第109話重能の流儀
「・・・。」
(朱若様が目覚めない今、動けるのは俺しかいない。)
傍らの床に伏した朱若を見て重能は決意する。
(朱若様は、斎藤判官殿と同じく義賢様とお爺様と義平様の衝突を避けようとして動いていた。俺に衝突を回避させるほどの力はない・・・。だけど、助けるための手ぐらいは俺にだってできるはずだ!)
「少々、領内の見回りに参ります。」
「うむ、気をつけて参れ。」
「はい。」
景義や小太郎の曲がった背中を後に重能は駆けた。
勿論、領内の見回りなんてでっち上げだ。
本当の目的は・・・
ーーーーーーーーーーーーー
「判官殿ぉぉぉぉ!判官殿はおられるか!」
「!これは・・・氏王丸ではないか!如何した!」
久しぶりの来客に喜んでいるのか斎藤は顔をほころばせている。
「某、もう元服して『重能』と名乗っておりまする。氏王丸はやめてくだされ。」
重能は久々の親しい親父分にあった感じで苦笑する。
「そうかそうか!すまんの。ささ、中にあがられよ。白湯でも出そう。」
「ふう・・・」
白湯を口に運んで深呼吸した。
「ところで、ここにはただ顔を出したわけではなかろう?」
「はい。朱若様が倒れられたのはご存知ですな?」
「ああ、勿論重隆には言っておらんし漏れておらんぞ?」
「ええ、その辺は判官殿を信用しておりますれば・・・。話の焦点は朱若様のいない今、我々で代わりにある策を施しておこうということにござる。判官殿が元服前のわしに言っていたあのことにござる。」
「ああ・・・。もはやそれすらも考えなくてはならぬほど事態は悪化しておるしのう。」
その時最も力を持たず危ない、それでいて命を狙われる存在は。
「無論、義賢様にござるが・・・あの方は一人前の武士にござる。ある程度の心配はいらぬかと。それに戦う前からだと義賢様の矜恃を損ないかねませぬ。」
「そう、だから自ずと絞られる。私達のやることは、義賢様の奥方である小夜御前様、並びにご子息である駒王丸様の救出及び落ち延び先の一考にござる。」
「小夜様と駒王丸様を・・・。」
万が一もあったものでは無い。正直重能にしてみれば主人たる朱若の兄であり主家の人間が負けては欲しくない。だが、勝てばどうだ。大蔵館にいる義賢の妻子は自ずと狙われることになる。
(義平様は朱若様とは違って人の生死に関して容赦のないお方だ。)
間違いなく小夜と駒王丸を殺すように指示を出すだろう。
「このことが起きてしまえば朱若様は間違いなく落胆される。それに、私や判官殿も関係の無い妻子、ましてや義賢様こそこの醜い争いに引っ張り出されておるのです。その勝敗で一族に死を賜るのは・・・あまりに惨い。」
「その通りだ。我らは救わねばならん。志半ばで倒れた朱若殿が目覚めた時に全て幸に溢れている状況であったら、大いに喜ばれるはずだ。」
重能は斎藤に手を差し出す。
「だからこそ・・・成し遂げましょう。我々で!」
「見ないうちに頼もしくなりましたな。」
二人は握手を交わした。
「して、逃がす手筈はいかが致すのか?」
「一応、場合によってということになりますから、二つの案があります。一つは戦が始まる前に外に逃がすこと。もう一つが戦が始まってしまった時にござる。」
臨機応変な対応策。朱若の近くで見てきて重能も学んだが、彼は常に頭を悩ませてきていた。大勝利の裏でいつも上手くいかなかった時の最善の予備策を何個も考えていた。
「聞こうじゃないか。」
「まず、戦が始まる前は至って単純で義賢様直下の武士たちが管理しておられる裏道から武蔵嵐山を抜けて逃げていただきます。捻りこそありませんが、こちらが最も危険の少ない退避策です。」
かねてより小太郎から武蔵嵐山へと続く道の話を朱若が倒れた直後に重能は耳にしていた。
故にこの方法が一番スタンダードだと思っていた。
「そして・・・戦が起こってしまった場合です。」
「戦が起こってしまったと言うが大丈夫なのか?」
さすがの斎藤も若干肝を冷やしている様子だが重能は続ける。
「そうですね・・・。この策ですが、まずやって頂きたいことがあるのです。」
「私にやって欲しいこと?」
斎藤は小首を傾げた。やれることならなんでもするつもりだが、重能の曇った顔が気になった。
「判官殿には少々手厳しい作戦かもしれませぬが。」
ふと笑顔で悪企みする主人が頭に浮かんで苦笑する。
人に苦肉を強いる時でも朱若は笑顔だった。
それが後の幸ある展開に繋がると信じていたから。
大きく息を吐き重能はゆっくり瞼を開く。
その要・・・それは。
「斎藤判官殿に、義賢様を裏切っていただきたい。」
「・・・!?」
重能のその言葉に隠された真意とはいったい・・・。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
どうも、綴です。
週末分の投稿はこれにて終了。
来週も平日に一話、週末に一話投稿予定です。
もし拙作を気に入っていただけたなら、応援、星レビューしていただけると嬉しいです!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます