第69話故に男は道化を被る
「ほう、人事か。」
「とにかく、官位のような役割の名を与えるという理由のようで。」
「安芸守に文を出しておけ。」
そういうと神職の男は部屋を退出した。
「由良にはすまぬが、これも虚しき世の運命か。」
生き抜くには両側に潜らねばならない。それが力無きものが強かに生きるための方法だ。たとえそれが大事な肉親の身内であっても非常にならねばねらない。
(対立構造ができつつあるか。その時に私は・・・。)
「あ〜、喉乾いた〜。」
人事会議のダメージがまだ癒えていないのだが、さすがに喉の乾きには勝てない。
「ん?」
井戸まで向かおうとした廊下で季範翁が落ち着かないようにうろちょろしていた。
「・・・。」
目が合った。
「あ〜、そのなんだ?何があったか知らんが頑張ってくれ〜!」
「もし話を聞かぬのなら!」
「え・・・?」
遠くから叫ぶように声が通った。
「義平殿をここにお呼び致しますぞ?」
「ふ、ふ〜んだ!義平兄者は鎌倉を守れって言われてんだ。そんなことで俺が脅しに屈するとでも・・・」
と言いかけたところでスっと季範は懐から書状を取り出して笑顔を作り直す。
「この書状には朱若殿が都のやんごとなき御方の男色相手としてお呼ばれになったことを伝える内容が書かれています。」
「・・・。はぁ!?」
しばしの沈黙でようやく内容をダウンロードした朱若の変な声が響く。
「俺はそんな話聞いてない!」
「勿論、嘘にございますよ。」
「はぁ、なんだ・・・。驚かせるなよ。」
ホッと一息入れたところで朱若は完全に見落としていた。この翁が史実の頼朝並に強かな頭をしていることに。そして出し惜しみすること無く牙を向いた。
「しかし、これを義平殿に送ったとしたら・・・どうなるのでしょうなぁ〜?」
(な、なにぃィィィィィッ!?)
義平にとって朱若についてくることは源氏にとって利がないからであり、つまりは利になる理由がないからであった。しかし、この手紙を送られてはどうだ?たとえそれが嘘であったとしても義平にとっては『朱若を助ける』というとにかく外に出れるこじつける利を作ることができてしまう。恐らくだが多少強引にでも誰かに代理を任せてこちらに来かねない。
「ぐ、あ〜もうッ!なんだよ、話って!」
「実は息子たちを紹介しようと集めたのですが一人だけおらず、困っているのです。」
「で、俺に捜せと?」
「とりあえず今いる息子たちと会っていただけませんか?その話はそれからということで。」
「う〜、わかったよ。」
こうして広間に通された訳だが一人は狩衣、一人は作務衣という貴族と僧というなんともわかりやすい姿であった。
「熱田大宮司の季範が息子、範雅(のりまさ)にございます。」
貴族の方が丁寧に挨拶した。次に僧が続いた。
「私は祐範(ゆうはん)と言います。見ての通り、僧籍なれば。以後お見知り置きを。」
「よ、よろしく〜?」
(なんか、由良母さんと最初に話してた無愛想な人が居ないな。)
「じゃあ、連れ戻してくるのは無愛想な人か?」
「範忠の事か・・・。あれは、いい。」
季範が珍しく顔を顰め言い淀むのを断ち切るように断った。
(何があったのか聞くのはやめた方がいいな。)
訳ありなのは間違いないようだ。
「じゃあ?」
「範信(のりのぶ)と言いまして、これはまた神官の家の子とは思えぬような荒くれ者でして、街に繰り出しては喧嘩ばかりして腕自慢をしているのです。」
「え〜、まさかそんなにヤバそうなやつを?」
「まあ、朱若殿なので大丈夫(・・・)でしょうが、よろしくお願い致します。」
どうしてかやけに大丈夫の部分がいやらしく強調されて癪だったが、さすがに義平(あにバカ)には変えられないと思い承諾するしか無かった。
そして港町に着くや否やだった。
「さぁさぁ、いい魚が入ってるよォ〜!」
「は?」
例の人の特徴と一致した人相はなんと桶に沢山並べられた魚を多数の客を前に絶え間なく売り捌いていた。
(これのど・こ・が!喧嘩してるってんだぁ〜!)
しかしこの時、まだその真の姿を目の当たりにしていないかったこと気づいていないのは言うまでもなかった。
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