第133話 野望の示す先

ーーーーーーーーーーーー




「さぁて・・・人生相談?と行きますか・・・!」




「貴様・・・ッ。」



「カリカリするなよ。澄ました顔してこれでもめちゃくちゃ焦ってんだよね・・・。」


額から油汗が滴る。


(やっぱ何度かあったけど豪炎の屋内はやっぱ心地悪いな。)


「私の計画を邪魔しやがって・・・何が目的だ。」


「目的・・・?」


少年は心当たりの無いことである。


「・・・知っててバックれる気かッ!貴様は左京の貴族だろうッ!誰の差し金だッ!」


やはり、心当たりがない。

どこか行き違いが起きているのは明白だ。


「俺をなんかの刺客だと思ってるならその線は無いということを断言しておくよ。何せ、ここを見つけたのは全くの偶然だからな。」


「何ィ・・・?」


「そもそも俺は目的なんてないさ。目につくものがあるとしたら・・・囚われた人々・・・かな?」


「あれは貴重な俺の民だッ!このままでは終わらせない・・・ッ!こんな・・・こんなところで」


「・・・。」


見せる執着心。


確信は無い。


「・・・今昔物語集。」


「!?」


瞳の奥が揺れた。


袴垂という男の神経の全てで何かが駆け巡るような感覚を見た。


「あの中には単なる今昔物語集の話があった訳ではなかった。抜粋だ。それも古事記やら六国史、様々な説話に由来を持つ逸話の数々・・・。英雄譚ばかりだ。」


男の望みは渇望のそのもの。


憧れるように、そして必死に追い縋るようにその本の主人公を辿っていた。


「袴垂、お前は・・・英雄になりたかったのか?この世に名声を轟かせたかったのか?」


「・・・ッ!?」


(図星・・・と結論づけていいのか?)


「俺は・・・俺は貴族を許さない・・・。お前達を・・・決してッ!」


「貴族って奴らは確かにクソかもしれないな?否定はいないよ。」


意にも介さない朱若に袴垂の歯ぎしりが聞こえた。


「だがな・・・孤児を引き受けるのまでは構わないが、貧しいとはいえ帰る場所がある人間を無理やり連れてきて『俺の民』呼ばわりか・・・。気に入らないな!」


「お前こそ正義の味方気取りか?貴族の貴様がッ!俺の何がわかるってんだ!寄りにもよって貴様が常識を語るなぁぁぁぁぁあぁぁぁッ!!!!!!!」


腰の物を勢い任せて引き抜いた。


「そもそも、正義の味方だの決めるのは自分じゃねぇ周りの人々だ。その妄信的な性根、俺が今から熱々にして叩き鍛え直してやるよ。」


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」


「・・・!」


ビュンッ!


(荒々しいな。剣の型も粗雑・・・。でも迷いが無い。)


それなりの修羅場をくぐってきた勝負師の剣なのだろう。



「おれはッ!こんなところで終わらねぇッ!この先を越えて・・・袴垂という男の名を人々に焼き付けてやるんだぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!!」

















ーーーーーーーーーーーー



少年、袴垂は貴族であった。

決して裕福とは言えない下級貴族。


「父上!それはなんだ?」


「おお?興味があるのか?」


父親は官吏の中でも一際書物を愛した。


中でも、


「今昔物語集・・・面白いぞッ!」


継ぎ接ぎだが、分厚い書物を引っ張り出す父はいつも笑顔だった。


あの頃読んだ話はなんであったろうか・・・。



父は私にどんなことを示したかったのか。



たとえ、それが武士に身分を落としても、





ーーーーーーーーーーーーー





「試してみるか・・・修行の成果。」


「ぬらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!!」


刃渡りの短い脇差に右手をかける。


(場所は屋内、相手は一人、獲物はこちらとは正反対の刃渡りの長い太刀、備考としては屋敷は火の手に巻かれ煙も多し・・・と、こんな感じか。)



「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・」


「・・・。」


殺気が強まった気がした。


「おいおい?別にお前をなめてかかってクソデカ溜め息吐いてるわけじゃあねぇよ?」


「なんだと?」


(やっぱり挑発されてたと思ってたのかよ!)


やはり、語弊があったではないか。

この時代の武士たち、いや人々を怒らせるとろくな事が無いから極力戦略的なこと以外ではやりたくない。


(武士なら尚更それで負かされたらハラキリ一直線だしな・・・。)


この時代は現代と比べて人々にとって命の価値は軽い。


すぐに死を覚悟する人間が多い、そんな気がする。


(大した根拠もない、だが・・・)


この目の前の人間の信念には成功と失敗に間違いなく命が天秤にかけられている。


「はは、だから人生相談もとい、説教なんだよ。」


「・・・ッ意味が分るかッ!行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!!!!」



(今だ・・・ッ!)


「始めるぞ・・・俺の京八流ッ!!!!」




少年は万力の如き力で脚を踏ん張る。



(もらった・・・ッ!)


袴垂の刀首を左手から斜めに捉えた。










「ッ!?」








ーーーーーーしかしそこには誰もいなかった。



「どッ・・・どこだッ!?逃げたか!」


「そろそろ気づいて欲しいな!」


「ッ!?」


振り向く背後に腕を組んだ少年は口を結んで立たずんでいた。


(後ろにッ・・・!)


鋭く床を蹴った。




「そんな程度のバックステップではな・・・」



ギュンッ・・・!




(な・・・なんだとぉぉぉぉぉッ〜〜〜!?!?)



目の前には大きく腕を振りかぶった少年。



「今のお前に必要なのは死じゃねぇ・・・。」


少年は目の前の男の信念を持つ在り方には共感できた。


だからこそーーーーーー









その手に刀は握られていなかった。








「てめぇに本当に必要なものはを思い出すことだッ!!!!」



バキッ・・・!!!!!





「ごッ・・・・!?は・・・はぁ・・・ッ!?」



(俺は・・・一体何を成すためにここまで・・・。)





ドシャ・・・ッ!



「成りたいなら、方法を間違えるな。」


「俺は・・・見失っていたのか・・・?全て失った・・・のか?」


腫れた頬で痛みに喘ぐようにもがく様に問いかける。


「俺に聞くなよ。お前の望みはお前しかわからんだろう。」


「そうか・・・。」


「ただーーーーーー」





「不思議なもんだ。俺とお前は動機も望みもかけ離れているはずなのに、俺はお前のことを知りたいと思ってる。お前の信念になぜだか好感が持てる。」


「・・・。」


「無理にとは言わん。お前は確かに多くを失った。俺のせいでな。」


「何、を・・・」


「俺は確かに貴族の端くれと言おうと思えば言えるかもな。軍事貴族の中心と言われる俺の実家だが、扱いは下級貴族だ。護衛だの、討伐だの扱き使われる。その癖、気に入らない奴がいればその家族を殺そうとする。」



「何・・・ッ!?まさかお前・・・」


「俺は母親を狙われたよ。なんの話も知らない人がね。」


「・・・そうか。」


「幸い数日寝込むだけですんだが、俺は辟易してるんだ。権力だけで大事な者を奪おうとする奴らにな。」


「・・・。」


「別に殺そうなんてそんな冷酷なことはしないさ。俺は不殺主義者なんでね。あんまり人の前では触れてないが、初陣で人を射抜いた感覚は戦が終わるほど鮮明だったさ。」


人知れずに数日間眠れずうなされていた。


この手で人を殺めたことに。


「俺の望みは大事な人達と共にこの時代が真に平和に生きれる時まで生き抜く。そしてその過程で嫌でも名声ってものが付いてくる。良かれ悪かれな。だから・・・俺は決めた。」





少年はそばで片膝を立てて手を出した。





「お前も来いよ。お前が何抱えてるかは言いたい時に言えばいい。ただ、今は俺のゆく道にお前の望みはきっと待ってるはずだ。」


(俺は・・・)


父の顔が浮かんだ。


ーーーーーーーーー


「が・・・せ、勢至丸ッ・・・!」


「父上・・・ッ!」


「決して人の恨みのままに動いてはならん。仇討ちは無用だ・・・。」


血まみれのまま笑顔で父は訴えた。


「お前は人を救える、希望を与えられる人間になるんだ・・・。それが・・・父の最期の・・・っ、願い・・・ぞ・・・。」


「父上ぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!うわああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!」






ーーーーーーーーーーー


(俺は探していた。ずっと誰かのために希望となるために・・・。)


今昔物語の英雄譚は父が好きであった。


結局は手段のうちに成り代わっていただけであったのだ。


色々試した。どうすれば人々に希望を与えることが出来るのか。


フラフラと手段を変えて。



しかし、関東で一人の幼年の少年が戦を覆した噂を聞いた。


それを聞くとやはり、自分は武家の息子だった血が騒ぎ、すぐに還俗した。


その後だった。


ほんの、たまたま上手くいっていた右京の再建による勢力拡大で名声を高めることで身分をものともせず成り上がれる。


それで人々に希望を与えられる。


そうーーー思っていた。






目の前の手を掴む意味ーーーそれは・・・




「俺は、誰かの心を救える、希望を与えられる・・・そんな人間になれるのか?」


少年はからかうようにニヤリとする。


「なれるさ。必要なのは持ってるだろ?」


「?」


「わかってねぇのか?お前はしっかり父親の言いつけ守って仇討ちだけはしてねぇじゃねぇかよ。」


「お前ッ、何故それを・・・ッ!?」


「すまんな、これでもツテがあって色々調べされてもらったよ。」


「じゃあ、俺は武家の誇りも貴族の矜恃も失ったゴロツキだって尚更・・・」


「良いじゃねぇかよ。」


「・・・!」


「復讐は誰かの悲しみを生む連鎖だ。復讐してもし成功しても生きる希望を失うだけだ。それぐらいなら復讐したやつよりも幸せに生き抜いてるところを見せてやれよ。それが一番復讐だってな。ありふれた言葉を借りてはいるがな。」


「俺は・・・おれはッ・・・」


「全く、大の大人が泣くなよ・・・まぁ、そのあれだ。お前を英雄とやらにしてやる!目にもの見せてやろうぜ。俺たちのやり方でな!」


(父上・・・そういうことだったのか。俺はやるよ・・・。また、人々の希望に・・・)


「わかった・・・お前の復讐とやらに相乗りさせてくれ・・・。」









(なってみせるよ。)



パシッ・・・!









手を握る音が力強く響いた。







ーーーーーーーーー


どうも、綴です。


お話は如何だったでしょうか?

(注・人物に多少の脚色があります)


もし気に入っていただけたなら、応援、星レビューしてくれると嬉しいです!


気になることがあれば気軽にコメントしてください。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る