第115話今、託す時

「うおおぉぉぉぉ!!!」


「フンッ!せぁッ!」


(キリがないッ!)


何度切っても新手が次々に屋敷に侵入してくる。


後ろで震える妻と懐の息子を見て義賢は決意した。


(もう、ここらでよいか・・・。)



屋敷は火柱を上げていた。


「・・・。」


「貴方様・・・。」


「小夜、駒王。お主らは逃げよ。」


「え・・・?」


背を向けたまま告げた義賢の手に小夜は触れる。


「そんな・・・嘘・・・ですよね・・・?」


「・・・。」


「い、いやッ!私は貴方と一緒に・・・!」


「すまない。」


まるで、希望に突き放された自分の運命を呪わずにはいられない。


「私はそなたに生きて欲しい。生きて駒王にわしが注げない分の愛を余すことなく伝えて欲しいのだ。」


「い、いやッ・・・!貴方がいないこの先を、私は何を希望に生きていけばいいの?それぐらいなら私は貴方と一緒に・・・」


パシッ・・・!


義賢は手は小夜の頬を叩いていた。


「なん・・・で?」


「すまん。」


その顔はこれまでになく悲哀に満ちていて。


「!」


だけど次の瞬間には暖かい温度で包み込まれていた。


「お前に手をあげたことは本当にすまない。だけど、お主には見失って欲しくない。駒王はわしとお前の大事な宝だ。そして駒王が成長して孫、曾孫とどれも私にとって愛しいものだ。もちろん、お前もだ。」


「・・・ッ。」


小夜は義賢の胸に顔を埋める。

義賢の顔を窺い知ることは出来ないが、どのような顔をしているのかぐらいわかる。


「・・・私、それでも信じてます・・・。貴方が戻って来ること。」


「・・・。」


分かってる。分かっている。


もう後には引けない。








「さよなら・・・ずっと好きです。」












「・・・ッ!」




義賢はこくりと頷く。


小夜は泣いていることがバレないようにすぐに後ろを向き駒王を抱えたまま奥に走り出した。




「ありがとう・・・小夜。」












ーーーーーーーーーーーーーーーー



目の前の屋敷は轟々と大炎が燃え盛る。



「朱若様。これを。」


小太郎は手ぬぐいを差し出した。


「すまんな。」


中の煙が酷く廊下を満たして視界がぼやけていた。


(それにしても、煙が酷い。吸いすぎると中毒死するな。)


この時代出なくても最も恐ろしいのが一酸化炭素などを含む有害煙の吸引だ。


「時間をかけると俺たちすらも危ない!手早く助けるぞ!」


「はい!」


大蔵館は義平が急襲をかけた南の母屋及び櫓を含む重隆の屋敷だ。


義賢がいるのはその奥、北の武蔵嵐山に足を突っ込んだ奥屋敷だ。


「どうやら火の手は回っておりますな。」


「ああ、だが表の方よりかまだマシだ。」


やはり、手遅れかとも頭をよぎるが少しばかりの希望的観測を見いだせる。


「うおッ!?」


「朱若様ッ!」


不意にぶつかった武士が朱若目掛けて刀を振りかざしたが、瞬時に小太郎が小刀を投げて倒し事なきを得る。


「うっ・・・。」


心臓を鷲掴みさせるよな圧迫感。

これは目の前の死体を見た事への恐怖か、それともこの危険な空気の充満した中で同時にある極度の緊張感から来るものなのか朱若には考える暇もない。


「朱若様・・・。」


「大丈夫だ。行こう。」


(こんなところで俺の気持ちだけで立ち止まれない。)


胸に込み上げてくる心苦しさを押し殺して先を進む。


煙の濃度も時間とともに濃くなってゆく。

先を進む小太郎はは渡り廊下の先にあった大きな母屋の前で止まった。


「ここです。義賢様の居館です。」


既に火の手は周りパチパチと火の粉が弾ける音が四方八方から鼓膜を打つ。


「・・・行こう!」


濃密な死の匂いが緊張を和らげる深呼吸すら許さない。


跳ね上がる心臓を晒したまま屋敷に足を踏み入れる。


「来たようだな・・・。」


「・・・叔父上。」


「前はお主からかけられた言葉だったか。使わせてもらうぞ。『これからの話をしようか。朱若?』。」


血糊を浴びてボロボロの義賢は無邪気に笑って見せた。


「ずっと思ってたんだが、お主と話しておるとまるで同じ歳の友人と話しているような気分だ。いっその事わしの名を呼び捨てで良いぞ。」


「はぁ?なんだよいきなり・・・。まぁ、いっか。よく思ったら意外と丁寧に話した覚えもないし。」


甥と叔父なのに急に気さくに呼び捨てるのはなかなかに遠慮したいところだが、割と義賢とはすんなり話せた。


「単刀直入に言う。なんで逃げなかった?」


「・・・。」


義賢は躊躇いを見せる。


「お前がわしを助けようとしたばかりに重隆の刺客に倒れたのを聞いて、何かわしの中で諦めのようなものが身体を軽くしたんだ。自分を助けるために誰かが倒れるのはもっと苦しい・・・。」


「いや、あれは・・・!」


誤解を解こうとしたが義賢は手で制した。


「だとしなかったとしてもだ。その偶然が起こったこと自体がそういう動かぬ運命だと・・・な。」


「・・・ッ。」


朱若は腹立たしかった。

義賢の妙に浮世離れした顔に。


「気に入らねぇ・・・。それも『武士』としての恥だって言うのか!お前はあの時俺に賭けるって言質は取ってるんだ!だから意地でも俺に従ってもらうぞ。」


「ははは!傲慢だな。私のようなものにそこまで言ってもらえるなんて嬉しくないはずがない。だが・・・その傲慢は他のもっと救いを求めるものに使ってやってくれ。」


義賢は満身創痍の身体に鞭を打つように刀で支えて立ち上がる。


「お・・・おいッ!」


ドンドンドンドンドン・・・


床を叩くように走る音がした。


「来たようだな・・・。」


悟るように義賢は呟いた。


「な、何を・・・。」


「朱若、お前に頼みがある・・・。これは『父』としての私の頼みだ。」
















ーーーーーーーーーーーーーーー


どうも、綴です。


まずは、投稿が遅れて申し訳ない!


必ず投稿は続けますが、こんな感じで間が空くことがあることをどうかご了承願いたい・・・。


今週(早くても明日)にはもう一話出す予定なのでお楽しみください。


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