第103話巨将逝く、受け継がれる願い

「み、御栗・・・なのか・・・?」


「うん、久しぶり。会いたかったよ。朱若・・・。」


気づけいた時にはやはり懐かしい。

この天井は今でも鮮明に覚えている。


簗田御厨。


かつて朱若がここに滞在し初陣を飾った、まさにこの時代で大きな一歩を踏み出した場所。



そして、そこにはいつもそばに居た少女。


「・・・。」


後ろめたさが勝る。

上手く言葉を紡げない。


「別に、気にしなくてもいいよ。今回はただ・・・お願いを聞いて欲しいの。」


見かねたのか彼女は単刀直入に切りこむ。


「お願い?」


戸惑いもある。しかし、朱若を貫くようにその目は一切ぶれていない。


彼女にとってそれは最後の孝行に等しい。

理解など求めない。ただ、そのためならなんだってできる。そういう覚悟は既に決まっていた。

だから告げる。余計な前置きを全て無視して。








「私のお爺様を・・・倒して欲しい・・・。」









「!?それはどういう・・・」





「・・・。」


彼女は苦しい表情で俯く。


「孫のお前からなんでそんなことが・・・」


その言葉の真意を理解出来ず、その両肩を掴んでその目に訴える。


「・・・ッ!?」





彼女の目は・・・泣いていた。

溜まりに溜まったものが溢れ出すように彼女が拭っても拭っても絶えず袖を濡らす。


「お爺様は・・・長くないの。」


「・・・。」


「お爺様はあなたを探してる・・・。あなたに自分の全てを叩き込むって。残された時間で、あなたに全てを託すって。この人生で見つけた最後の希望だって・・・。」


「はぁ・・・。」


「うむッ・・・!?」


彼女は不意に柔らかい感触を味わう。

片手で両頬を搾られて声が鈍く重なる。


「泣くなよ。女の子を泣かすとか、まるで俺がクソ野郎みたいじゃないか。」


「・・・。」


この時代は理不尽だ。あってはならないことが見えない力でまかり通る。そしてそれを跳ね除けるための救いをこの日本中であらゆる場所で切望されている。

非情だが、朱若はどこぞのピンチに必ず居合わせられる程の主人公でなければスーパーヒーローでもない。

だから、目の前で屈辱を味わった。

目の前の人間すら救えず冷たくなる身体に。

信太で助けられなかった少女の骸を前に誓った。

だから、手を広げて目の前の救えるやつは余すことなく救う。それがーーー



(仁義なきこの時代での俺のやり方だ。)


「行ってくるよ。」


布団から腰をあげる。

やることが決まっている。

なら、簡単だ。


「あの化け物爺が本当に未練タラタラで化けて出ないように・・・ここで俺と爺の因縁は終わらせる。あとは任せろ、御栗。」



「朱若・・・。」






ーーーーーーーーーーーーー


(本当に・・・時が過ぎ去るのも早いものよな。)


齢十三にしてこの地に来てからこの酷暑を突き抜ける風は変わらない涼しさの陰影を残す。


「来たか・・・。」


ザッ・・・!


「クソ爺・・・。」


義国には言うまでもない事だ。


「言いたいことはわかるわい。」


「なら早い。なぜ、最期に俺を望む。」


朱若の問に一度身構えた身体を解き頭をかいて瞳を瞑る。


「戦場を駆け抜けて五十年。儂は今まであらゆる死線と巡り会ってきた。叔父の新羅三郎から始まり、武田に佐竹、今では秩父の甘たれに足利の若造。儂のことを日和見して骨の無いやつばかりであった。義親兄者が討たれ義忠兄者も暗殺され、残るは儂と義隆だけになり、儂らは別々の道で戦い続けた。そして半ばこの世に絶望すら感じていた時だーーー貴様が現れたのは。」


「・・・。」


義国という男が少しだけわかったのかもしれない。


「儂を乗り越えていけ。何者の追随を許さずただその強さの頂きを欲しいままにしろ。お前がそうなれば儂らが終わらせられなかった源氏の相克は滅びを迎えるまで終わらん。」


その上で最後に聞きたかった。


「俺に・・・何を成せと?」


義国には分かりきっていた。同じく朱若もだ。

だから二者はそれぞれなりに笑をうかべる。


「小賢しいわ。そんなものその時貴様が考えろ。」


「ククク・・・りょーかい!」



ザッ・・・!


ザッ・・・!


二つの影が勢いよく弾く。


「フンッ・・・!」


「うおらぁぁぁぁッ!!!」


ギン・・・ッ!


刃が激しく火花を散らす。


「まったく・・・貴様、本当に五歳児かッ!」


「さあな!」


その問に疑問は無い。ただ高揚し楽しむように投げかける。


「相変わらず化け物地味た力だな!死に際の人間とは思えねぇの!」


「もはや、隠すことも無くなったのう!クソガキ!」


何度も弾かれては打ち合う。

そこには二つの修羅が存在しているように。


「ッ!?」


不意に太刀筋が変わった。

あの時と同じだ。


「あの腹が立つ太刀筋になったな。」


「勝手に立つな。未熟者めが!」


相変わらずだ。体の捻りを限界まで効かせないと受け止められないように考えられた剣筋。


「ッ!マジかよッ!」


体勢をとことん崩された状態でうねるような体勢から渾身の一撃が追撃する。


(生半可な受けだと・・・死ねるッ!)


以前も捉えても力で押しやられた。

圧倒的理不尽。


「どうした。儂を止めんと貴様は進めんぞぉぉぉ!!!」


「・・・。」


次第に冷や汗が溢れ出す。


「チッ・・・!貴様、いつまで迷っている気だ。」


「は?迷うって・・・」


義国の不意な問に朱若は思わず硬直した。

意に介さないはずなのにだ。

今回ばかりは図星だった。


「初陣の時からだ。貴様は何故の理由で人を殺す?」


「殺すってそんな・・・イカれてんのか!!!」


「逸してるのは貴様の方だ。」


「ッ!」


当たり前だ。知っている。この時代では殺人がまかり通る。

それを完全に避けるのは無理だ。だが、最初から諦めたくなかった。

だから常に血は最小限だった。


「貴様のそれは甘えだ。」


剣を押し弾く形で義国は切って捨てる。


「グッ・・・!?」


今までにないほどの力で刃を押し込まれる。額の目の前に怪しく刃は笑う。


「なら考えてみろ。もし貴様の中途半端な慈悲で生かした人間が貴様の家族を喰い殺したら?逆恨みで晒し者にしたら?貴様の甘えは憎しみしか残さないッ!」


義国は正しい。あくまで禍根を残さない選択肢、それが『死』そのものであるのは重々承知だ。

だが、人とはなにか。人は感情だ。激情が人を動かす。

死とはその劇薬。

死ねば、仇。

生かせば、恥。

馬鹿げている。このねじ曲がった武士道。


朱若は知っている。

清廉潔白とはこのねじ曲がった武士道を美化するだけの狂信に過ぎないと。


「違うッ・・・!」


「なに・・・?」


我慢ならなかった。誰かを守るために死を肯定できるほど強い人間じゃない。

結局は『かつての時代』の倫理観がぶれてないだけだ。


「結局、生かしても殺しても相手を恨むこの時代が・・・恥と感じる武士が俺は大嫌いだ!武士にだって帰りを待つ家族がいる。みすみす生き残れる戦場でその心とやらで家族のもとに屍で帰ってくる・・・。そんなバカげたことがあるかッ!そんな魂クソ喰らえだ!死んだやつは勝手に自己満足で終わるが、残されたやつはどうだ!妻は?子は?父は?母は?兄弟は?死んだお前を悲しむことしか出来ねぇ!!!」


急に義国は押し戻される。

力は決して緩めていない。むしろ強めているはずなのにだ。

しかし、それが何故か押し返されている。

何物でもない。朱若の力によって。


「ッ!?」


「だから人は感情で動く!そのやりきれない大切なやつの死を、復讐という形でな!そんな連鎖を生み出す魂なんか・・・俺は生まれる前に捨ててきたッ!だから俺は全て壊す・・・。この時代の武士も武士道も、大切な人の死を残された奴らで涙を流す運命も・・・!!!」


「ッ!?!?!?」


「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!!!」


パキ・・・ッ!


義国は宙を舞う。


「グッ・・・・。」


「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・。」


義国はしばらく空を仰ぎ沈黙していた。


傍らの折れた刀をしっかりと握り、なにかに思いを馳せるようにそこから動かなかった。


「終わった・・・のか。」


朱若もドサッと音を立てて背後にへたりこんだ。


「儂は・・・負けたのか。」


「ッ!?なんだ生きてたのかよ。あまりにだんまりしてんだから死んだかと思ったよ。」


「おい、」


「うぉッ・・・。」


腹に何かが飛び込んだ感触を得る。


「これは・・・」


「貴様にやる。餞別だ。行ってこい。お前が言った武士道って言う呪いを壊しにな。」


「あぁ、当たり前だ。なんのために暗躍してると思ってんだ。」


「ふっ・・・クソガキめ。」


朱若は立ち上がってその場を後にする。

十歩程であろうか。それぐらいの距離で朱若は立ち止まり振り向かずに投げやりぶいた様に呟く。


「お前が守ってきたものを俺が全部壊すまで・・・くたばるんじゃねぇぞ。」


「フン・・・生意気な。いっちょ前に人の気遣いなんぞしおって。」


朱若の去り際、義国は最後に光を捉えた。
























ーーーーーーーーー



「「父上!」」


「お爺様・・・。」


朱若が去って直後、

駆け寄る息子たちに抱き起こされた。


「その声は・・・義重と義康。御栗もいるのか・・・。」


「・・・ッ!まさか父上・・・!」


「よく見えん。もう、終いだな。」


「ッ!?」


二人の息子の頭を掴み眼前まで寄せる。


「「痛だだだだだッ!?」」


「情けない顔をすんな。人なんていつか死ぬ。」


気づけば大きくなった息子達はもう目で捉えることは出来ない。孫の成長ばかりが楽しみになった。そばにある温もりで義国は綴る。


「季邦や義隆にも伝えろ。これから時代は大きく変わる。ある一人によってな。だから、お前らは常に近くで見ておれ。決して表には出たがらない彼奴が儂ら武士をぶっ壊して新たな時を創るのをな。」


「父上・・・そんな縁起でもない。」


「ふ、血で汚れるのは儂らまででいいんだよ・・・。ッ!?」


「ち、父上・・・?」


急に義国は右手を太陽に突き上げる。


「・・・おお、父上に義宗兄者も、義親兄者に義国兄者まで。言われた通り、普賢は後に託しましたぞ!ふはは、私もすぐに向かいまする・・・。」


トサ・・・ッ。


「「ッ!?」」


その目には既に光はなかった。



「うう・・・ッ。」



「「父上ぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!!!」」















源義国。

享年六十二。


坂東の均衡を保っていた巨将。

荒加賀入道と呼ばれた荒くれ者の最期は意外にも肩の荷がおりたかのように慈愛に満ちた笑顔であったという。




そして、少女のみがその笑みの理由を知っている。




(ありがとう・・・朱若。最期にお爺様の願いを聞いてくれて・・・。)




その骸のはるか先に微かに映る想い人に御栗は再び涙する。











ただ一つ違うのは今度の涙は悲哀ではないということだけだ。




















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