第132話 姉想い、袴垂の覚悟
「んじゃ、というわけで・・・作戦開始だ!みんなよろしく頼むぜ!」
「「「「おおーーーーー!」」」」
「そこは任せたよ。」
「ああ、ここは心配せず行ってこい。」
うなづいて走り去る乙若を見届けたあと首を回して息を整えた。
(それじゃ、ひと仕事していきますか。)
ーーーーーーーーーーーー
『俺の作戦はこうだ。まずは・・・』
「うおおおおぉッ!?!?!?燃えてるぞォ!?」
「水をもってこい!火を消すんだ!」
肋屋敷の一角から火柱が上がっていた。
「・・・。」
ある柱の一角で朱若は燃え上がる紅炎を見つめていた。
(オリジナルの火打石なんて初めて使ったわ・・・。あんな火花が散るなんてな・・・。)
今のように加工されて擦って着くやつもあるが今はぶつけ合って摩擦を起こし火花が着火剤に着いて点火するのだ。割と危なっかしい。
(よし・・・もっと煽るとするか。)
「やべぇぞぉぉぉぉ!!!!!火事だ火事だぁぁぁぁぁぁッ!!!!向こう側でもあちこちで火が上がってるぞぉぉぉ!!!!」
「なんだってッ!?」
「まずい!本当に二箇所燃えてたぞ!」
(準備してくれたんだな。)
別の柱から手を振っている女性達がいた。
あの笑顔の様子だと成功したようだ。
囚われていた鬱憤はかなり大きかったのだろうか。目標としてた火の手の数よりもいくらか多いのは彼女達の恨みに比例しているのだろう。
(俺も周りの女性陣を怒らせないように立ち回らないと・・・ヒィ・・・ッ。)
思い出すだけで身震いした。
「みんなは手筈通り落ち延びてくれ!場所は覚えてるね?」
「東門ですね。」
俺達は予め二つある門のうち、逃げる門を一つに決めていた。
「あの・・・貴方様は本当に来ないのですか?」
女性の一人が心配していた。
敬語な理由は薄々こっちの雰囲気が庶民的なところでは無いと勘づいたからであろう。
(俺も喋りは庶民に近いけど、現代の恵まれた感覚からしたら貴族的に見えても仕方ないか・・・。)
「ん?」
(これは・・・)
「本?」
そのあばら家にはなんとも似つかわしくない本棚が整然と並んでいた。
「・・・。」
一つ一つは紙が萎びていてふやけていたり、決していい状態とは言えない。
(だけど・・・何か突き動かされるな。)
強い意志を感じた。
「今昔物語集・・・。」
原本かは知らない。
ただ、古事記やら日本書紀やらのルーツを持つ話もあった。
(須佐之男の八岐大蛇退治、神武東征、日本武尊の西征、吉備津彦命の温羅討伐戦・・・。)
共通点がある。
(英雄譚ばかり。)
「・・・。」
「これは・・・。」
すぐそばには書き殴られたボロボロの冊子があった。
『のし上がるために武を得む、
護るために知と名声を得む、
この世に我が名を轟かせんーーー』
「・・・。」
ーーーーーーーーーーーーー
「暇だ・・・。」
「?」
「なぁ、九郎。お前はこの状況を少しも暇だとは思わないのか?」
「・・・思いませんね・・・。」
縁側でぼけーっとした無気力な青年とは対照的に足と手を組んで鼻息を鳴らす大男。
そして左腕が少し長い。
「ぼけーっと何も考えてない時こそ至高ですよ・・・。」
「ぬがーッ!!!つまんねぇ!!!!!!!」
「ちょ、ちょ・・・兄上どこへ・・・」
傍らの刀をはき、矢筒を背負って大弓を右手に持った。
「暇つぶしだ。適当に射てくるッ!」
「あ〜・・・行かないでくれよ・・・。兄上のやんちゃを止めるように父上から言われているのは僕なんだけど・・・」
気弱に止める九郎の話も聞かず馬に股がった。
「はっ、てやぁッ!!!!!!」
「あぁ、もう・・・聞く耳持たないんだから・・・嫌だよ〜動きたくないよ〜。僕の九郎って本当は苦労なんじゃないか・・・」
若干細身の九郎はヒョロりと別の馬にまたがって六条屋敷を飛び出した兄を追いかけるのだった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「ん〜、迷子ね!」
姉は潔い断定でどこか揺るぎない顔だった。
「朱若が!」
無論、貴女である。
という感じでツッコミ不在でどこか締まらないことは置いといて一大事である。
「おお?こんなとこに逃げ出したヤツがいるじゃねぇか?」
顔に傷を作った柄の悪い男が出てきた。
「むう、見つかっちゃったわね!私の天才な弟の完璧な逃亡術なのに!」
「いや、あんたの迷子かどうとかの大声で・・・」
「?」
「なんでお前が一番理解してねぇ顔してんだよッ!?」
とんだシナリオブレイカーである。
「迷子ならちょうどいいわ。罰としてここは一思いに潰されて縄につきな。」
「ねぇ?私が迷子だってこと・・・ほんとに違うんだけど?」
「もういいってばッ!?!?!?その議論わよォッ!!!!」
「そんな怒ったら毛根に負担がかかって生えなくなるわよ?」
「うるさいッ!!!!!俺のコンプレックス《一番言われたくないこと》をぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!」
怒りのままに男は坊に刃こぼれた太刀を振り下ろした。
少女は動かなかった。
(逃げないのか?馬鹿め・・・。)
「俺を怒らせたんだッ!生け捕れと言われてたがどうでもいいッ!死ねぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!」
「私は何一つ間違ったことを言ってないわよ?」
迷子かどうかはどうでもいい。
今彼女がこの場を動かない理由にはならない。
それ以上に動かないのは・・・
「朱若は離れてても一緒だから。きっと戻ってくるの。私の弟なわけで軽薄に育ってないのよ?だって私は・・・」
バキバキバキバキ・・・ッ!
(なッ・・・!?メスガキの背後の板が割れてッ!?)
一瞬目を離して瞠目したのを彼女は笑った。
嘲笑ではない。
言葉では言い尽くせないほど安堵した様子だった。
「そんな可愛い朱若を信じてるから!」
「うおぉおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」
「なっ何ッ!?」
(割れて崩れた壁から別のガキがッ!?)
少年は抜いた小太刀を逆さに刃潰れを見せる。
(殺さないに決まってるだろうがッ!)
「気張れよ・・・死なない程度になぁぁぁぁぁぁあッ!」
ズゥゥゥゥゥゥゥゥン・・・ッ!
小太刀は男の脇腹を深く抉り鈍い音が鳴った。
ドシャ・・・ッ!
「ふぅ・・・。」
「朱若ッ!」
「ぐはぁッ!?」
案の定懐に強烈タックルである。(無論彼女はタックルなんて知らないが)
「こらッ!迷子になったらダメでしょ!」
「何一つ俺に非がねぇじゃねぇかッ!?」
「・・・ちょっと怖かった。」
指をいじりながら顔はそば向いて呟いた。
「・・・はぁ、しょうがないな。」
胸を貸して優しく頭をさすってやる
「♪」
どうやら、姉はご満悦のようで何よりだ。
(怒らせないって決めたからな・・・うっ・・・ビクビク・・・。)
まぁ、当の本人は最後まで締まらないが。
(なんか、俺のせいでブラコンが加速してる気がしなくもない・・・。)
世紀の大発見である。(呆れ)
ーーーーーーーーーーーー
「・・・」
「お、お頭・・・!」
袴垂は無二も無く立ち上がった。
「そろそろ、堪忍ならないんでな・・・。」
「・・・ッ!?」
その顔は怒りで激しくも静かに揺れていた。
「俺の野望をこんなところで終わらせてなるものか・・・。」
ーーーーーーーーーーーーー
ドタドタドタドタ・・・!
(これぐらいか!?)
「兄上!」
「ん?亀、如何した?」
指揮を司る乙若の元に次弟の亀若は不安げに息を切らして戻って来る。
「ほとんどの人達は東の門から出ましたが・・・」
「じゃあ俺達は・・・!」
逃げようと試みようとしたが、腕の袖が少し伸びた。
「どうした?」
「いや、このままみんなで東門から出る手筈ですよね・・・?」
「あぁ、そうなっているが・・・。」
「ならいいのです。いいのですが・・・」
なんとも分かりやすく言いたげである。
「火の手で奴らは撹乱している。屋敷の広さ的にも問題ない。単純だが、ただの賊ならばこの易い策で十二分に通じる筈だ。」
「我々の脱出の機会はこの時だと言うのはしっかり聞いております。ですが、朱若殿だけは・・・そのような話をしておられましたでしょうか?」
「・・・!?」
それを言われて乙若は気がついてしまった。
果たしてあの少年には生きるための手筈があるのかということに。
「おーい!ここにいたのか!」
「朱若・・・。」
少年はあっぴろげである。
「早くここに来い!ここから北門に出るぞ!」
あたりは既に天井まで火が回っている。
「姉さん。ほれ!」
「ありゃ!」
そばに居た姉の背中を押した。
「うわっ!?」
(この結末には姉さんを付き合わせることはできない。みんなで生き残る未来のためには、誰にすらも隠さなくちゃならない秘密がある・・・。)
乙若は坊門姫を受け止める。
「あまり多くは言わない!」
「朱若!?」
少年はニヤリと歯を見せた。
「俺と気が合いそうなやつなんだ!だから、少しだけ話してくるわ!」
途端、天井の梁に火が回った。
「おいッ!」
「必ず戻るからさッ!」
最後は少し囁くように小さい声だった。
「姉さんを・・・後を任せた。」
梁が崩れ落ち、朱若に続く回廊が遮り見えなくなった。
「朱若ーーーーーーーーーーッ!!!!!」
ーーーーーーーーーーーーーーー
「さぁて・・・人生相談?と行きますか・・・!」
「貴様・・・ッ。」
この騒動の大トリ。
両雄は豪炎の中ついに邂逅を果たした。
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どうも、綴です!
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