第32話 次こんなことしたら、絶交だから!

 それからのデニスとサビーナは、一緒に食事に出掛ける仲となっていた。

 周りからは脳足りんと能無しで似合いのカップルだと揶揄されている。が、決して付き合っているわけではない。デニスといると楽しくて居心地はいいが、それだけだ。

 話題は基本的にセヴェリのことであり、二人はどれだけセヴェリのことを考えているかというのを、競い合うように話すのだ。サビーナには、これが楽しくてたまらなかった。

 幼い頃から一緒にいるデニスは、『あんたと俺とじゃ年季が違う』とよくむくれっ面をする。確かにそうかもしれないが、それでもセヴェリを生かそうと思う心については、誰にも負けないつもりだ。

 と思いながらも、セヴェリの攻略方法は全く考えつかないのだが。


 そんな毎日を過ごしていたある日、仕事が終わった直後のこと。サビーナの頭をグワシと引っ掴む者がいた。


「なっ!?」

「おい、サビーナ。ちょっとお前の部屋まで来てもらおうか」


 サビーナが驚いて頭を上げると、リックバルドが『俺の部屋まで来てもらおうか』と同じニュアンスで怒気を放っている。なにを言われるか見当がつくだけに憂鬱だ。

 サビーナはリックバルドの小脇に抱えられて、自分の部屋に入ることとなった。


「さぁて、なにから言ってやろうか」


 部屋に入ると、リックバルドは無造作にサビーナを放るように押し出した。サビーナはよろよろとバランスを崩し、足がもつれてベシャリと床に突っ伏す。


「うー」

「立て。ケツでも蹴られたいか」

「蹴られたいわけないよっ」


 サビーナは慌てて立ち上がり、リックバルドと対峙した。彼は相変わらず偉そうに、腕を組んで仁王立ちしている。

 長身で威圧感があり過ぎるため、やめてほしいと心底願う。


「で、お前はなにを呑気にデニスとデートなんぞをしている」

「デートじゃないし……」

「男と二人で出掛ければ、お前は思っていなくとも周りはそう思う。デニスが好きでも自重しろ。お前はデートする相手を間違っているだろう」


 自重という言葉を聞いて、サビーナは瞠目して己の兄の顔を見た。

 よくもそんなことが言えたものだ。厚顔にもほどがある。レイスリーフェの誘いにホイホイと乗ってしまうこの兄にだけは、そんなことを言われたくない。


「あのね、リック! 私は別にデニスさんを好きなわけじゃないし、セヴェリ様のことだって一応頑張ってるんだよ!」

「頑張るって一体なにをだ。この二週間、お前はデニスとデートしてただけだろう!」

「そ、そんなことないもん」

「じゃあセヴェリ様に対してなにをした? 言ってみろっ」

「し、したよ!? お、お茶を淹れたりだとか……」

「それはただの仕事だろうがっ」


 そんなに怒髪天を突く勢いで怒らなくてもいいと思うのだが、この高圧的な兄が怖くて、逆らえずにサビーナは口を噤む。

 リックバルドはそんな妹をジロリと睨むと、冷たく言い放った。


「いいか、今からセヴェリ様をデートに誘え」


 毎度の唐突発言がきた。この兄は本当に勝手過ぎる。こちらにも都合というものがあるというのに。


「今からとか、無理だよ。今日はデニスさんと食事に行く約束してんだから」

「心配するな。断っておいた」

「……はい??」


 リックバルドの言葉に目が点になる。今この男はなんと言ったか。信じられない言葉を耳にした気がするが、気のせいだろうか。


「デニスには、断っておいてやったと言っている」


 残念ながら、気のせいではなかった。なんという勝手な真似をしてくれるのか。サビーナの頭の中が、一瞬で真っ暗になる。


「う、うそぉ……」

「別に構わんだろう。お前は今、デニスを好きではないと言っていたではないか」

「恋愛感情はないって意味で、友達として大切なのには変わりないよ! デニスさんになんて言って断っちゃったの!?」

「サビーナが迷惑しているから、今後食事になど誘うなと言っておいた」

「ふざけんなーーーーっ!!」


 リックバルドの言葉に一気に血が上り、思わず部屋に立て掛けてあった剣を抜き取った。そしてオクスの構えからそのまま猪突猛進して行く。


「ヤーーッ!」


 突進と同時にリックバルドは己の剣を抜き、呆気なくサビーナの剣を叩き上げる。

 ガキンと音がしたかと思うと、懐に入られ剣を持つ手をねじり上げられた。

 一瞬だった。なにもできずにサビーナは眉を顰める。


「っくぅ!」

「相変わらず思い切りだけはいいが、少しはフェイントを入れろ。成長せん奴だな」

「ううーーっ! もうお説教はいらないよっ」


 掴まれた手首が痛くて、サビーナは剣を手放す。ガランと音がして地についたそれを、リックバルドは拾われないように足で刃を踏みつけてから、サビーナの手を解放した。


「もうほんっとに最低……リック嫌いっ」

「その台詞、今までに何度言われただろうな。だが最終的にはいつも俺の言葉の方が正しかっただろう」

「今回は、絶対そうは思わない……だって、酷すぎるよ!」


 サビーナが涙を滲ませると、リックバルドはそっと息を吐いた。そしてサビーナの頭を優しく撫でる。


「そう、だな……すまなかった」

「……え?」


 この傲慢男の謝罪に、サビーナは耳を疑う。今までにリックバルドがサビーナに謝ったことなど、数えるほどしかない。


「だが今は、デニスなんぞにかまけている時間はない。セヴェリ様の婚姻の日が決まった。それを絶対に阻止してもらわなければならん」

「ちょ、それって自分のためなんじゃないの?」

「それも否定はせん」


 いやいや否定してよと心で突っ込みを入れる。やはりこの兄は自分本位の考え方だ。

 しかし実際にセヴェリとレイスリーフェが結婚してしまうと、謀反を起こす地盤が完成してしまう。阻止しなくてはいけない事態には変わりない。


「うー、でもセヴェリ様をデートに誘うって……どうすれば?」

「とにかくセヴェリ様の部屋に行くぞ」


 そう言ってリックバルドは拾い上げた剣を鞘に戻すとサビーナに渡し、また小脇に抱えられてしまった。


「ちょ、なにす……」

「黙ってろ」


 リックバルドにはなにかいい考えでもあるのだろうか。

 大人しく小脇に抱えられ、連れてこられた先はやはりセヴェリの部屋だった。


「どうするの……?」

「こうする」


 リックバルドはサビーナを下ろし、コンコンとノックをする。しかし返事が来る前に、リックバルドは踵を返してさっさと元来た廊下を去ってしまった。

 ポカーン、である。

 置き去りにされたサビーナは、中から「どなたですか」と問うセヴェリの言葉に答えられない。

 やがて中から開けられた扉から、セヴェリが顔を出した。


「サビーナ? どうしたんです?」

「セ、セヴェリ様……」


 自分の兄のあまりの対応に涙が出てくる。

 ここまで来ておいて、なんの策もなくあとは任せたと言わんばかりに去っていくリックバルドが、心底恨めしい。

 悔し涙を溜めているサビーナを見て、セヴェリは部屋の中へと入れてくれた。

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