第104話氏王丸の元服、義賢の焦燥
「てめぇら・・・」
「・・・。」
「いやぁ、あはは〜。」
「なんで助けに・・・来なかったぁぁぁぁぁッ!!!」
見ての通り朱若はボロボロである。
とは言うものの、遠江から上野まで攫われていたというのも事実であるが、義国と別れたあとまるでタイミングが良すぎるように景義が迎えに来ていた。
かなりバツが悪そうな顔でというのは言うまでもない。
「大叔父、てめぇ・・・知ってて手ぇ回してやがったなぁ!」
「ふははは!すまんすまん!何せ、兄者最期の頼みを聞かぬわけにはいかんのでの。」
「グッ・・・!?」
その言い方はずるい。
今の言葉で一気に朱若が人でなしみたいな状況になりかねない。
薄々は気づいていた。
立ち去った後に義国は息を引き取った。
(チッ・・・くたばるなって言っただろうが・・・。)
握りしめた『孫子』がミシミシと鳴る。
「こんな状況で告げるのも気が引けますが・・・義国様がお亡くなりになってしまわれたことで、秩父党が活発に動いております。」
「そうか・・・。」
義国は残したものが大き過ぎた。
秩父党の活発化もそのひとつだ。
秩父は北武蔵にあり、近くの上野の義国は自由に動く上で目の上のたんこぶだった。
突然、その義国、もとい北への神経を割かなくて良くなった。つまりは、南下するのに集中できるということを意味するのだ。
(死んだ後にまで、俺にこんなとばっちりを残してくれるとはな。やっぱり、食えない爺だ。)
「朱若殿・・・。」
いつもとは違った力なき声。
(そうか、あくまで義隆は大人だ。こういうのに慣れてて気づいていなかったが・・・)
「季邦・・・。」
「父は・・・ぢぢは・・・ッ!どんな様子でしたか・・・?」
溢れ出たままに朱若に問う。
「最期まで・・・クソ爺・・・だったぞ。」
「ふふ、そうですか!なら・・・もう大丈夫です!」
涙を擦って笑顔を作った。
きっと朱若への変わらぬ態度を聞いて最期まで父らしくあったのだろうと確信した。
「「あにうえ〜!」」
「お前ら!」
駆け寄って来たのは二人の弟だった。
「朱若殿。折り入ってお話があります。」
「池田の義母さん・・・?」
「私たちは、次あなたが京に戻る際に私達も京に住まいを移そうと思うのです。」
かなり、唐突な提案だった。
「なんで、そんないきなり。心機一転的な何かでもあったの?」
「いえ、と否定できるほどのものでもないのですが、この子達もそろそろ物心もつくだろうですし、私だけでなく父と母の存在はより近くで噛み締めるのが子供にはいいと思ってね。」
「じゃあ、その時の護衛ってこと?」
「まぁ、端的に言えばそうなりますね。それ以上に私たちには貴方や源氏屋敷の人以外の人脈がありませんし・・・。」
「なるほど・・・。俺は構わないよ。でも・・・来年になるかな。」
「問題ありませんよ。その時になったらお願いしますね?」
「ああ!」
そして、池田御前や弟たちのいる遠江を後にした。
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「くくく・・・死んだか!荒加賀入道が!そうか!ふははは!!!いやいやどうしてくれようこの好機!秩父が坂東を切りとるのはこの時ぞ!兵を集めよ。まずは、坂東には義賢様とふたつと要らぬ亀ヶ谷の義平めを討ち取る!」
「・・・。」
そばで堂々とする義賢も内心では酷く焦っていた。
(まずい・・・。こやつがもう動くのか・・・。荒加賀入道殿がもう少し粘ってくれておれば・・・。)
義賢は重隆が坂東を切り取る前にある程度の力をつけて上野に逃亡つもりでいた。
勿論、その時の秩父党の追撃は相当なものになるし、それを乗りきるには信頼出来る自身の軍隊と家臣、家族を守るために義国との連携を密にしなければならなかったが、時間が足りなかった。
「義賢様。この秩父重隆。貴方様のために坂東を平らげてご覧に入れましょう。」
「うむ・・・。」
(白々しい・・・。自身の欲のためであろうが。)
義賢は再び拳を握りしめた。
(もしわしが成しえなかった時に小夜は・・・駒王は・・・必ずや守らねばならないッ!)
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久寿四年 1155年八月十日
「あ〜!若様だァ!」
「朱若様がお戻りになったぞ!」
(久々の雪ノ下だな・・・。見るからに活気が増してる。あいつら、頑張ってくれたみたいだな。)
「朱若様!」
「若様!」
その二人が屋敷の前でかしこまる。
「留守を任せて悪かったな。氏王丸、実平。」
「そんな、我々は朱若様の言いつけを守っていたにすぎませぬ。全ては朱若様の知恵にござる。」
結局は高校の教科書の受け売りなので、過大な謙遜としてそれ以上は何も言わないようにする。
「ここまで、刈敷や草木灰が広まったんだ。収穫はどうだった?」
「それはもう・・・」
後ろの蔵が開く。
「大豊作、にございます!!!」
「「「おおおおおお!!!!」」」
背後に出迎えてくれた領民達が喜びの歓声をあげた。
「うお・・・こんなに!よくやったな!じゃあ・・・今日はこの米を使って・・・」
全員が朱若を見て息を飲む。
「氏王丸の元服式だ!」
「え!?」
隣で驚愕する氏王丸に朱若はニヤッと怪しく笑う。
「お前はいい年にして俺が言い出すまで気を使って元服してなかったんだろ?」
後ろの領民達を見る。
「なぁ!お前たちも派手に祝ってやろうぜ!氏王丸の元服をよおッ!!!大宴会といこうじゃねぇか!」
「「「おおおおおおおおーーーッ!!!」」」
領民達の大歓声が上がり、氏王丸に群がる。
「え!?ええ!?」
「くっくっく・・・、みんなぁ!氏王丸を胴上げだぁ!!!」
「う、うわあぁぁぁぁぁぁぁ!?!?!?」
氏王丸が領民達に担ぎあげられてわけも分からず田んぼの真ん中で胴上げされていた。
(思惑通り・・・)
そう、全て朱若の企みであった。
朱若は連日の移動と地獄の鍛錬が重なり早く快眠に走りたかった。
このめんどくさい状況を氏王丸の元服に絡みつけて押付けてどさくさに屋敷で寝るという完璧な策である。
「くっくっく・・・、俺はこれで退散するとしますか・・・。」
「待て・・・逃がすわけないぞ?」
「え・・・?」
その肩には義隆の手が置かれていた。
「よぉーし!領主の朱若も帰ってきたことだし、氏王丸の元服と一緒に宴会と行こうじゃないか!胴上げだぁぁぁぁぁぁ!!!」
「なあぁぁぁぁぁ!?!?!?やりやがったなぁぁぁぁ!?大叔父ぃぃぃぃ!!!!」
無惨に運ばれる朱若の心情を露知らず無邪気な領民達は朱若を胴上げしながら運んでゆく。
遠くから義隆と景義はその光景を眺めていた。
「あれで良かったのですか?」
「まぁ、戦もわしの勘じゃあ大分近づいてきておる。五歳のあやつに荷が重いかはあるとして参加するのはあいつの意思次第じゃ。場合によってはということもある。こういう賑やかな催しぐらい参加して楽しむ方が絶対によい。」
「なるほど、先を見過ぎず今の苦楽を楽しめと。」
「お主は真面目すぎだな。わははははは!」
ほんのつかぬ間の楽しい夜が雪ノ下に流れた。
そしてどさくさの中氏王丸は元服を済ませたのだった。
改名、畠山重能。
彼の者の運命は果たして史実へと向かうのかそれとも彼の者の異端なる主が創る新たな流れを拓くこととなるのか、その真相は未だ神すらも予見しえない・・・。
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どうも、綴です。
もし良かったら、応援、星レビューよろしくお願いします!
次回は・・・伸びる触手、舞台裏の激戦です!
投稿予定は土曜日です!
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