第27話 絶対に手放さずに大事にしよう
サビーナがティーセットの準備をしてセヴェリの部屋へ行くと、待ち構えていたように扉が開いて招き入れてくれた。
お茶を淹れて差し出すと、促されてソファーに腰を沈める。セヴェリは本棚から例の小説を手に取り、サビーナの正面に腰を下ろした。
「ありがとうございました。返すのが遅くなってしまってすみません」
「いえ、お忙しい中読んでくださってありがとうございます」
セヴェリから本を受け取ると、その表紙を確認する。そこには確かに『月見草の咲く街で』の文字があった。
「で、その……いかがでしたか?」
サビーナはドキドキしながら尋ねた。リックバルドの時のように鼻で笑われないか心配だ。セヴェリはフッと微笑を向けている。
「まぁなんというか……新境地でしたよ。面白いものですね、恋愛小説というのも」
「本当ですか!?」
「ええ。特に主人公が亡くなった恋人を思って、自殺しようとするところなんかもう……」
そこはサビーナもこの本で一番涙した箇所だ。同じところで感動してもらえたのだと思って、サビーナは目をキラキラとさせた。
「そうですよね!! そこの主人公の回想シーンがまた……セヴェリ様?」
セヴェリが口元を押さえて頭を下げているのを見て、サビーナは失礼と思いながらも立ち上がって覗き見る。
どこか気分が悪いのだろうか。また吐きそうになっているのだろうか。
もしかして、思い出し泣きをしているのだろうか……。
そんな風に心配していると、突然セヴェリが噴き出した。
「ぷーーっ! ックックックック! ぷはっ! 本当に……っ! あのシーンは……クククククッ……素晴らしっクックククククッ」
「セヴェリ様??」
サビーナはポカーンとセヴェリを見た。どこでまたスイッチが入ってしまったのだろうか。本当にこの人の笑いのツボはよくわからない。
あの最も切ないシーンで笑われたのなら、ちょっと不快だ。
サビーナは少しムスっとしながら、セヴェリの笑いが収まるのを待った。しかしようやく収まってきたかと思いきや、また噴き出しては肩を揺らしている。
一体なにがそんなにおかしいのだか、呆れて掛ける言葉が見当たらない。
「ぷ、クククク……はぁ、はぁ……」
「あの……大丈夫ですか?」
「ふう……いえ、すみません。あまりにもその……っぶ! あ、いえ、大丈夫です」
セヴェリは自分を落ち着かせるように胸に手を当て、深呼吸をしている。そしてようやく落ち着くと、いつものようににっこりと笑った。
「あのシリーズは花言葉をベースとした物語なのですね」
「はい。月見草の花言葉は色々ありますけど、この本では『無言の恋』がピックアップされていて、切ない感じにまとめあげられていて……私はこの作品が好きだったんですけど……」
サビーナはしょんぼりと肩を落とした。ある意味、この反応はリックバルドより酷い。やはり男の人には受け入れられない話なのだろうか。見せるのではなかったという後悔が頭をもたげる。
「ええ、良かったと思いますよ。まぁ死んだ人間が生き返るのはどうかと思いましたが」
「そ、そこはフィクションですから」
確かにサビーナもそこには納得いかないものがあったが、ハッピーエンドにするにはそれしか方法がなかったように思う。絶望のまま終わるよりかは随分とマシだ。
「またお勧めがあれば貸してください。暇暇に読んでみますから」
「は、はあ」
サビーナは曖昧に笑っておいた。多分、もう貸すことはないだろうと思いながら。
「では、私は部屋へ戻ります……」
「ああ、待ってください。お礼に渡したいものがあって」
そう言ってセヴェリは立ち上がり、机の上からなにかを手に取っている。なんだろうと首を傾げながら見ていると、目を細めながらこちらに向かってきた。
「女性でつける方はあまりおられないですが、騎士は全員自前で持っていますからね。あなたにも必要な時がくるかもしれませんから、受け取ってください」
じゃらりと目の前に出されたのは、懐中時計だった。懐中時計は基本的に高価な物だ。ただ本を貸した礼になどと、貰える物ではない。
「そ、そんな! いただけません!」
「そうですか、残念ですね。せっかく月見草の花をあしらってもらったというのに」
セヴェリはにっこりと笑って、その懐中時計をサビーナの目の高さにまで上げた。
その懐中時計は銀色で、ハンターケースは銀縁にラピスラズリ色のコーティング、その真ん中にはやはり銀で月見草の装飾が施されている。
サビーナは思わずそれに手を伸ばした。セヴェリが目で頷き渡してくれて、サビーナはハンターケースを開けてみる。文字盤はシンプルで見やすく、実用的だ。
思わず見入ってしまっていたサビーナはハッと気付いて、その懐中時計をセヴェリに返そうと、手を彼に向けた。
「申し訳ありません、つい……」
「一度受け取ったのですから、返すのはなしですよ」
「でも本を貸したお礼に貰うには、高価過ぎる物ですから!」
「では、このアデラオレンジの種が入った小瓶のお礼ということで」
「余計にいただけませんーっ!」
ほとんどお金のかかっていない物と比べられるはずもなく、サビーナは突き返そうとした。しかしセヴェリに受け取ってくれる様子はない。
「受け取っていただけないなら、ただのゴミになってしまいます。他にあげられる女性もいませんし」
「……う」
レイスリーフェの顔が浮かび、気まずくなる。そもそも人にあげるものだったものを別の者にあげるのは、あまり褒められた行為ではない。これは見るからに女性用なので、セヴェリがつけることはできないだろう。
「あなたには本当に感謝しているのですよ。ユーリスでは……お世話になってしまいましたしね」
「いえ、とんでもないです」
「だから、それは口止め料とでも思って受け取ってください。ね? それとももう、私が泣いたことを誰かに言ってしまいましたか?」
困ったように微笑まれ、サビーナは慌てて否定する。
「まさか! 誰にも言ってません!」
「ではそれは受け取ってください。その方が私も安心できますから」
そんな風に言われてしまっては返す理由もなく、サビーナはそれをキュッと握った。こんな高価な物を持つのは怖い反面、嬉しいのも確かだ。
月見草の花が、サビーナを誘惑するようにこちらを見ている。
「……じゃあ、有難くいただきます。あの、絶対に誰にも喋りませんから……」
「ええ、お願いしますよ」
サビーナは、その月見草の装飾がなされた懐中時計をそっと握り締めた。これは身に付けるもので一番高価な物となるだろう。おそらくは、一生。
絶対に手放さずに大事にしよう……。
サビーナはそう決め、肌身離さず持つことを心に誓った。
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