第60話完全実力戦力集団 鎌倉党

大庭御厨


「お待ちしておりました。」


出迎えたのは初老を迎えたとは思えない若々しさを感じる武士。露骨に老け込んだ見た目をしている義国や義隆の困った大叔父達とはまた違った成熟の形であろうか。


大庭景宗(おおばかげむね)。


鎌倉党の頂点に立つ武士にしてこの大庭御厨の領主。


「ん?確か鎌倉党とか〜党ってその中にある漢字が総領の苗字じゃなかったっけ?」


対立している秩父党の党首は秩父重隆であるように苗字から武士団の名前を付けられる。しかし、この鎌倉党は苗字が鎌倉では無いのだ。


「なかなかいい質問をなさる。」


こちらの言に想定外の関心を示す。


「今では鎌倉党は梶原、長尾、そして大庭と主に三つの家がありますが、元々は鎌倉氏という同じ一族なのです。鎌倉党は大きくなりすぎたゆえに比例して一族もかなり増え申した。そこで土地ごとに新たに苗字を変えたのでございます。」


(確かに昔は苗字をコロコロ変えるのも都合が悪くなかったり理由があれば問題なかったしな。)







朱若メモ!

苗字を変更することは今でこそ滅多に聞かないだろうし多分手続きとか条件とかも難しいだろうと思う。(歌舞伎や落語などの襲名という文化は例外。これはある意味本名であり芸名でもあるような微妙な立ち位置なのだ。)

始めは古墳時代末期の(日本書紀及び古事記の記録に拠れば)允恭天皇(いんぎょうてんのう)の代からあるとされる氏姓制度(しせいせいど)で朝臣(あそん)や真人(まひと)とと呼ばれる豪族達に許される名字が許された。しかし、時は経ち平安時代になると皇族や繁栄した藤原氏の者たちが阿呆みたいに多くなった。

勿論皇族は全て養えるほどの金の余裕は無いし、朝廷の官職や仕事は流石に限りがあるため藤原氏の一部は困窮する。

そこで皇族は皇族から離脱させ家臣として新たに家を持たせることで財産の支出を減らすことにした。(皇族を離脱したら次代から世話金を出さなくていいのだ。)

いわゆる臣籍降下(しんせきこうか)と言うやつだ。

これにより親王達はある日から源(みなもと)や平(たいら)、橘(たちばな)を名乗った。

朱若や頼朝の源氏はまさに清和天皇の孫が源経基として臣籍降下したことに始まる。

次第に皇族は臣籍降下できるほど貴族を養えないほど困窮していくため臣籍降下は平安時代以降ほとんどなくなり変わりに寺に座主(ざす)(とにかくお寺の偉い人ってこと)にして法親王(ほうしんのう)として血脈を続かせず外で僧侶として養わせる慣習に変化した。

一方困窮する藤原氏は地方に下り土地を開発して開発領主になったりして「佐藤(さとう)」や「加藤(かとう)」など「藤」という字を残した名でほとんど地方武士になった。

勿論例外はあり、伊達氏や土肥実平などはその土地の名をとった。

源氏や平氏も庶流は紛らわしかったり、その土地の領有を宣言するために名を変えた。例で言うなら甲斐源氏の武田、常陸源氏の佐竹など実は後の戦国大名に繋がるという熱い展開が待っていたりする。

(これは間違いなく朱若の前世が原因の情熱だか・・・)






「つまり、その大庭って名は・・・。」


「思われている通り、貴方様が今踏み締めている大地、大庭御厨にあやかったものにございます。」


眼前に広がる光景がはっきりしだした。


「おおおおお〜!」


見渡す先に見えるは豊かな山々と壮大に広がる爽やかな大地に築かれた生き生きとした街並み。


「そして我々は完全実力戦力集団!かつては鎌倉党は直系の梶原が率いていたが我が大庭の台頭によりその地位を譲る程にです。そして・・・」





キーン!キーン!キィイイイインッ!



突き抜けるような甲高い金属音。鍛冶師たちが赤みを帯びた鋼鉄を汗を流して鉄槌で何度も打ち続ける。



「ハァッ!ヤァッ!」


ドタタドタタドタタドタタドタタドタタ・・・


カキンッ!ヒュンッ!ブン!


武士達が荒ぶる馬を乗りこなし駆け抜ける。

何千騎とも思える武士達が弓、薙刀、大太刀を振り馬上でも地上でも極限の緊張感で打ち合いこちらには見向きもしない。









「優れた精鉄技術と豊かな騎乗馬に、そして怠らず受け継がれる地獄の鍛錬よって裏付けられた坂東屈指の武士団に御座います。ようこそ、鎌倉党へ!」









何もかもが違っている豊かさの形。

そして完全とまでに言い切る実力主義。


(まさか、直系が梶原だった上にそれを実力で追い落とすなんて、本当に実力以外は求めてない。いや、むしろ実力だけに執着することで得られる最強の軍というひとつの形か・・・。)


「来て正解だった。景義、ありがとな。」


「勿体なきお言葉・・・!」


「俺は絶対にこれを手に入れてみせる!」


主従として出来上がった息子を見て何を思ったのか鑑みるように笑みを現す景宗の死角だった。


「クソッタレェーッ!覚悟おおおおおぉッ!!」


「おわぁッ!?」


不意に脳天目掛けて振り下ろされた。

真剣だった。まさに間一髪だ。


ビキィッ・・・!


眉間に血管が浮く。


「そっちがその気ならッ!」


まだ癖で刀ではなく咄嗟に拳を握る。

そして反撃に出る・・・




バギィィィィィィィッッッ!!!!!!!




「かぁ〜ゲェ〜〜チィ〜〜〜かァ〜〜〜〜〜ッ!!!!」




はずだった。


容赦無く真剣持ちの少年を虚空に打ち上げる強烈という言葉では生ぬるいアッパースイング。


「ググググッ!?ガガガガコゴゴガぁッ!?」


空中から地面に叩きつけられてもなお声にならぬ声で顎を抑えてのたうち回っている。


「・・・・え?」


その握られた拳の持ち主は朱若・・・、ではなくなんと未だかつてなく吹き出そうに怒る景義であった。


「何すんだぁッ!兄者ッ!」


「あ、兄者ぁ〜!?」


のたうち回る恵まれた体躯の少年から放たれた衝撃の事実。


「クソォッ!俺は!その大庭に仇なしたそのガキを殺さないと気がすまねぇッ!邪魔すんじゃねぇ、兄者!」


「とんだ愚弟だ。朱若様、少々お待ちを・・・。ちょっと諭してきますので。」


「や、やめろォォォォォォッ!?!?」


斬りかかってきた少年は景義に首から引きずられてゆく。


「明らかに諭すほうの連れて行き方じゃないけど!?」


「あれは私の息子で景義の弟でしてな。三郎景親(さぶろうかげちか)というのですが、私は過去のことは水に流したのですが、何分聞き分けが悪く大分悪童に育ってしまった。無礼をお許しください。」


「あ、いや、確かに死にかけたけどまぁ大丈夫だったし?でも今後はナシで・・・。」


最後は威厳に欠ける、安定の朱若クオリティである。


(大庭景親か・・・。なんて言うか、最悪の出会いだな。)


史実で頼朝を石橋山の戦いで完膚無きまでに叩き潰し、源氏旗揚げをした頼朝の出鼻をくじいた名将となる少年との邂逅は最初から苛烈であった。


「クソォォォォォォッ!殺してやるッ!」


「はぁ・・・。」

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