第131話仮面の意志、袴垂と姉護り物語

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どうも、綴です。


最初に言っておきます。


今回はかなり長めです。












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「なッ・・・!?天狗が・・・八人ッ!?」



異形でいて、威風堂々。


背丈も扱う獲物もバラバラ。


だが、間違いなく言えることがある。


(全員、雰囲気がやべぇ・・・。師匠や仙女程じゃねぇが、それに次ぐ勢いの達人が八人・・・。)


「・・・まじか・・・ッ!」


勝てる気がしない。



大きい覆面が再び襲いかかる。


(右ッ・・・!)



「・・・ッ!?」



(・・・?あ、れ?避けれた・・・?)


獲物は朱若のそばの石畳を砕き突き刺さっていた。


「・・・ッ!」


(また、来るッ!どこだ・・・、右、左・・・?)


息を殺して感覚を研ぎ澄ませる。


風が無くなり、気配を遮る音のない今鋭敏になった聴覚で相手の振りかぶる際の風切る音、そして殺気を写し取る。



(・・・右ッ!)


頭を下げて右から首を目指す刀を避ける。


(・・・左脚かッ!)


重心の踏ん張りを崩すのが狙いの足払いも、左膝を曲げ乗り切った。


(次は・・・上ッ!)



(・・・後ろッ!)



(・・・左肩だッ!)



(右脛かッ!)



次々と相手の攻撃が空を切り始める。



(いける・・・わかる!相手の殺気が・・・俺の狙う場所が・・・獲物が風を切って迫る気配が!)




「ぐるおおおおおおおおおおおッ!!!!!」



金属音と同時に天狗のうちの一人の刀を弾き飛ばす。



「!?」



「どうだ・・・。」


天狗のお面には朱若の小刀が突きつけられていた。


「・・・殺さぬのか。」


お面のうちから言葉が聞こえる。


「話せるのか。」


「・・・。」


極力話したくはないというのは察した。

声を覚えられて不都合かなんかだろうか。


「いや、殺す気無かっただろ。」


「・・・。」


「やっぱりな。」


最初はいきなりで思考が動転していたが、よく場面を思い起こすと不可解な部分があった。


「最初の一撃、わざわざ俺の視界に入る真上から仕掛けるのは適切じゃない。殺すなら視覚になる頭の方から気づかれないように首をはねれた。それに、あとから弓を持っている奴が現れた。なら、俺が寝転がってる時に首筋やら、脳天やらを穿てた、違うか?」




「・・・。」


周りの天狗達は押し黙って、そのまま獲物を納めた。


そばの刀を突きつけた天狗もしりもちをついた状態から鋭いバックステップで後退し、落ちていた太刀を鞘に納めた。





「毎日、この時間にここに来い。鍛錬に付き合ってやる。」


その仮面には表情を窺い知ることは出来ない。

しかし、どこか強い意志と信念を感じた。


「!」



そう言うなり、天狗達は飛び上がり木を跳ねるように居なくなってしまった。



「あの天狗、集団戦で・・・しかも、色々な獲物、人との駆け引きを学ばせるような為に・・・ってか?いや、まさかな・・・。」




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あれから、さらに一週間が経ち修行の厳しさが増す中、朱若は都に出ていた。


(たまには息抜きで東西市で飯の買い物をして来いってか・・・。いや、息抜きまでこき使うなって言ったらろくな事が無さそうだ。)


この時代、平安京には大規模な市が存在した。


細かくは覚えていない。

だが、だいたい真ん中より下だということは覚えていた。


(今で言う何条ぐらいだっけか・・・。四条とか五条通りが平安京の真ん中辺りだと覚えてはいるが・・・)


朱若は未知であるが、だいたい今で言う七条から六条の間に跨っているとここで補足しておこう。


平安京及び朝廷が地方を統括する際の役職である一台五衛府いちだいごえふの総称の内、左京職さきょうしき右京職うきょうしきの中に(左右)市司いちのつかさが属しており、この市司によって直営される官営の市場である。


(なんとまぁ、色々あるもんだな。)


地方から運ばれてくる(つまりは納税される米)、いや、今の時期的には調ちょう(特産物を献上する税)と統合されて官物かんもつという名称であろうか。


それらが運ばれた後に朝廷から下げ渡される形で食物などが売買されている。


一応、有力商人などの存在はもう少し時代を待たなくてはならないもののこういう場所で店を持ち物を売買するなら食いっぱぐれることはないだろう。(身分は卑しいがなかなかにコスパの良い職である。だが、あくまで推測だ。儲かるかどうかの詳細は知らない。)


(米・・・野菜・・・お、あった。)


「オッサン、米を一升くれや。」


「あいよ。」


店の中へ行き、升を俵に入った米に突っ込みかきあげて朱若の持ってきた袋を入れ口を閉じる。


「銅銭はいけるか?」


「勿論だ。」


ちなみに一升は一合60円だとするとだいたい600円ぐらいである。


意外にもこの頃は決まった通貨が存在しない。

朝廷が公式に発効する皇朝十二銭こうちょうじゅうにせん天暦てんりゃくの治、村上天皇の治世で鋳造されたのを最後に途絶え、それらの流通した残りと中国から輸入された宋銭などによって支払われていた。


(まぁ、地方に行きさえすればこれもただの無価値なコインに成り下がるけどな。)


銭貨はあまり日本では流通しなかった。

取り扱うのは主に畿内なのである。


袋を背負い、向かった野菜売りの店でそれが顕著であった。


「オッサン、野菜売ってくれや。」


「おう、色々入ってんぞ。」


ネギ、ふき、ごぼう、ウリ、なす。


南米原産のじゃがいもやトマトがないだけあって色合いが地味である。嫌いでは無いが。


これに加えて朱若は大根も食した。


大根は弥生時代には伝来していたものの、食用としては用いられておらず、何と花を愛でる目的で庭園に植えられていることが多いのだそうだ。


当然、現代舌の記憶を持つ少年にとっては嬉しい野菜であった。


下手をすれば食べる需要がほとんど無いため無料で手に入るからだ。


「ネギ、ごぼう、ナスをくれ。」


「うす。」


「銅銭は?」


「ぬぅ〜、生憎とうちは米との交換だけなんだよ。」


「わかった。升を持ってこい。どれぐらいだ?」


「半合でいいぞ。」


そう、まだ時代の主流は主に米に信頼した物々交換なのである。


庶民においては物々交換が取引の原則であった。全国的に銅銭が使われるようになるのは、定期市が発達する鎌倉時代からである。


「そうだ、小僧。最近人攫いが前より頻発してるらしいぞ。気をつけて帰れや。」


「まじか。犯人はわかってるの?」


袴垂はかまだれ・・・?とか言うらしいぞ。力の弱い子供や女が忽然と失踪するとよ。」


「ありがとう。気をつけて帰るよ。」


忠告してくれた野菜屋のオッサンは満足そうに手を振っていた。


「まいどー。また贔屓にしてくれよ〜。」


(魚うまそ〜。)


目の前の魚の店だなを見てヨダレを垂らすも法眼は許さないだろう。


出家している彼や鞍馬寺の僧達は肉魚食は禁忌だ。


(いや、育ち盛りの俺には食わせろよ・・・。)


朱若のみ、鞍馬寺の山から田畑を荒らす害獣のみを仕留めて主菜にすることは許されている。


しかし、沢山いる訳でもなければ出会える可能性も少ない。


何より、買ってありつける様な贅沢はさせたくないらしい。


実際ありつけるのは週に一回やよくて二回程度である。



「痛ッ・・・や、やめてよぉ〜!」


「オラッ!さっさといけッ!」


(なんだ?)


道の脇で物騒な声がした。



店棚が並ぶ中の人目につきにくい脇の小道に柄の悪そうな着崩しの男が誰かに発破をかけて連れていくようだ。


「・・・。」


(きな臭いな・・・。)









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「はっはー!今回も大量だぜい!」


「まさかこの生業が成功するとはな。」


「飲みすぎだ。酒には飲まれんな。俺たちの野望はまだこんなものじゃない。酔ってる場合じゃないぞ。」


「「しゅ、首領!」」


ほっそりとしているがどこかどっしりとして頼りがいのある雰囲気の男が上座に腰掛けた。


あばら家だが、大きい規模の幽居で酒盛りをしていた柄の悪い男たちを制する。


「いやぁ、でもさぁ。俺たちゃあんたのお陰で食いっぱぐれからこんな思いさせてもらってんだ。」


「これでも感謝しまくりだってんよ!」


「はは、そうか。早く寝ろ。明日の仕事も早い。それに俺は連れてきた奴らに飯を作ってやらんといけねぇ。」


「「・・・。」」


腰の帯を抜き袖を捲ってとめる。


そのまま首領と呼ばれた男は台所に降りて行った。


「やっぱ、首領って良い奴だよな・・・。」


「あれで商才もあるからなぁ。」


「確か、連れてきた飢餓の女は飯を食わせて肥えさせてから以前攫った白拍子に教えをつけさせて立派になったら貴族に売り込ませてるらしい。あとは、男達でこの荒れた右京の湿地を開拓して作物を作って市で売りつける。荒廃したこの地が金を生む。全く驚いたもんだ。」


「最近は桂川の上流の堤の盛土も手がけてるらしいな。水を引くためにあの氾濫する暴れ川にも手を出したんや。これが上手くいったら・・・」


「・・・。」


「・・・?どうした?」


「いや、首領は・・・その後何をするんだろうなぁ〜ってさ。」


「たしかにな、今まで誰かの為に頑張ってきたし、そろそろ自分のための何かを目指して欲しいぜ。」


「て言うと何をするんだろう?」


「・・・復讐、とか?」


「はぁ?まじかよ・・・。あの善人の首領が?」


「あぁ、でも貴族に昔酷い目に合わされてから貴族出身だと我を忘れて怒り狂うらしいぞ。」


「まじかよ、あの優しくて面倒見がいい首領に何をやったらそんなるんだよ。」


「さぁ・・・でも俺たちゃ救ってくれたあの人を支えていこうぜ。」


「たりめぇだ!」




部活の男二人は腕を交えて志をかわした。







そうとも知らずに

台所で気乗り良く野菜刻む首領と呼ばれた男ーーーその名は『袴垂』と言った。






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「ここは・・・右京か・・・。」


(何ていうか、聞いていた通りの荒れようだな。)


追っていた男が入り組んだ路地を次々に抜けていくとそこは都を北から見たときに右半分の部分である右京であった。


平安京は碁盤の目の条坊制でしっかり区画されている作られているが、都の全ての区画が発展したわけではない。


朱若や貴族たちが住む都の左京は屋敷が立ち並び古代世界でも有数の発展を遂げる。


しかし、右京は桓武天皇の平安京造営時に桂川の度重なる氾濫と湿地帯地質という劣悪な環境故に整備が進まなかった。


色々な政策に積極的であった桓武天皇の治世は朝廷の出費が 大きくなり過ぎたため、菅野真道すがののまみち藤原緒嗣ふじわらのおつぐ徳政相論とくせいそうろんを経て、緒嗣の平安京造営と蝦夷征討軍派遣の中止する進言が採用され同時に整備が進んでいなかった右京は造営が打ち切られてしまった。


そのまま今まで、二百年の時が過ぎたのだ。


「烏か、死体を食らってるのか・・・。」


落ちぶれた人間はここに流れ着く。

治安なんてあったもんでは無い。


悲しき最期であったろう。

烏を追い払い、人骨に手を合わせた。


「・・・。」



平安時代中期の紀伝道の第一人者、慶滋保胤よししげのやすたねは右京の荒廃の様を自身の随筆『池亭記ちていき』でこう綴った。


『私は自邸を建てるために都の不動産の情報を集めたが右京と左京で明確な差があることに気づいた。左京は繁栄し、屋敷が過密しており、地価は高騰しとても手が出せない。かたや右京は荒れ果て打ち捨てられた幽居がぽつりぽつりと伺える。その名の通り幽霊でも出そうな不気味な静けさだ。私は仕方なく都の南側の六条の荒地を整えて屋敷を建てることにした・・・』


(聞いてた通りのままだな。和風スラムって感じか?)


「いけねぇ・・・ッ!」


危うく、男を見失うところであった。


「・・・!」


(あの屋敷か!)


男が連れ去った女性を押し込んだのは大きな打ち捨てられた屋敷だった。


木陰に身を潜めつつ、侵入の機会を伺う。






不意に左目からぎらりと銀光が映る。







パチン・・・ッ!






「ッ!?」




(な、なんだ・・・!?)




「君、あの男をつけてたようだな。何者だ・・・。」





声は少し甲高い。自分とそこまで歳は変わらないかもしれない。





「答えろ、君がなぜ奴らを追っている。理由と場合によっては・・・君を討つ!」














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ひんやりとする首筋、滴る脂汗、加速する鼓動。


目の前の短刀が朱若の緊張を煽る。


「何者って・・・俺は朱若だ。市で買い物してたら物騒なものを見たんでな。」


「・・・。」


ひとまず、納得したのか突きつけた刀を降ろす。しかし、依然として鞘には収めていない。


(警戒はするってか・・・。)


「やめろよ。見たところ目的は同じのようだな。」


「ぼっ、僕はまだ君を信用してないからな!」


(顔が赤くてなおかつ女なら完璧なツンデレの言い回しだ・・・。)


とは言うものの少年はどこか警戒はしながらも不安なのかよそよそしい。


「・・・なぁ、お前の名前は?俺は名乗ったぞ!」


「僕は・・・」


怖がらせてしまったか。

少しまごついていた。


「別に、名字を名乗らなくてもいいよ。俺も名乗ってないしその方が色々詮索しなくて済むだろ?」


「う、うん・・・ありがとう。僕は乙若おとわか。」


「乙若か、名前なんか似てるな・・・。」


「そ、そうだね。もしかして、君の家は貴族かい?」


「ん?俺ん家か?貴族か〜。そう言われてみると少し微妙な感じだな・・・。貴族だけど貴族っぽくないっていうか。」


「へぇ〜!実は僕の家もそうなんだ。貴族だけど少し荒っぽいことが多いんだけどね。」


(おいおい、そりゃ自分たちが武士と関係深いって言っちゃってるようなもんじゃないか?)


「なるほどね。多分俺と乙若の家は同業者みたいだな。」


「恐らくそうだね。」


ここまできて、ふとかねてからの聞きたいことを思い出す。


「乙若はなんでこんなところに来たんだ?」



乙若は憎々しげに胸の前の拳を握りしめた。








「僕は・・・連れ去られた弟達を追ってここまで来たんだ。」





「弟が!?やばいじゃないか!両親には伝えたのか!?」



無念そうに首を横に振った。


「あまり、屋敷の外に出して貰えないから僕達こっそり屋敷を抜け出して都を探検してかなり遠くまで来てたんだ。だから屋敷に戻ってたら見失っちゃうと思って・・・」


「なるほどな。それでそのまま追って俺を見つけたと。」


朱若も朱若だが、乙若もかなり軽率な行動だったらしい。


「なぁ・・・この屋敷どんな間取りしてるか分かるか?」


「わ、わかんないよ。こんなに大きいと単純に部屋とか通路とか入り組んでそうだし・・・」


「どうすっかなぁ〜。」


どんな構成でも大きい寝殿造の屋敷なら時間がかかりすぎるのは命取りである。


(長居は捕まるリスクを上げかねない・・・)


「な、なぁ・・・これは一つの賭けなんだけど・・・考えがあるんだ。」




















ーーーーーーーーーーー


「ひ、ひ〜ん!!!!乱暴はやめてよぉ!」


情けのない声をあげる乙若は二人の男に腕を後ろに縛られて屋敷の中へ連行されていった。



(乙若・・・)





『いいかい?僕がまずわざと捕まってみんなが囚われている牢まで連行される。その時に目の前の門番が剥がれるはずだ。その隙に・・・』




『じゃあ俺は、屋敷をこっそり回って間取りをある程度把握する。その後にお前が囚われた牢に行くから、俺が屋敷を回っている間に牢の周辺を調べてくれ。』


『うん、それじゃ互いに健闘を・・・』


『あぁ!』




「・・・」


ふと、さっきの乙若のヘタレ声が反芻する。


(あいつ、演技派だなぁ・・・。)






「俺も行かなきゃな・・・!」


せっかく作ってくれた隙を無駄にするわけにはいかない。



門をくぐって壁伝いに息を潜めながら回廊を進んでいく。


キィィィィ・・・ギィィィィィ・・・


(廃墟なだけあって劣化も激しいみたいだな。)



蜘蛛の巣が支え木を軸に張り巡らされていたり、樑が腐食していたり、床の板に穴が空いていたりと詮無きことから倒壊の危険性があるものまでなかなかに内容の多い廃墟だ。


「これを打ち捨てた貴族は相当の物好きか、気まぐれの金持ちだろうな。とにかく高位にいた人間なのは間違いない。」


局所に寝殿造の遺構と大きな池を囲む回廊が奥に見えた。


(比較的綺麗に塀が正方形に近い長方形で区画されてる。門は俺達が忍んだ南の門と左京側へ続く東の門か。)


牢がまだ分からないから完全に決めることは出来ない。


(だけど、今の最適解は東の門からの脱出だ。)



ドシャーーーーーンッ!!!!



「ぐぎゃァァァァァァッ!?!?!?ゆ、床が落ちたぁぁぁッ!?!?!?」


見ると周りの板が青く腐食していた。



「おいっ!てめぇここで何してやがる!」


「げっ!?やべぇッ!!!」



一人に見つかったとあれば、この大きい屋敷を見廻る無頼漢たちも多いのだ。


蝉に群がる蟻の如くワラワラと集まりだす。


「「「待てぇぇぇ!!!オラァッ!!!」」」




「ヒィぃぃぃぃぇぇぇぇぇぇッ!?!?!?」



(ダメだ、捕まったら絶対殺されりゅうぅぅぅぅぅッ!!!!!)




「そういや俺の少年時代逃げてばっかりじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?!?!?」









ーーーーーーーーーーーーー



「オラッ!入れッ!」


「グッ・・・!」


(一応、牢屋まで来た・・・さてと)


「牢の配置と周りを確認するか。」


辺りを見渡してみると、女性と子供が多い。


いくつか、同情の視線を感じる。


(思惑が何となくしぼられてくるな。女性は愛妾目当ての遊女(芸者)にするだろう。子供は・・・見たところ親子関係の者は少ないな。恐らく、孤児もここに入れられてるのか。)


「義賊かなんか知らないけど、人攫いは理由にはならないね。」



「あなた!大丈夫?」


そこには焦った顔をした少女。


「ん?いや、特に怪我はしてません。」


「そっか!良かったわ。ほら行きましょ!」


「えっ、ちょっ、ちょっと・・・」


いきなり現れて心配したかと思えば少女は乙若を気にする様子もなく笑って手を引く。



「ど、どこに行くんですか?」


「貴方、見たところ割と着てる服が良いわね。貴族かしら?」


「・・・。」


「警戒しなくてもいいわよ。ほら私も貴族みたいなもんだから!」


小袖をフリフリと振ってみせる。


(たしかに、模様も生地も庶民のものでは無い。僕と同じ軍事貴族か中級階級の貴族か。)


「あ、戻って来た!おねーちゃん!」


嬉しそうにあがった鈴を転がしたような声。


「あら、呼んでるわね。ふふ!」


(ん?すごい聞き覚えのある声だな。)


「ほらー!新しい子よ!貴方たちよりも多分年上だからおにーちゃんよ!」


「うん!こんちにわ!おにーちゃ・・・って兄上ッ!?」


「お前・・・亀若か!」


「はい!よくぞご無事で!」


「「あにうえーッ!!!」」


亀若の後ろから二人の童が飛び出した。


「鶴若に天王!よ、よかった・・・ッ。本当に無事で・・・」


「あ、貴方たち兄弟だったの!?」


少女もあまりの偶然に驚きを露わにしていた。


「あぁ、俺の名は乙若、こっちは上から亀若、鶴若、天王だ。」


「ねぇねぇ、あにうえ、このおねーちゃんがぼくたちのことよくしてくれたの!」


満面の笑みで末の天王が乙若の袖を引っ張る。


「おねーちゃんはここで身寄りのない孤児や、僕たちのような貴族子息が痛い目にあわないようにここで面倒を見てくれたんだ兄上。」


鶴若がたどたどしさが残る弟を補足する。


「そうだったのか・・・本当にありがとう!弟達を見ていてくれて。」


「ううん、偶然でも兄弟が揃ってよかったわ!私も弟を探しに来たんだけどな・・・」


悲しげな顔で俯く。


「貴方にも弟が・・・どこにいらしゃるのですか?」


「鞍馬寺よ。」


鞍馬寺は平安京の北にある。

ここは平安京の西、右京にしてやや南側に位置している。


「鞍馬寺?それではなぜこのような荒んだとこに?」


「・・・ごだからよ。」


恥ずかしげにボソボソ言われてはしっかり聴き取れない。


「ん?今なんと?」


「だ、だから・・・お供とはぐれて迷子だからよ・・・。」


「・・・。」


無邪気な末の弟の天王以外思わず苦笑していた。







「ん"ん"!気を取り直して・・・私はぼうよ!一応巷で坊門姫って呼ばれてる。まぁ、気軽にお坊でいいわよ!」



(なるほど、坊門姫・・・どこかで聴いたからと思えばあの人の・・・)




「お坊殿ね。これから僕の仲間がここへ屋敷の偵察を終えて助けに来るんだ。脱出方法を考えたいんだけど、この牢屋の状況についてできるだけ教えてくれませんか?」


「うん!わかった!私も早くこんなとこ出てあの子に会いに行きたいからね!」


両拳を握りしめて気合いで鼻息が鳴る少女を見て思わず滑稽で笑みがこぼれるのだった。



ガラガラガラ・・・ドンドンッ!


天井が騒がしい。


「な、何よ・・・この音。」


「ま、まさか・・・」


思い当たる節しかない。


あの手を組んだ少年が大いにしでかしたということが。


パラパラ・・・



天井が揺れて板の間からホコリ混じりの木屑が砂のように落ちる。


ダンダンダンダンッ!


「どこに行ったぁぁぁぁッ!出てこいッ!」


「探せぇッ!逃がすなッ!」


「「ガキィィィッ!!!」」


目の前を誰かを追いかける無頼漢達が通り過ぎた。


(い、言わんこっちゃないッ・・・!)



ガラガラガラ・・・ッ!


ドンドンドンドンドンッ!


ドシャーーーーーンッ!!!!!!!



天井に亀裂が入りだした。


「な、何が・・・」


バキッ!


「へ?」



「うわぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?!?!?退いてくれぇッ!!!!!!!」



「ええええええっ!?」






ドカーーーーーーーンッ!!!!




「痛てててて・・・ふぅ、危なかった。」


「・・・。」


後ろからの乙若からの凍える視線はあえて無視した。反応したら凍え死ぬ。


「朱若!朱若じゃん!えいっ!」


「ごふッ!?って姉さん!?」


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!朱若だぁ、本物だぁ〜!」


「なんで姉さんがここにいるんだよ・・・。」


「うう、実は鞍馬寺にいるってことを小太郎から聞きだして行こうとしたんだけど・・・」


「ちょ、ちょっと美味しそうなもの見つけたから人混みを掻き分けて進んでたら迷子になって・・・そして捕まっちゃったッ!てへっ!」


「あう〜・・・さすがに可愛くねぇって姉さん。」


「ひ、ひどいっ!可愛い朱若は私のことを醜女だとッ・・・」


「呆れてるんだよッ!」


わざとらしく、体をくねらせるのはタチが悪い。この人も軽度のブラコンなわけらしい。


あの風魔党と景義が付いていながら迷子になる姉はなかなかに問題児だ。見たくもない才能を垣間見てしまった気がする。



(ていうか、どうやら俺は脱出ついでに姉さんを守らなくちゃならなくなったわけだ。)



「乙若、言ってたヤツ。大丈夫か?」


「うん、しっかり把握出来た!」






「おっし!それじゃ打ち合わせと行きますか!ここから始まる奇跡の脱出劇の脚本をな!」




















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「何?侵入者を逃がした?」


「す、すまねぇ首領ッ・・・。」


「・・・。」


首領の顔は部下の方からは窺い知ることが出来ない。


首領の部屋で一人男は不気味に黙り込んだままであった。








ーーーーーーーーーーーー







「んじゃ、というわけで・・・作戦開始だ!みんなよろしく頼むぜ!」


「「「「おーーーーーー!」」」」


朱若の掛け声にその場にいた乙若の兄弟達や坊門姫、子ども達が楽しむように腕を上げて歓声を上げた。


「んじゃ、あなた達もお願いしますね!」


「わかったわ。」


「任せて!」


「こんなところから出てやるんだから!」


女性ら大人達もなかなか乗り気のようだ。


(気がかりなのは・・・ここに連れてこられているはずの男達がいない事だ。どこに連れてかれたんだ?)





「いや、不透明なことを心配してても始まらねぇか・・・。」


今は目の前に集中しよう。





「さぁて・・・今ここから全てひっくり返すとしますか!暗躍・・・開始だ。」










荒んだ右京の壊れかけの屋敷で小さな革命が加速するーーー。






「行っくわよ〜ッ!楽しくなってきたッ!」


「ちょぉッ、ちょっと待ってよ!姉さんッ!」


そして姉護り物語の始まりでもあった。




ーーーーーーーーーーー


補足!

慶滋保胤の『池亭記』の『』の部分は作者なりの噛み砕いた要約でまったくすべての内容がこれって訳ではなくあくまで抽象的であることを予め、注釈しておきます。




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次回は、『姉想い、袴垂の覚悟』です!

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