第70話拍手喝采!宮司の次男はエンターテイナー

「さぁさぁ、どれも活きがいいよォ〜!」


「な、なんだこれはッ!?」


目の前に飛び込んでくる状況に朱若は驚き呆れた。


「広い肩幅と筋肉質な体に薄髭。左眉に特徴的な切り傷・・・」


間違いなく人相は一致している。故に驚愕。

まったく、この時代は毎回驚かせてくれる。


(まさか、神官の次男が魚屋なんて分かるわけねぇだろうがぁぁぁぁッ!!!!!!)


「んお?よぉ、小僧!見ねぇ顔だな?なんか買ってくか?」


自分が探されているなんて思うはずもなく呑気に朱若に商売を始めてしまう始末に言葉が浮かばず真っ白に立ち尽くすしかなかった。


「あ、いいです。」


頑張ってしぼりだしたのがそれである。


「なんだい、つれねぇな〜。」


その言葉遣いはさながら熱田の商人と遜色ない。

生まれた階級もあってなかなか見ないような砕けたもので喋りやすいが今の状況的に想像と違い過ぎて複雑な気分になるのはしょうがないのかもしれない。


「やあ、そこのあんちゃん!どうだい?この熱田から上がった青魚は?」


申し訳なさそうな軽い苦笑いをするなり、すぐに別の客に売り込みを始めてしまった。


(なんて言うか、すごい手馴れてるな。)


朱若のイメージにピタッとハマるような典型的な商人。果たしてこれが一朝一夕でなるようなものなのか。


(少なくとも数年はやってるのかもしれない。)


不意に朱若の身体が横に弾かれた。


「うわっ!」


「け!餓鬼が周りをよく見やがれや。」


(え〜、ぶつかるような位置にいなかったし、絶対にわざとじゃん。)


「り、理不尽・・・。」


「ああん?なんか言ったか、餓鬼ぃ〜!」


「そ、そんな、なんでもないですよ〜!」


凄い厳つい顔に睨まれた上に文句まで言われると流石に頭にきそうだったが、お世話になっている熱田のお膝元の町で騒ぎは避けたかった。


(まあ、面倒だし・・・。)


やはり面倒であった。


男は「フン!」と鼻を鳴らして魚屋紛いの宮司に近づいていく。


「おい!」


「お?なんだ、いいのが入ってるぜ!」


「あ?なんで俺が魚を買おうだなんて思ってるんだ?」


男の傲慢な態度に周りの雰囲気は怪しくなる。町人達も避諱する目でコソコソと話している。


「いやだね、あいつぁ、国衙に勤める武官じゃないか。」


「いつも我が物顔で町のものを物色したり巻き上げてるあの!?」


「ああ、何しろあっし達が訴えても取り合って貰えないし、やりたい放題なんだよ。困ったものだねぇ。」


男は噂されているのも知らず魚屋にズイっと詰め寄る。


「ここにある魚、全部くれや。」


「まいど!じゃあ勘定は・・・」


「は?てめぇ何言ってんだ?金なんて払うわけねぇだろう。献上だよ、献上!俺達が国衙に勤めてるからこの町は守られてんだよ。これぐらいわけねぇだろ?」


流石の魚屋紛いの範信も苦笑いする。


「おっと、さすがにそりゃ不味いなぁ〜。こっちにも商売ってもんがあるんだ。払ってくれなきゃ漁師たちに合わせる顔がねぇ。」


すると男は嘲るように見下して魚のある板に目掛けて刀を振り落とす。


「うオラァッ!」


「・・・!」


「へははははは!てめぇ、何逆らってんだよぉ〜?」


ビチィッ・・・!ブシュウゥゥ・・・!


ぐちゃぐちゃに魚を切り刻みあちこちに破片が飛び散る。無頼漢は黙り込んで頭を垂れる魚屋紛いの顔を確認し愉悦に浸る。そして満足したのか刀を布で拭いて収めると魚の残骸に向かって地面の砂を一蹴りした。


(うわぁ〜、何処までも人を馬鹿にしたやつだなぁ。後でこっそり懲らしめるか・・・。)


「あ〜あ、生意気も片付けたことだし帰るかぁ〜。」


立ち去ろうとしたその時だった。


グイッ!


「おいッ・・・!」


「あぁ?なんだその手はッ!」


魚屋紛いが袖を胸ぐらを掴むように握っていたことを殴れる状況に喜びを感じたのか振り向きざまに無頼漢は拳を叩き込む。


バチィィィッ・・・!


「なぁッ!?」


無頼漢は驚叫する。

下手に出ていたはずの魚屋紛いを完璧に入ったと思っていた拳を綺麗に受け止めていたのだ。


(雰囲気が・・・変わった!?)


「へぇ〜?あんちゃん。いい度胸してんじゃん。」


「ちっ、離せよ、おらぁッ!」


無頼漢はギュッと手を振りほどこうとするが範信は大岩のようにまるで動かない。


「なぁ、あんちゃん。俺に喧嘩ぁ、ふっかけるってなら堂々と買ってそれなりの落とし前で済ましてやるところなんだが・・・」


蛇でも絡みつくような悪寒。

それほど近くない朱若にすらも届く覇気だった。


「漁師達が朝から汗水垂らして揚げた魚に手ぇだしたお前は絶対に許さねぇ・・・、覚悟しな。」


そう言うなり無頼漢の手を解放した。


「てめぇぇぇぇッ!!!」


怒り心頭で刀を抜き放つ。おおきく振りかぶって襲いかかった。


「あ〜あ〜あ〜、そんな茹でダコみてぇな顔でかかっても俺は倒せんぞ?」


そんな時でも愉快な笑顔で一切の乱れがない。


「くそぉッ!!!くそぉッ!!!」


まるでその場から動いていないように身体全体の捻りだけで苦もなく避けていた。


(な、なんか知らないけど、すごいことになってる!?)


「魚屋の!やっちまえー!」


「日頃の恨みだ!」


「今日も冴えてるねぇ〜!」


町人達が取り囲んであたかも舞台で繰り広げられる戦闘シーンのようだ。周りの囃し立てや無頼漢に対するヤジが止まらない。最高潮にその熱が高まったその時だった。


「さぁさぁ、みんなぁー!今日の賭けと行こうか!

俺が何発でやつを仕留めるか一番近い奴に欲しい魚を半分値引きするぜ!さぁ賭けた賭けたぁ!」


「三発!」


「五発だろ!」


次々と賭け数を口にする町人達。


(へぇ、今晩のおかずが豪華になるな。俺も参加するか。意外とああいう性格の奴はネチネチしないんだよな。)


「さぁ、もう居ねぇか〜!」


「一発・・・。」


「へぇ〜。」


意味ありげにニヤつく。


「小僧、そりゃ攻めすぎだなぁ〜。」


「この勝負貰ったぜ。」


「い、いや〜、あはは〜。」


とりあえず適当に流しているとどうやらざわめきが上がった。


「じゃ、反撃と行こうか・・・。」


「はぁ・・・はあ・・、ちくしょう・・・。」


目の前には軽い動きに対して振りかぶっていたために疲れ果てた無頼漢が忌々しい顔をして立ち尽くしていた。


「ぶっ殺してやるッ!!!」


最後の力を振り絞って全速力で範信に直進する。


「聞き分けが悪いな〜、最後まで。」


「死ねぇぇぇッ!!!」


勢い良く刀が目の前に振り下ろされる・・・


「歯、食いしばれ・・・よッ!」


「ぐおはッ・・・!?」


目の前で止まる。

その拳はメキメキと無頼漢の腹に深くめり込んでいた。


「て、てめぇ・・・。俺をコケにしておいて、国衙が黙ってねぇぞ・・・。」


「残念だが、俺にそんなもの通用しねぇんだよな、これが。」


ドサッ・・・!


そして背を地面に空を仰いだ。


「い・・・一発?」


「「「「「「ぬぉぉおおおおおッ!!!」」」」」」


一斉に上がった歓喜に地面が揺れる。


「すげぇ!すげぇよ!」


「やっぱり魚屋の兄ちゃんは最高だな!」


「賭けには勝てなかったが次も楽しみにしてるぜ!」


パチパチパチパチパチパチ・・・!


あちこちから賛辞の声と拍手がやまなかった。











「ふぅ・・・、今日も盛況だったな。」


「よぉ・・・。俺賭け勝ったんだけど?」


売り切れて魚が乗っていた台を見渡す。


「ああ、すまんな。今度また来てくれた時には安くしとくからよ。」


最後までさわやかに締めようとする。残念だがここまでの苦労も踏まえてそんな悠長にできない。


「おい、さっきの無頼漢の脅しに屈しなかったのって、お前ん家がここを仕切ってる熱田大宮司家だからだろ?」


急に片付けをする手が不自然に止まる。


「・・・何故それを。」


「お前の親父に呼び戻して来いって言われてる。」


「あのクソ親父に?小僧、一体何者だ?」





「源義朝が四男、朱若だよ・・・。」


「げ、源氏!?」


なんかようやく遠回りしてきた道が繋がった気がした。


(まったく・・・、あの爺さん、こんなに面倒臭いことを押し付けただなんて知っていたら最初に少しぐらい教えろっての・・・。)

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