第108話曇天

「若が目覚めずにもう三日か・・・。」


「私が不甲斐ないばかりに・・・。」


景義が腕を組み顔を落とし、小太郎は顔を上げることが出来ない。


「命に別状はないのだ。そなたがヘマをするほどの相手であったということだ。若は恨みますまい。我らにできることをやりましょうぞ。」


「はいッ・・・!」


(朱若様・・・。)


九無は付きっきりで朱若の額の布の水を変えていた。


(あなたが目覚めて、悪巧みしてくれないと・・・私達がしまらないじゃないですか・・・。)


堪えていたものが溢れ出る。


少年はまだ、濡れた袖を拭ってあげることなく重く瞼が閉じられたままであった。














ーーーーーーーーーーーーー


(あれ・・・ここは・・・?)


酷く淀んだ世界だった。

そしてそれは不透明な視界が急に開ける。



「ここはどこなんだ・・・。」


土地勘のないなだらかな坂だった。


すぐそばを全速力で二騎の馬が駆けていった。


(ん?俺に気づいていないのか?)


立ち尽くす朱若に目もくれずに走り去ってゆく。


(俺には関係ないか・・・。)


朱若自身も縁のないことだと思う。

背を向けて馬が来た道へと歩き出したその時だ。


「・・・を討ち取ったりィィィィィ!!!」


「・・・!」


なぜだか分からない。

その時朱若の身体はその声がする方へと踵を返していた。

嫌な予感がした。知らないことだとしてその場を去ることが何よりの罪に思えた。


そしてそれは最悪の形で結実していた。


「希義様ッ!希義さまぁぁぁぁぁぁぁぁ!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


「・・・ッ!?」

















朱若は見た。








「源希義を受け取ったぞぉぉぉぉぉぉ!!!」








「「「うおおおおぉぉぉぉぉ!!!!」」」












弟である彼が胸に矢を受け命の火を燃やし尽くした瞬間を。




「な・・・んで・・・ッ!」






ーーーーーーーーーーーーー


再び世界が反転した。


「・・・ッ!」


しかし、こちらは導入すらなかった。





「何奴ッ!?」


「我々は・・・清盛に下るッ!」


「貴様の首を貰い受けその服従の手土産にするのだ!」


「謀りおったなぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


金属音すら鳴らず鉄の匂いが突如充満した。




(こ・・・これは・・・ッ!?)



そこで朱若が見たものは・・・


























「ククク・・・義朝は殺した。これで我らは安泰ぞ。」

















見るに無惨な父の最期だった。



(なん・・・でッ・・・!)




ーーーーーーーーーーーーーー







今度はある屋敷だった。


縁側近くの畳にあぐらをかく壮年の男とボロボロな少年兵だった。


それはとても見た事のある・・・だ。









「お前の父も兄も弟も・・・みんな死んだ。」



「あ・・・ああっ・・・」


その顔は絶望と男への憤怒に溢れていた。

そして、言葉にならない叫びに変換して。












「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

















男は立ち上がって愉悦の笑みを浮かべ容赦なく少年の顔を足で踏んづける。


「惨めだなぁ!源氏もこれで終いよぉぉぉ!ふはははははははは!!!!!」









「父上ぇぇぇ〜・・・兄上ぇぇぇ〜〜・・・」


絞り出すように少年は涙と震える声でその存在に少しでもすがろうとする。

無惨にもこのようには居ない愛しのはらからを叫びながら。


そして少年は朱若の精神を容赦なく破壊する。







「朱若ぁぁぁぁぁぁ〜・・・。」















ピキィィィィィィィィン・・・!





「なんでッ!!!俺の家族はこんな目に・・・あわなくちゃならないんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」






そんな悲痛な慟哭が人に向け届くことなんてなかった。


ーーーーーーーーーーーー


「景義殿。」


「小太郎殿か。」


少しやつれたか。互いの表情は晴れているはずもない。


「義賢殿からの手紙だ。重隆が数日のうちに動くと。」


「そうか・・・だが・・・我々は・・・動けぬ。」


「はい・・・。」


信じて動く。

彼らにはもはやそれしか残っていない。





しかし、

いつも笑顔で悪巧みをする・・・そんな姿のない屋敷にはどこまでも曇天の空が広がっている。



















ーーーーーーーーーーーーー



「・・・ッ!」


義賢は握りしめ読んでいた手紙にシワが入るほどに震えていた。

その理由は怒り。

不甲斐ない自身への。


(儂を救おうとする者が・・・それも年端もゆかん兄者の子を・・・。儂を助けんと動いたばかりにッ・・・。)




突然脱力して膝をつく。

胸がストンと落ちるように何かが剥がれ落ちた。

もう、生きるための何かを失ったように。




助けてくれようとした自分の周りすらも不幸になる。そこまでして生きたいのか。

自分以外の誰かの命と引き換えになるくらいならば・・・

それぐらいならば・・・















(もう、救われようとは思うまい・・・。)









ここで一人の男は自ら破滅へと踵を返した。

















ーーーーーーーーーーーーーー





「朱若様・・・。」


九無に目に見える形で朱若がうなされだした。

熱も上がって汗をよくかいている。



「あなたがいなくては・・・何も始まらないのです。だから・・・ううっ・・・目覚めてくださいよぉぉぉぉ〜〜〜っ・・・。」














濡れた袖から伸びた細い腕は再び恋い慕う少年の布団を握りしめた。










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