第114話大蔵合戦、走れ朱若
「小太郎!居るだろ?」
馬上で小次郎と共に馬を走らせる朱若は小太郎の気配を感じた。
「はい!」
「気負うんじゃねぇぞ。あれは仕方が無い。今は、俺のやりたい事に付き合ってくれ。」
「御意。」
「それで、お前の後ろめたい気持ちとは手切れだ。」
「ありがたきお言葉・・・。」
気になってはいた。義平が出陣、そして奇襲をかける確信を得た理由が。
「義平様は苛烈になっております。何分朱若様の倒れた理由は秩父の手によるものだと思われておりますから。」
「へ?あ、ああ〜。あの兄バカならやりかねんな。だが、それだけじゃないはずだ。」
「はい、懸念はしておりましたが、小太郎殿と辻褄を合わせた結果どうやら重能の父である秩父重弘が義平に大蔵館に入る物資が兵糧が武具に変わったのを伝えたことから義平様は出陣を決断致しました。」
小次郎と小太郎は朱若が寝ている間にもしっかり自分のやれることをしていた。
それが義平出陣の理由なのだ。
「・・・。戦準備をしていることから言い逃れのできない大義を探しておられたのでしょう。こうでもしなければ坂東の武士たちは一筋縄ではまとまりませぬ。私怨で敵を討つような主ならば武士たちも使えたくはありますまい。」
「確かに・・・。でも、奇襲をかけるということをしたってことはさ?」
朱若が何となく小次郎に目配せした。
「はい、今、武具が運び込まれることは相手の準備はまだ整っていないということを確信させる手掛かりでもありました。」
「まずいな。このままだと間に合わない・・・。」
朱若にしてみてもあまりにも早すぎだ。
果たして間に合うのか。
(いや、間に合うかを考えるのは俺じゃない。俺は間に合うように死ぬ気で走らねぇと!)
「後ろを失礼。」
小太郎は背後から朱若に小さく整えた鎧を着せる。
「あれ?これって・・・」
「『源太が産衣』・・・義平様から下賜されたものです。」
源太が産衣、その鎧をつけるという意味とは・・・
「いや、待て待て待てッ!?俺は源氏の棟梁になる気は無いぞっ!?これは鬼武者兄者がつけるものだ!」
朱若にしてみれば源氏の棟梁は自身が思いをなすために身軽さが大事な自身にとって重たい枷でしかないのだ。
「鬼武者様がここに居ない今、主が代理たる将として戦に出るならば着なければなりませぬ。義平様は自分がつければ要らぬ憶測を産むとして朱若様にせめて着てくれとのことで・・・。」
朱若には一筋の不安も過った。
「俺がつけたとしても兄者と同腹だし、余計に危ないんじゃ・・・。」
「その辺は無償に信頼されておられるようです。」
「なんだそれ!?」
朱若は兄達に苦言を呈したいところだ、が、それは今じゃない。
目の前の戦場を前に余所見は許されない。
「ああっ、もう!ちくしょうわかってるよ!
待ってろよ・・・俺が絶対に・・・」
まだ、日が照らす気配すら感じない暗き未明の闇の中朱若は大蔵館へと駆ける。
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「お前のこの世から消える理由は、俺の逆鱗ふれたこと・・・それだけだ。」
「ぐっ、ふざけるな。ここで消えるのは俺じゃなくて貴様の方だ!」
重隆は義平目掛けて太刀を突きつける。
「貴様の命運は俺が出陣した時点で尽きた。現に見てみろよ。大蔵館は既に壊滅状態だ。」
「黙れ黙れ黙れッ!!!こんなの認めない。あの方が・・・あの方の支援がある限り・・・俺は負けるはずないんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
そう吐き捨てると重隆は勢いよく斬りかかった。
(刀を上から振り下ろす構え・・・隙だらけと知っててやってるなら相当な阿呆か・・・。こいつの言ったあの方っていうのも気になるな・・・。)
ある程度憶測をつけたところで義平は考えるのをやめた。
「まぁ、それだけ血が上ってるってことでいいよな?」
「死に晒せぇぇぇぇぇぇ!!!よしひらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・ああ??」
突然、重隆の挙動がおかしくなる。
急にピタッと硬直したと思えば身体をプルプルと痙攣させた。
その原因は・・・目の前の若武者の堂々たる佇まいから明らかだった。
「お前は・・・俺より先に三途の川を渡ってろ。」
傍に打ち捨てた屍は最後まで愚か者の死を肯定するような凄惨な最期だった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ふんッ!」
一振で何人もの武士があの世へと送られる。
その背中には優雅に舞う龍。
「なんということだ・・・!」
「あの部隊は一体何者なんだ!」
「義隆様に鎌倉党次期当主たる景義様も!あんなにすごい方々がいる上に・・・そのほかの兵士たちも一体どれほどの敵を討ち取ったというのか!」
朱若の部隊は異常だった。騎馬鎧の武者達の奮戦はさることながら、兵士たちまでが圧倒的に強い。相手方二人に対してを一人で倒すほどである。そして何より
「なんという圧倒的な士気の高さよ・・・。」
「あんなに戦っているのにもう次のところで戦ってる!」
「あの部隊は一体・・・!?」
「我々は義平様が弟君の朱若様の部隊じゃ!」
「力の有り余るものは我々とともに加勢を頼む!」
「おお・・・なんと言うことだ。あの部隊だけで、南の門の兵たちを押し込んでいる!」
奇襲とはいえ相手も出て数が揃ってきて、抵抗が激しかった南正面の門はなかなかに攻めあぐねていた。
しかし、ある部隊の帰着により戦況は一変する。それは・・・
「ふははははははは!!!遠から者は音にもきけぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!やぁやぁ我こそは源荒加賀入道義国が末子、源季邦なり!」
「うわぁぁぁぁぁ!?な、なんだコイツ!?」
「つ、強すぎる!?」
武士達の驚きを見逃さず季邦は馬上から躍りでる。
「や〜〜ぁぁぁぁ・・・はぁッ!」
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
さらなる推進力を持つ新手に大蔵館の武士達の顔には徐々に絶望が見え始めた。
「こ、こんなの・・・」
「勝てるはずが・・・ない。」
「季邦殿か?」
「むむ?敵でござるかぁ〜?ではッ!尋常に・・・」
勇立つ季邦を見て呼び止めた武士は両手を季邦に向けて焦り出した。
「ま、待て待てッ!?待たれよッ!?私は敵では無い!義平様の側近をしている、三浦介義澄だ!加勢への感謝を伝えに来た!」
釈明を聞いた季邦はガッカリしたように槍を肩に乗せる。
「なぁ〜んだ。つまんないの。骨のある敵だと思ったのに・・・」
「君ねぇ・・・はぁ・・・、もういい。実は義平様が勝手に先に斬りこんでしまってどこにおられるのか分からないのだ!一緒にここを突破する!助太刀頼む!」
「ふふふ・・・負けませんよぉ〜〜〜!!!」
一方、義平の部隊を率いる義澄と合流した季邦達が奮戦している場所とは少し離れた西門では・・・
「ふん・・・ッ!」
龍の舞う大布が翻る。
「義隆様が血路を開かれたぞぉ・・・!すすめぇ!」
「「「「おおお・・・ッ!!!」」」」
兵たちが号令とともに雪崩込み、義隆は後方に回って見送った。
「やぁやぁ我こそは〜・・・」
なんともわかりやすい、
遠くで叫ぶ季邦に義隆は呆れたため息を吐く。
「彼奴は相変わらずじゃのう・・・。」
「義隆様!」
景義や重能達も季邦と義澄の合同隊に任せて一度部隊を編成し直すために引き上げてきた。
「まさに龍の御加護じゃ!」
「我々は義隆様について行くぞ!」
後ろの兵たちは口々に義隆の奮戦に感涙している。
そんな中風魔党を現在蟄居している小太郎に代わって率いている太一が義隆の前に現れる。
「義隆殿!屋敷が・・・!」
「何・・・?」
轟々と大蔵館は未明の闇を明るく照らさんばかりに燃え盛っていた。
「我々にも近づき難く・・・」
太一は申し訳なさそうな表情で伝える。
「くそ!遅かったか!」
「・・・。」
通夜のようにあたりは静けさに潰される。
そんな中・・・
「大庭様!私に手があります!」
隣で初陣を迎えた重能が悔しがる景義と険しい顔をする義隆の側まで馬を寄せる。
「手だと?しかし・・・こんな、火が回っていては・・・。」
「景義、何か前から隠してきたことがあるそうじゃぞ?」
「何?本当なのか?重能。」
「申し訳ありません。ですが、喋ってしまっては思わぬところから外部に漏れてしまうかもしれないと思い・・・」
「・・・取り敢えず、聞くだけ聞こう・・・。」
「はい・・・ッ!まずはこの話に乗ってくれた方を紹介しても宜しいですか?」
「協力者ということか?」
思いもしない言葉に景義は疑問に思ったのもつかの間目に飛び込んだ男への驚愕に塗り潰された。
「・・・!そなたは・・・!?」
奥からゆっくりと馬に乗って質実剛健な出で立ちの武者が現れる。
「紹介致しましょう・・・。この方は・・・」
言いかけたところで武士は重能を手で止める。
「大丈夫だ。私自ら名乗ろう。それが礼儀だ。」
「分かりました・・・。」
その真意に応じて重能は引き下がった。
「いきなりの参上ご迷惑をおかけする。私の名は斎藤判官実盛。義賢様が郎党に御座いまする。」
「さ、斎藤判官だとッ!?だとすればそなたは敵の筈じゃ・・・!?」
「今は時間がありませぬ!説明はここでは御免こうむる!かなり省かせてもらうが、重能の言う通り、手は残されておりまする!」
「ぐっ・・・ぬぬぬ、わかった。今はそなたに賭けるしかないようだな。」
「ありがとうございますッ!」
感激のあまり実盛は涙して頭を下げた。
「その手とやらを聞かせてもらおうか。実盛よ。」
義隆一人その場で落ち着いて実盛から話を引き出す。
「承知致しました。僭越ながら・・・」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
「おい!大蔵館まではあとどれぐらいだ!?」
「もう、そろそろ見えまする!」
朱若達は全速力で街道を北上していた。
遠くに見える武蔵嵐山の麓に大蔵館はある。
そして戦の血走った雰囲気が辺りから突き刺さる。
「見えたッ・・・!え・・・?」
必死に駆けつけて見えてきた大蔵館には既に最悪が迫っていた。
「なぁ・・・!?こ、これは・・・ッ!?」
「お、大蔵館が・・・燃えているッ!?」
「くそっ・・・遅かったかッ!」
「あ、朱若様・・・。これでは・・・」
小太郎は地団駄をふむような顔をし、小次郎は半ば絶望を浮かべている。
しかし、少年は・・・
(ここで・・・止まってられない!)
「小太郎・・・馬から降ろしてくれ。」
「なッ!?朱若様!?」
「危険です!それにあんな火・・・もう間に合うはずが・・・。」
「屋敷は・・・終わりだな。」
「なら・・・!」
小次郎の説得は虚しく少年の主の心は既に決まっていた。
「だが、俺は見たものしか信じない・・・。」
表の館は燃えてしまっているが、まだ裏まで回っていないはずだ。
「ここで、死なせてたまるかってんだッ!危ないとかどうだとかで、一度助けるって決めたヤツを見離せるほど・・・」
「源朱若ってモブは・・・伊達に務まらないんだよ・・・!」
「もぶ・・・?」
「小次郎!」
「は、はい!」
「今から大蔵館の西門の裏手から忍び込む!嵐山の中に大蔵館の抜け道・・・北口のけもの道がある筈だ!」
「大蔵館の抜け道!?初めて知ったんですけど!?なんでもっと早くに教えなかったんですか!?そしたらもっといい手が・・・」
新事実に驚いている小次郎には申し訳ないが説明する時間はない。
「探し出して、そこに馬を回してくれ!俺は・・・小太郎と一緒に中へ忍び込む!小太郎!」
「ははっ!」
「すまないが、俺じゃあの塀から忍びこめない。」
「お任せ下さい!」
小太郎は朱若を肩車して塀に飛び乗る。
「ええっ!ええっ!?」
「すまない!小太郎の馬の分・・・北口まで頼む!そこで落ち合おう!」
「ええーーーッ!?も、もう分かりましたよ!北口で待てばいいんでしょ!?行きますよ!」
小次郎は呆れつつも武蔵嵐山へと消えていった。
「小太郎!行くぞ!」
「はっ!」
(間に合ってくれッ!!!)
ーーーーーーーーーーーーーーー
パチパチパチ・・・
燃え盛る中荘厳な紅い鎧の武士は上座に座り込み瞑想していた。
ギギギギギギギギ・・・ドシャァァァ・・・
ッ!
紅蓮が梁を焼き付くし大きく屋敷が悲鳴を上げたところで、もののふは覚醒した。
「・・・私の命は・・・守る者たちのために・・・」
ーーーーーーーーーーーーーーーー
投稿遅れて申し訳ありません・・・。
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次の投稿は・・・私の都合で週末辺りまでに一話投稿致します・・・。
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