第34話 セヴェリ様のことを知り尽くしたいんですーっ
目に涙を溜めていたサビーナを見て、セヴェリは少し困惑しているようだった。
いきなりそんな顔で部屋に現れれば、誰でも驚くには違いないだろうが。
「どうかしましたか? デニスと喧嘩でもしたのですか?」
幼い子どもに話しかけるような優しい口調で尋ねられ、サビーナはゆっくりと首を横に振った。
セヴェリはいつもと違い、対角には座らずに隣にいてくれている。
「いえ、違うんです。喧嘩をしたのはリックとで……」
「また兄妹喧嘩ですか。まさか今回は剣は抜いてはいませんよね?」
問われてサビーナは冷や汗を流した。言い訳のしようもない。実際に剣を抜き、しかも切り掛かってしまったのだから。
サビーナの様子を見て、セヴェリは嘆息している。
「抜いたのですか……」
「す、すみません。ついカッとなって……」
「二人とも、怪我は?」
「ないです。すぐに剣を弾かれて取り上げられてしまったので」
「そうですか。さすがリックバルドと言ったところですが、今後このようなことはないように気をつけなさい」
「はい……」
サビーナは怒られてシュンと肩を落とした。セヴェリはどうすべきかと眉を下げてこちらを見ている。
「しかしなぜ、兄妹喧嘩をなさったのですか?」
「えっと、それはリックが……兄が、デニスさんに余計なことを言ったから……」
「デニスに? 何と?」
「妹が迷惑してるから、もう食事には誘うなって、そう言ったらしいです」
「リックバルドが? それはまた、過保護なことですね」
そこは、過保護はまったく関係ない。リックバルドは確かに過保護な部分もあったりするが、今回はセヴェリを誘惑するのに不必要だからと切り捨てただけだ。
「まぁあまり気にしないことですよ。あなたたちは付き合っているのですから、周りの言葉など気にしない方がいい」
「いえ、あの……付き合ってなんかいませんけど」
「ええ?」
セヴェリが驚いたように目を広げた。どうやらセヴェリにまで、デニスと付き合っていると思われていたようだ。
これはまずい。ちゃんと否定しておかないと、さらにセヴェリを落としづらくなってしまう。
「デニスと付き合ってなかったのですか?」
「はい」
「デニスもなにも言ってませんか?」
「なにもって……なにをですか?」
セヴェリの言いたいことがわからず首を傾げると、彼は難しい顔をして黙ってしまった。なにか悪いことでも言ってしまっただろうかと不安になる。
「まったく……デニスは臆病になっていますね」
「あの、なんの話ですか?」
「いえ。しかし付き合っていなくとも、サビーナの気持ちはデニスにあるのでしょう?」
「へ? いえ、とんと」
「な、ないのですか!?」
なぜか思いっきり驚かれてしまい、サビーナの方がそれに驚いてしまった。セヴェリは前傾姿勢になって問いかけてくる。
「何度か二人でいるところを見かけましたが、とても仲睦まじい様子でしたよ?」
「そりゃ、仲は悪くないですから」
「恋愛感情については欠片もないと?」
「ないです」
「この先の可能性としては?」
「ゼロです」
サビーナの返答に、セヴェリは頭を抱えて「前途多難ですね、デニス……」と呟いている。
どうやらセヴェリはなにかを勘違いしているようだと気付き、サビーナはそれを修正すべく言葉を発した。
「あの、セヴェリ様。私たちはいつも食事をしながら、セヴェリ様の話をしているんですよ」
「……私の話を?」
「はい! いかにセヴェリ様が素晴らしい人物か、どれだけ私たちがセヴェリ様のことを好きかを、ずっと話し合っているんです!」
「それはまた……嬉しいですが、色気もなにもない話ですね……」
「セヴェリ様に色気はありますっ」
「いえ、そういう意味では……」
サビーナが主張すると、セヴェリは返答に困ったように眉を下げていた。
「では、互いになにも思っていないと?」
「はい、当然です」
「そうは見えませんでしたが……では何故、あなたはリックバルドと喧嘩をしたのですか? デニスのことが好きで、今後一緒に食事ができなくなるのが嫌だったからでしょう?」
「それは……」
その通りだ。でも、好きの意味合いが違う。あまりセヴェリにはそういう方向に持っていってほしくない。このままでは、デニスとくっつけられてしまいそうだ。
そんなことになってしまっては、セヴェリを落とすのは容易ではなくなる。
「それは、リックが勝手に迷惑だって言っちゃったからです! 本当は、私から迷惑だって伝えるつもりだったのに……!」
「……え?」
セヴェリは訝しげに眉を寄せた。さすがにこの言い訳は無理があっただろうか。しかし一度口に出してしまった言葉は、もう取り消せない。
もうこのまま突っ切るしかないと、サビーナは心を決めた。
「迷惑……? サビーナは、本当にデニスのことを迷惑だと思っているのですか?」
「も、もちろんです!」
「彼の、一体どんなところが迷惑だったと言うのですか?」
「迷惑っていうか……だってデニスさんはいつも、『俺の方がセヴェリ様のことを考えてる』って言うんですよ! 入ったばかりの新人メイドに、セヴェリ様を理解できるわけがないとか色々言われて! 私のセヴェリ様への思いを軽んじられては、腹も立ちますっ」
ゼーゼーと肩を怒らせて捲し立てると、若干気圧されたセヴェリが苦笑いしている。
「まぁそう言って頂けるのは嬉しいですが……できれば私のことで喧嘩はしないでほしいですね」
そう言われてサビーナはハッとする。誰だって自分のことで喧嘩をされるのは嫌だろう。この言い訳はやはり失敗だったかと項垂れた。
「うう、申し訳ございません……でもデニスさんは幼い頃からのセヴェリ様を知っているのに、私はなにも知らないのが悔しくて……」
「付き合いの長さが違いますから、それはまあ仕方がないでしょうね」
「そんな! セヴェリ様まで! 私だって、セヴェリ様のことを知り尽くしたいんですーっ」
これは本心だ。デニスに大きな顔をされるのは気に食わない。デニスばかりセヴェリのことを知っているのはズルい。
サビーナは、悔し涙を目の端に溜めながら訴えた。するとこの優しい
「では、私のことを詳しく知れたなら、また元のようにデニスと食事に行くことができますね?」
「え? は、はい」
セヴェリの思わぬ言葉に、サビーナは目を丸めた。
彼は無言で立ち上がると、衣装ダンスの中から上着を一枚羽織り始める。
「あの……セヴェリ様?」
「では、今から一緒に出掛けましょう」
「え?」
「私のことを知りたいのでしょう? 今日はちょうどリカルドをからかえるネタができる、いい機会なのですよ」
クスクスと笑みを漏らすセヴェリ。
どうやら思いがけず、二人で出かけられることになったらしい。これでリックバルドに文句を言われずに済むとホッとする。
「あの、出掛けられるのでしたらどなたか護衛騎士を……」
「必要ありませんよ。あなたがいるでしょう?」
セヴェリはサビーナの剣を指差す。
エセ騎士をあまり頼りにはしてほしくはない。サイラスにやられたように、いきなり羽交い締めされては手も足も出なくなるのだから。
しかしセヴェリは気にも留めず、さっさと部屋を出て行ってしまい、サビーナも騎士服姿に変身して慌てて後を追いかけた。
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