第130話 人との駆け引き、八人の天狗

「ぬぉぉおおおおおおッ!!!!!」


「・・・」


カン!カン!カン・・・ッ!


激しく打ち合い、何振りも受け流され続ける。


(右はッ・・・!?)


カン!


木刀を片手のみで操り法眼の左肩から拳ひとつ空いた距離に受け流された。


(左ッ・・・!と見せかけてもっかい右ッ!)


「・・・甘い。」


ビュンッ!


右から首筋を狙う振りも呆気なく首の振り一つで躱されてしまう。


(ッ!またギリギリでッ・・・!)


あくまでギリギリの間合いで避けるのだ。

これが当たりそうで当たらないというもどかしさから憤怒が積もってくる。


「・・・ぬッ!」


一息溜まった怒りを放出するように鼻から息を吐く。


「乗せられておる。」


「ッ、ここまで狙い通りかよ・・・ッ!」



隙を与えぬように間髪入れずに法眼に打ち続けるも、法眼に一切の動じも息切れも見えない。


(ッ・・・マジであたらねぇ・・・ッ!?)


ビシッ・・・!!!


「あぐッ・・・!?」



手首を打ち据えられ朱若は木刀を落とす。


「痛てて・・・あ〜まじかよ、一発も当たんねぇ・・・。」


義朝や義国と偶に鍛錬をした時でさえ、数日少し慣れてこれば当てることが出来た。


しかし、法眼には一週間以上経っても当てられる気がしなかった。


「心がまだだ。打ち合いをしている最中は常に自身の臓物を氷室の中の氷を漬け込んでいるように保て。沸騰させてはならん。」


この師、言い回しは回りくどいが実に的を得ていた。


つまり、ギリギリを装って避けるのは朱若に一太刀当てれるという残酷な希望を見せておいて実際はその実力差で決して叶わないという部分をぼかし続けることで怒りをかりたてるのだ。


怒車の術。


世間ではそう呼ばれる相手の弱さを顕在化させる『五車の術』が一つだ。


よく忍者が諜報活動なんかに使うことがあったようだが、実に汎用的で相手との競争という括りにおいては殆どのものに応用が利く人身掌握術とも言える。


つまり、法眼は敵との打ち合いにおいて怒ることをやめろと、そうくんじるわけだ。

それでいて氷に臓器を突っ込むように冷ややかに状況を見つめろという訓戒でもある。




「焦った時に剣を振る回数と速さで誤魔化すな。達人ならかえって自身の疲れを招く。疲れは隙だ。ゆくゆくは貴様も『五車』を操り戦えるようになるまで仕込む。あと、大振りになる癖は少しずつだが無くなってきてはいる。心掛けよ。」


「ありがとうございます・・・。」


やれてる手応えなんてないから、褒められても良かったのか分からず複雑だ。

何せ法眼が強過ぎるためなかなか修行中ではその実感は決してできないとたまに暇だからとやってくる仙女は言っていた。


以外にも、法眼は厳しいがいい所はしっかり褒める。


それが意外と挫けない理由にもなっているかもしれない。

その時点で既に『喜車の術』に乗せられている気もするが・・・。(別に隙を産んでいる訳では無いが人が物事を長く続けて教え込むための人心掌握術の一つとしても言えようか。)


だが、納得いっていないところがあるらしく顎に手をあて考え込む。


するとなにか思案に至ったようである。


「人との駆け引きが足らんな。」


「はぁ・・・?」


急にそう法眼が呟いた。


「まぁ・・・そうか。今日は裏山の境内まで走って素振りをやって来い。」


「ぜ、是・・・?」


こんな情けのない生返事なのはいつもより修行あとの罰として与えられる鍛錬が厳しくないからだ。


(もう、厳しいのに慣れてしまっまたのでひねくれているな、俺。)


朱若は大人しく木刀を背中に白い布で巻き付け、裏山の方へ向かう。




ーーーーーーーーーーーー


実際、裏山と言ってもこの場所自体が山である。


当初修行は法眼の屋敷、平安京内で行っていたが、今は法眼と以前会った鞍馬寺の忍性との交友により鞍馬寺で行っている。


間違ってもあまり公に晒したくない秘匿の流派であるからこそ、自身の見極めた人にのみ伝承を許したいという法眼の信条故であるらしい。


寝泊まりと食事もここで自給自足だ。


鍛錬の一部だとして修行の合間に近くの百姓を手伝い、野菜や米の世話をした。


正直こっちの方が楽なので逃げている部分もあるが、実際修行はサボれないので花鳥風月の風景を眺めつつ作業をするのは息抜きにもなるのだ。これに関しては少なくとも『前世』からの俺の気質によるところが大きい。

都会育ちだった記憶がある俺にとってたまたま初めて訪れた奈良の明日香地方は妙に心が落ち着き安息感を得た。

田園風景と木が刈られた禿山や鬱蒼と繁る岡寺の境内が顔を覗かせる東光山や甘橿丘、故郷にはないゆっくりと流れる時間を思わせた。


何はともあれ、自然に囲まれた風景を見るのがそこはかとなく好きであった。


「でも・・・はぁ、はぁ。この裏山は杖もなしに登るのは辛い・・・。」


道なんて甘ったれたものはない。

まさに修験道の山伏の方々のための霊験に近い険しさを誇っていた。


「・・・ッ着いたぁぁぁぁぁ〜〜〜!」


大の字で少し床石が貼られた地面に倒れ込むとヒンヤリしていて修行で動きまわり険しい山道を登ってきて火照った体には染みる安らぎである。


「さあて・・・いつもどーり、やりますかー。」





ブンッ・・・ブンッ・・・ブンッ・・・




淡々と素振りをこなしていくうちになんとも言えない没入感を感じることがある。


頭がボーッとして周りの視界がぼやけてくる。


その代わりと言ってはなんだが、振っている木刀に焦点が集まる。


これが不思議と素振りのみに没入できる感覚に誘う。



ブンッ・・・!


「・・・よぉし、千回ッと・・・終わった〜。」


マメができては潰れを繰り返し、今はそこまでと落ち着いているが最初はこれに加え手がちぎれそうなくらいの筋肉痛を伴い毎日寝る時辛かった。


「思えば慣れるもんなのな・・・。」


グイッと右手に力を入れると太くもなく細くもない平凡な腕が強ばり、引き締まったものが浮き出てくる。


「これがこの時代の武士由来の、実践的な筋肉ってやつなのか・・・?」


試しに左手でドアをノックするように叩いてみるとコツっと骨に当たるような感触が返ってきた。


(ほぇ〜、硬ぇ〜・・・。筋肉だから多少重みもあるし、硬さ骨みたいだけど石に近いとも言えそうな・・・あ、涼し〜)


風が吹いて雑木林を揺らす。


人間は感情の受容を五感を多く用いるほど、大きく感じやすいものだとはよく言ったものだと思う。


木々の葉が揺らすさざめきとそよ風が木俣を吹き抜ける音が冷涼感を加味して趣深くなる。


(ふふふ、木俣抜ける風いとをかしってところかねぇ・・・。)


少し教養ぶってニヤニヤしてみるとき、木々の葉の間からさしていた夕焼けの木漏れ日も京都盆地の向こうに沈み輝きを失っていく。


風も次第に止むが木々のさざめきは止まらず踊り続ける。


(・・・音だけでも涼しいな。)









ザザザザザザ・・・







目を閉じて音を感じていたが、そろそろ戻り時かと目を開けた。






「なッ!?」






ザク・・・ッ!






「おわッ!?」


目の前には上から落ちるような形で刀をこちらに突き立てる黒ずくめがいた。


間一髪右に転げて刀は寝ていた石畳につきたてた。


顔はよく覆われていて見えない。


「ぐッ!」


急いで刀を地面から抜いた刺客はこちらに振りかぶってきた。


「よし、今度はこっちから・・・のわッ!?」


身体をかたむけたところにもう一人が心臓目掛けて突きをしようとしていて左に転げるように回避する。


ザザザザザザ・・・


(・・・ッ!?不自然な揺らめきかこれッ!?後ろッ!?)


海老反りのように前回りして見ればやはり、木陰から飛び出していたもう1人が袈裟斬りをみまおうとしていたのがわかった。


(三人か!?)


ザザザザザザザザ・・・ヒュンッ・・・!


「またッ!?」


再び後方からの不自然な揺らめき、

咄嗟に背中をそらすと目の前を矢が通過した。


(まじかっ!弓使いッ!?遠距離もいるってか!)


「ッ!?」


地面を見ると自身すら覆う黒い影。


(しまったッ!?)


振り向くと薙刀を持った巨躯の覆面が振りかぶる。


「ぐはッ・・・!?」



背中を薙刀の柄が肉薄する。


(弓使いのいる衝撃で考え込んでしまったけど、リーチの長いやつが控えてたなんて・・・。)


気を取られて反応が遅れてしまったために巨躯の覆面の薙刀を避けきれなかった。


いや、あともう少し遅れていたら頭と胴は泣き別れていた。


(なんでこんなに気づきずらかったんだ?)


そう思い辺りを見渡すと、既に風は止んでいる。


「・・・ッ!?」


(もしかして!?俺が風のさざめきと勘違いしていたって言うのか!風自体が止んだ時から既に木の上から意図的に揺らして偽装してたってのかよッ!?)


「クソッ・・・!誰かも分かりやしねぇのに・・・こんな人っけのないところでッ!」



キン!キン・・・ッ!ガキン・・・ッ!!



(キリがないッ!)


次から次へと多種多様な攻撃が迫ってくる。


「ねおぉぉおおおおおおッ!!!!!」


大きく一人の刀を弾き返し、後方の人間にぶつかるように仕向ける。


ヒュ・・・ッ!


(と、跳んだ・・・!?)


しかし、弾き返された覆面の後方にいた者はぶつかることなく、ありえないほど高く跳び後方に着地する。

思惑通りにいかず相手の矢継ぎ早に飛んでくる攻撃陣形は崩せてものの好きを作るには至らない。


(よし、夜目にも慣れてきた。)


視界も慣れ少し戦い安くなったとはいえ数の利で相手が圧倒的なのは変わらない。


(少しでもなにか・・・何か使えそうな手はないかッ!)


辺りを見渡すと飛び込んできた。


ド肝を抜く光景が。




「は・・・?なんだよ、その顔・・・ッ!?」




赤い顔に、怒張のような伸びきった鼻。


白と黒塗り丸い瞳。









「なッ!?て、天狗ッ!?」









周りを囲む正体、それはこの山の名を聞けば恐れる有名を馳せる怪奇。






鞍馬天狗くらまてんぐ







人は彼らをそう呼ぶ。


時に人を馬鹿し混乱を呼ぶこともあれば、人を導き幸運をもたらす。







そして、








しかし、それだけでは終わらない。



その場にいる人間の覆面の奥が次々と明らかになる。










「ハハッ・・・まじかよ。天狗が・・・八、人だとッ!?」







朱若は乾いた笑いを吐き捨てた。






鞍馬天狗と朱若。







日ノ本を揺るがす未来の若き英雄と

日ノ本が誇る最大級の怪奇が邂逅した瞬間であった。










ーーーーーーーーーー


どうも、綴です。


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天狗との出会いが引き起こす朱若の未来とは!


次回『仮面の意志、袴垂と姉護り物語』

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