第41話 一番前に席を陣取りますから!

 うきうき、わくわく。

 そんな音が聞こえてきそうなほど、サビーナはこの日浮かれていた。

 今日は待ちに待った水曜日。久々にデニスと食事の約束をしている日である。


「楽しそうですね。なにかいいことでもありましたか?」


 笑みを隠しきれずにニマニマしてしまっていたサビーナに、セヴェリが問い掛けてきた。

 サビーナはハッとして笑みを隠そうとしたが、無理に隠すと余計に不自然かと思い、ニッコリと微笑み返す。


「はい、今日はちょっと……学生時代の友人と会う約束をしていて」

「ああ、そうなのですね。では今日は一緒に出掛けることはできませんか」

「はい、申し訳ありません」

「いいのですよ、楽しんできてください」


 そう言うとセヴェリはおもむろにこちらに向かい、そしてそっとサビーナを抱き締めてきた。サビーナもまた、それに応えるようにそっと彼を包む。

 あの日からの、毎日の儀式のようなものだった。

 朝の紅茶を淹れた時と、一緒に夕食を終えた後には必ず。それ以外にも二人っきりになれる機会があれば、こうして抱擁を交わしている。

 それは二秒で終わる時もあれば、十分もの間そのままの時もある。しかしどれだけ長くとも、サビーナはセヴェリに付き合ってあげた。セヴェリの心が安らぐなら、いくらだって時間を作れる。元々仕事が多くないこともあるのだが。


「ありがとう、サビーナ」


 この日は一分ほどで抱擁が終了した。サビーナは少し熱くなった顔でニッコリと微笑む。

 すぐに慣れるものかと思っていたが、抱き締められるたびにドキドキするのは、一週間近く経った今でも変わらなかった。


 仕事が終わると、サビーナは騎士服姿でデニスとの待ち合わせ場所に向かった。あの轢かれそうになった大通りだ。ざっと見た感じ、デニスはまだ来ていない。詳しい場所を指定されているわけではないので、キョロキョロと見回しながら彼を待った。

 夕刻は馬車通りが多くて少々危険だが、たくさんの店が立ち並ぶこの通りはいつでもキラキラと光に溢れている。


「まだかな……遅いなぁ」


 デニスは一応班長で、勤務時間がきっちり決められているオーケルフェルトの騎士と言えども、すぐには終われないこともあるようだ。

 そわそわしながら待っていると、ようやくデニスが現れた。あちらもサビーナに気付いて嬉しそうにやってくる。


「悪い、今度の祭りの警備のことで話が長引いちまって」

「ああ……月光祭ですか?」

「そそ。ランディスで一番でけぇイベントだからな」


 月光祭とは、満月の日に月に感謝をするお祭りである。と言っても夜に行うわけではなく、朝十時頃からわいわいと賑わいだし、月が出始めた午後七時頃には解散してしまうのだが。


「そっかぁ、騎士は大変ですね。せっかくのお祭りの日に仕事だし」

「あんたはいつも誰と祭りに行くんだ?」

「私は午前中は両親と見て回るんです。毎年リックが模範演武をしてるから、それだけは一緒に見るのが恒例になってて。両親がすごく楽しみにしてるし」


 月光祭の開幕に、月に捧げる演武を披露するのだが、ここ七年程はリックバルドとシェスカルの二人がそれを務めている。

 自分の兄をこう言うのも何だが、演武をするリックバルドはかなりかっこいいのだ。周りが歓声を上げると、自分が妹だと誰に言うわけでもないのに、鼻高々といった気分になれる。


「ああ、あれはスゲェよな。今日は隊内で演武の披露をしてたけど、文句のつけどころがなかったからな」

「そっか、楽しみだな」

「でも、それも今年限りだぜ」

「え?」


 不可解なデニスの言葉に、サビーナは首を傾げる。するとデニスは悪戯小僧のような笑みを浮かべた。


「来年は、俺とリカルドに決まってんだ。そろそろ世代交代だって隊長から話があった」

「ええ!? すごい!!」


 サビーナは素直に声を上げた。シェスカルに指名されたということは、それだけの実力があると認められたという証拠だ。


「だから、来年……リックバルド殿は出てねぇけど、模範演武、見に来てくれっか?」

「うん! 行きます!! 絶対行く!! 一番前に席を陣取りますから!」

「……へへっ」


 一年後の話だというのに、二人は今年の月光祭のことを話しているかのように盛り上がる。

 リックバルドの演武がなくなるのは寂しいが、それ以上に楽しみができた。今から来年の月光祭が待ち遠しいくらいだ。

 見上げるとデニスは少し照れ臭そうに笑っていて、サビーナも少しはにかむ。


「おっと、立ち話もなんだよな。行こうぜ」

「今日はどこに食べに行くんですか?」

「それなぁ、考えたんだけどよ。俺ン家でもいいか?」

「……っえ!?」


 予想外の場所を言われて多いに焦った。実はサビーナは、男の家に上がったことなど、一度としてない。


「嫌ならいいんだけどよ。でも、あんまり人目につかない方がいいんだろ? 外だとどうしても誰かの目に入っちまうからな」

「あ……そうですね。えと、じゃあデニスさんの家がご迷惑でなければお願いします」

「おー。じゃあ行こうぜ」

「あ、ちょっと待って!」


 行こうとするデニスの腕を、グワシと掴む。

 デニスの家族。両親。そう思うだけで、なぜかやたらと緊張してきた。


「お土産! なにか手土産を持って行かないと!!」

「あん? 別にそんなのいらねーよ」

「要りますよ! いきなりお邪魔するのに非常識じゃないですか! ご家族はケーキとかでも大丈夫ですか?」

「平気だけど、人数分となると大変だぜ?」

「へ? 何人ですか?」

「俺含めて十一人だな」


 その数の多さにサビーナはギョッとする。その顔を見て、デニスはやはり子どものように笑った。


「すごい大家族ですね……」

「両親に、弟と弟の嫁さんとその子ども、妹にもう一人の弟に、じーちゃんばーちゃんとひいばあちゃん。んで俺。な、十一人だろ?」


 デニスは指を折りながら数えて見せる。確かに十一人だ。サビーナの分も入れるとケーキ十二個。ワンホール買ってもまだ足りない。


「えと……とりあえず買ってきます!」

「いーっていーって。んなもん毎回買ってたらメイドの給料じゃ破産すんだろ。ほら、置いてくぜ」


 手を差し出され、つい握ってしまう。いわゆる『首輪』代わりなのだが、一緒に出掛ける時は当然のように手を繋いでいた。

 誰かに見られたら困るなと思いながらも、サビーナは振り払わずにデニスの手の温かさを感じながら歩いた。

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