃあ、なんで……」
「あの、虫! いや、動物がいたみたいで、驚いた私をセヴェリ様が抱き締めてくださっただけなんです!」
「ああ、確かになにかいたみたいだったな」
デニスなら、きっとこれで納得してくれるはず……そう思ったサビーナはホッと息を吐こうとしたが、それでもデニスの顔は厳しかった。
「あんた、よくセヴェリ様と出掛けてるみてーだけどよ。いつもあんななのかよ」
「あんな……って?」
「セヴェリ様の護衛として出掛けてたんじゃなく、ああやっていつも一緒に食事をしてたのかって聞いてんだ」
「あ……」
どうやらデニスが気になっていたのは、抱き合っていたことよりこちらの方だったらしい。
すでにレストランで、いつも一緒に食べているような発言はしてしまっているし、誤魔化してどうこうなるものでもない。
「うん……護衛も兼ねてるけど、一緒に食事してた……」
こちらは素直に告白する。無理に隠す必要もないことだし、すでに隠し通せていない。
「なんで?」
「なんでって言われても……」
理由を問われて言い淀む。サビーナ側からするとセヴェリを落とす機会を増やすためだ。
セヴェリ側の理由としては、サビーナとデニスがまた一緒に食事に行けるようにするという配慮だったはずなのだが、最近そういう意図が薄れているように感じる。気のせいかもしれなかったが。
いずれにしても、デニスに伝えられるような事柄ではない。
「なに考えてんだろな、セヴェリ様も……」
サビーナが答えに詰まっていると、デニスが嘆息しながらそう言った。
「あんたは大丈夫か?」
「へ? なにがですか?」
「いや、あんまり楽しんでる様子じゃなかったからよ。毎日連れ出されちゃ大変だろ? セヴェリ様が相手じゃ、俺ん時みたいにリックバルド殿も文句言えねぇだろうし」
サビーナを気遣ってくれるデニスに、胸がぎゅっとなる。
有難い反面、ものすごく申し訳なかった。実は普段セヴェリと一緒に食事をすることは、結構楽しんでいるのだ。今回あまり楽しめなかったのは、デニスがいたせいなのだから。もちろんそんなこと、本人に言えるわけもなかったが。
「あの、ありがとうデニスさん。でもセヴェリ様もなにかお考えがあって私を連れてくださってるんだと思うし、私も楽しんでるから大丈夫」
「そっか……ならいいんだけどよ」
これでようやく納得してくれたようで、扉の方へと足を運ぶデニス。しかし彼は不意に振り返りを見せた。
「あのよ」
「はい?」
「俺もあんたのこと、ちょっと抱き締めてもいいか?」
「ええ?!」
いきなりの言葉に仰け反るようにして一歩後退すると、デニスは不服そうに口を尖らせている。
「んだよ、そんなに拒否んなくてもいいじゃねーか」
「いや、拒否してるわけじゃ……びっくりしちゃって」
「拒否じゃねーのか?」
つい拒否じゃないと答えてしまったが、改めて聞かれてしまうと断りにくい。サビーナはドキドキとしながら首を縦に振った。
「う、うん。だ、抱き締めるだけっていうなら……」
「マジで? めっちゃ嬉しい」
子どものような口調でそう言ったかと思うと、サビーナがなにかを言う前にグイッと抱き寄せられた。そしてそのままギューッと抱き締められる。
「デ、デニスさ……」
「今度の水曜、また予定空けといてくんねーか?」
「え?」
「渡したいもんがあるんだ」
「渡したいもの……今じゃ駄目なんですか?」
「まだ手に入れてねんだよ」
その答えにサビーナはクスリと笑った。あまりしっかりと予定を立てない彼らしさに、思わず笑みが漏れる。
「なんだろう。すごく楽しみです」
「おう、期待しとけよ。よし、エネルギー充填完了!」
そう言ったデニスはパッとサビーナの体を解放すると、目がなくなりそうなほど嬉しそうに笑っている。
「よし、仕事に戻っか!」
「朝まで大変ですね。頑張ってください」
「おー、賊が来ても俺がすぐに倒してやっから、泥舟に乗ったつもりで安心して眠ってくれ!」
カカカと笑うデニスがあまりに自信満々で、サビーナは「うん」と答えて送り出す。
その凛々しい美男子が部屋を出て行ってから、サビーナは苦笑いに表情を変えた。
「デニスさん……泥舟には乗りたくないよ」
教えてあげる方が親切だっただろうか。でも彼のやる気に水を差すようで言えなかった。
「まいっか。今度機会があったら教えてあげよう」
そして自信満々に『泥舟』と言い切った彼を思い返し。
「っぷ。クスクスクスッ」
肩を揺らせながらベッドに潜ったのだった。
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