第138話 鳥羽四天王、皇女に隠された悲しき未来

「・・・。」


(アイツが・・・式が・・・斎宮になるって一体どういうことが起こってるんだ!)


少疑問と焦燥を抱きながら御所の方へと少年の影は駆けていった。





ーーーーーーーーーーー


源義康は運と才能に恵まれていた。


(都仕えを聞いた父上はたいそう嫌がっておったな・・・。)


父、義国は厳格であると同時に慈愛に溢れた人物でもあった。もちろん、素直では無いが。


(兄者は真面目だから、父のような在地勢力を保ち続けることを守っておられる。わしのように浮ついていない。)


兄の義重は自信の身の丈を忘れずに自らの信念を貫く人物であった。


(こんな私でも父兄は身を案じて心ゆくままに在らせてくれた。此度の招集を受けたのもわしの勝手・・・。何より、あの子に・・・朱若に恩を返したい。)


義国の死を看取ってくれた少年。のびのび暮らしていたとはいえ、長く上野・下野に引きこもっていたような自分にとっては久々の刺激であった。


(あの守護者たる父上が人生の夕暮れに見出した最初にして最後の継承者・・・。我が一族もかの少年に導かれし運命であったか・・・。)


「・・・ま!細かいことを気にするのもワシらしくない!」


今は、謁見である。


(ここに来るのもいつぶりか・・・。警護をしていた時に牛車の中で鎮座しておられたあの方は今や風前の灯火・・・。奇しくも戦の引き金になろうとは・・・。)


そばには寵妃、美福門院と娘の暲子内親王がいた。


「義康?」


「は、義康にございます。内親王様。」


「御父様、義康が来られましたよ!」


「義康か・・・。」


「ここに。」


「・・・我が頼りの4人の獅子は・・・」


「全てうつしよ(現世)からお去りになられました・・・。」


ほっとため息を吐いて諦めたかのように身体の力が抜けていく。


(既に亡くなった四天王のことすら忘れてしまわれるとは・・・これ程までに・・・)


「み、みつのぶ(光信)は・・・」


「讃岐の配流先にて・・・」


「儂が命じたのであった・・・そうであった。」


土岐光信。

源頼光の系統である摂津源氏から分かれ、美濃に勢力を張った。加えて鳥羽院に仕えその武名で四天王となった。


(そう、言われた通り自らの決断にて放逐致した・・・)


康和の変、源義親の乱から尾を引く『偽義親事件』の折の粗相にて讃岐の地に配流となりそこで命尽き果てた。


「・・・しげざね、重実は如何しておる・・・。」


「天からの迎えが幾分も前にこられております・・・。」



源重実。

多田満仲の弟の満政から続く血統で尾張に勢力を持った武勇に優れた将であった。


かつて狩猟をしていた折に仙人と出会い瞬く間に天下無双となり朝廷に忠勤したという。



「かの弟は・・・?重時は・・・」


「重時殿も康治(元年、1142年)に亡くなっておられます・・・。」


源重時。

兄の重実と同じく武勇比類なく長けた者であり、異例の速さで国司を歴任した鳥羽院の秘蔵の守護者であった。




「そ、うか・・・そなた以外はもう・・・逝ってしまった・・・のだな。」


「はい・・・・。」


源義康、鳥羽院四天王・・・鳥羽院が最も頼りとする武士の最後の一人であった。


「時が過ぎるのは早い・・・。ひとつ、聞いてくれ・・・。」


耳元で囁いた後、

震える手で義康の手を握った。


「ご、御院様・・・ッ!?」


「頼む・・・後のことを・・・グッ!?」


「・・・ッ。」


こくりと頷くのを見届け鳥羽院は脱力しながら横になった。


「頼んだぞ・・・。」


「は・・・はっ!」


この日はこれで宮殿から義康は下がった。


(まさか・・・そのようなことが・・・ッ。)


義康は鳥羽院から託された言葉の衝撃を受け止めるにはまだ時間が足りなかった。








(得子(美福門院)に物の怪を見た・・・。幻であればよいのだが・・・義康、何かあれば得子と暲子を頼む・・・。)








ーーーーーーーーーーーーー


「式・・・お前・・・」


「ねぇ、私の父上が昨年に急遽即位したのは知ってる?」


「え、え・・・えっと・・・?」


(し、しまった・・・修行が忙し過ぎて情報処理をずっと小太郎に任せて全然聞いてなかった・・・。普通知ってて然るべきことを・・・。)


「まさか、知らないのね・・・呆れた!・・・ふふ、あははははははは!」


こっちの落ち度であるが、彼女は耐えきれずに笑い始めてしまった。


「こ、こっちは真剣なんだぞッ!」


「ははッ!なんかあなたはいつまでもあなただなぁ〜って・・・ね?いつまでも・・・こうしていたいけれどね・・・。」


「え?」


「なんでもないわ。」


透き通った晴れやかな顔。


「今すぐじゃないわよ、さっきも言ったけど。4、5年後くらいかしら・・・。これは皇族の使命だから仕方ないわ。未婚の内親王、ましてや天皇の娘には有り触れた話よ?」


「何年ぐらいなんだよ・・・。」


「分からない、病気とかになったら退下するかもしれないけど、そうじゃないなら後任が決まるまではずっと・・・かな?」


朱若には到底納得ができなかった。その常識そのものじゃない。




その常識に自分の意志を示す間もなく受け入れてしまっているという現実に。



「俺だって・・・いい息抜きだったのに・・・」


「え・・・?」


「こっちだってそれなりに楽しめてたのに・・・勝手に決められてここから去るのか・・・。」


「だ、だって・・・」


言葉につまる。

一人の少女のその底に隠された本音。

示すだけで、少年には動く理由になる。


「こっちだって訳もなく動いてかえって傷つけることはしたくない。お前の意志はお前で示せ。」


「わ、私には・・・」


「皇族の使命とやらなら、別にこなすといい。だが、こなしようというものはいくらでもある。お前の気持ち次第だ。これからの展開を決めるのは。」


「・・・るさい・・・」


「ん?」



「うるさいッ!!!!!」



「は!?」


「うるさいのよッ!こっちだって必死に取り繕ってるのにッー!!いちいちヅカヅカと踏み込んできてッ!台無しよッ!私の覚悟も!ううぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜ッ!!!!」


相当我慢していたのか、ありったけのものを全部こちらにぶちまけなさった。


「な、なな・・・気持ちを聞こうとしただけで・・・なんで文句言われてんだよッ!理不尽だろ!」


「うるさいッ!女の子の敵ッ!変態ッ!押し倒したこと広めるわよッ!」


「ふふ〜、お嬢ちゃん、全部私が悪かったでぇぇぇぇぇぇぇぇぇすぅぅぅぅぅぅぅ!!!!!!お願いだから広めないでぇぇぇぇぇえええッ!!!!社会的に死んじゃりゅぅぅぅぅううッ!!!!!!!!」


「・・・。」


「う・・・ッ!」


(き、気まずい・・・。)


こういっても何だが、こっちはずっとシリアスだったのになぜであろう。


(俺が社会的に死ぬ構図になっている???)


「ほんとに・・・何気ない。こんな言い合いもできなくなっちゃうんだ・・・。」


「だ、だから・・・ッ!」











「・・・嫌だなぁ・・・。」










「・・・ッ!」




・・・・


・・・・



・・・・・・・・。




「はぁ・・・ッ。」


(全く、しょうがないやつ。)


未来の和歌の名手様は自分の意志すらも濁して伝えるようだ。


「逸材かよ・・・。(ボソッ)」


カラカラカラカラ・・・ッ!


少年がいる方から御簾が上がる音がした。


「!、どこに行くの?」



「さぁ、どこだろう?何するかはこれから考える。」



もう、振り返ることはしなかった。










(聞きたいことはもう聞けたから・・・。)




あの、切なそうな顔だけで事は雄弁に告げられていたから。









ーーーーーーーーーーーー


どうも、綴です。

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次回・・・


「あなたは?」


(み、見つかってしまったぁぁぁぁ!!!)


「えっ、え〜〜ッと・・・?」


「こ、こちらは我が甥の朱若にございますぅ〜〜〜。ほらッ!このように可愛らしいものですから可愛がっておりまして〜〜〜!!!」


(よ、義康ッ!?)


(落ち着けッ!こ、この方はだな・・・)


「は?暲子内親王サマ・・・?」


(未即位の女帝、八条院だとぉぉぉぉぉぉぉぉぉおッ!?!?!?!?)


「ふふ、かわいッ!」


ーーー


「すまん、倒すのに協力してくれッ!」


「は!?美福門院に物の怪!?」



唐突なる邂逅はなんと未来の朝廷の裏の女帝!!!

そして義康に鳥羽院が託した願いは・・・物怪討伐モンスタースレイヤー!?


迫る保元の乱を前に朱若はさらに権力闘争の最深部へ!




次回「邂逅!未来の女帝サマ、戦乱誘う物の怪の影」



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