第59話農業革命 急、極秘商業

鎌倉 雪ノ下

久寿元年(1154年) 師走二十六日


かつては裏の山に亀ヶ谷を臨み小さな村々が佇むだけの些か寂しげな地であった。


「なんか賑わってないか?」


朱若がこうも思うのには少なからず理にかなったものがあった。


「朱若様!」


「景義!」


こちらまで走ってきたのは朱若の寄子という体で一の郎党という位置付けとなっている大庭景義であった。


「すまねーな、思ったより長く留守にしてしまった。」


「そんな滅相もございませぬ。主の火急には我々は臨機応変にお支え申し上げる所存。」


こういう心の在り方は助かる、というのはまさに本音だ。朱若は必要以上に表立って戦うことは避けたいし、それは自身が本来は皆無的存在(モブ)ということを活かして裏から暗躍していこうとするための支え方としてはこれ程やりやすいものは無いのだ。


(実際、俺は初陣から自分の名前を公に使ってないからな。)


初陣の際も大将は新田義重であり、指揮官として足利義康となっている。いや、朱若の懇願でそうなった。


(まぁ、義重さんは俺が陣頭のほうが効き目があると踏んでいたみたいだが、懇願ならばと引き下がってくれたしな。でも、上総や下総で漏れてたとなったら多少俺のことが割れているのはちょっと面倒くさいな。)


朱若はかなり周り道しているのは全ては保元の乱の火種、そして平治の乱で燃え上がる源氏の悲劇を越えて平和という幸せを得るためだ。そのためには分からないことでも知識を絞り、他方に人脈を伸ばしていざと言う時にこれでもかと策を用意しているのだ。


(家族は・・・、あんなに温かい家族は死なせない!)


何よりそれに立ち塞がるのは平清盛率いる伊勢平氏と、権力を誇示し続けようとする院庁の上皇。彼らは源氏を権力闘争に巻き込み悲しき業を背負わせる。


(そして俺が恐らく相手にしなければならないのは・・・、まだ天皇にすらなる気配がない雅仁親王(まさひとしんのう)、後の大天狗、後白河法皇・・・。)


平清盛を栄えさせ、平氏を滅ぼさせ、木曾義仲、源義経を頼朝にぶつけて潰し合わせた。頼朝が最も翻弄され彼の生前には征夷大将軍になれなかった。源氏に悲劇をもたらし、兄弟に亀裂走らせた張本人。


正直誰が天皇になり、上皇・法皇になろうと構わない。朝廷や院、平氏の陰謀を跳ね除けられるほどの力、朱若にはそれが欲しい。


(史実の源氏は確かに義朝の頃には坂東を掌握していたとも言える。けど、それは完全じゃない!中立を保ち動かなかった者、寝返った者、独自勢力を持ち義朝に従わず平治の乱に参陣しなかった源氏一族・・・)


探せば粗はいくつも出てくる。彼らを従わせるには上総で思い知らされた自身の武威のなさ。朱若は目立つというのは当初の方針に反する。しかしだ、


(それ以前に武威がないと武士達は畏れ従わせることが出来ない。普段目立とうとしなければ目に見えない権威としての在り方もあるはずだ。)


信頼を結ぶ足利・新田や大庭景義などのような関係であれば言うことは無い。しかし、中にはいくつも存在する源氏の中でなぜ義朝の源氏一族に従わなければならないと思う武士もいる。主に源氏の庶流とされる甲斐源氏の武田やそこから分かれた常陸源氏の佐竹、河内源氏の本来兄貴分で義朝一族と同じぐらい格式が高く畿内で朝廷に仕える源頼政(みなもとのよりまさ)率いる摂津源氏。


下総では佐竹を小次郎が利害もって動かしたが本来は朱若の鶴の一言で動かさなければならなかった。


(それが出来なかったのが俺の落ち度だ。だから俺は合戦で武名を轟かせて武威を得る!そしてその合戦は勿論、大蔵合戦!それを弾みに保元の乱でさらなる名声を得る。だから、その戦についてきてくれる仲間がいる。それが坂東武者達であり、今まで巡り会ってきた足利、新田、上総、千葉、などの武士団、そして俺が会い、主戦力にする鎌倉党・・・。)


「景義、明日は大庭御厨に行くよ。移る前に鎌倉党の者たちと会ってよく知りたい。」


「は、はい!準備は事前に用意しておりますゆえ、お任せくだされ。」


頷いたところで遠くでひたすら備中鍬で畑を開墾する若々しい男が目に入った。


「氏王丸!」


「朱若様!お帰りなさいませ!」


こちらを見るなり顔の霧でも晴れたかのように笑ってみせる。


「・・・」


景義は沈黙していたが、朱若は既に氏王丸の側まで歩いていた。


「畑や田の方は氏王丸的にはどうだ?」


「はい、朱若様が刈敷と草木灰を施したことで土の様子もかなり良いとの事です。百姓たちが春先に苗を植えるのが楽しみだと口々に言っておりました。」


流石本職の百姓たちと言うべきか自分には土の様子なんてよく分からないが早くも期待が大きいということが氏王丸の笑顔が物語る。


「しかし、亀ヶ谷の裏の山の草木を伐採し過ぎないようにとする指示は分かりますが、そのせいでどうにも刈敷や草木灰が行き渡らぬ田畑がございますれば・・・」


草木の伐採制限は山の環境変化による食物連鎖の崩壊で生態系を壊さないための環境保全対策である。無論、朱若が出したのでその趣旨は変えるという方向にはしない。


「氏王丸、実はな、この留守の間の目的はまさにその為なんだ。これを見てくれ。」


「?」


急にニヤリと自分が思った通りと言わんばかりの自信に満ちた笑みを浮かべる朱若に少し不思議に思ったが手で広げれた袋の中身を覗く。


「それは、魚、にございますか?」


「ああ、確かにこれは鰯だが、ちょっと違う。」


鰯を中指でポンポンとつついてみせる。するとパリパリと崩れたりホロホロと身がズタズタであったりととても食べれるようなものではなかった。


「食べ物・・・かと問うのは愚問のようですね。」


「フッフッフ・・・なんだと思う?」


急に気味悪くラスボス臭が否めない朱若の問に本気で氏王丸は頭を回転させる。


「刈敷、草木灰、足りない田畑・・・、もしやかと思いますが、その代わりに用いられるのでございますか!?」


「その、まさかさッ!」


手に握れるだけ握られた鰯の乾物は拓かれていた畑にばら撒かれる。


「見識が豊かになったな!氏王丸。これは入会地の山や森林が近くになかったり植物系堆肥が足りない際に補うために用いる動物性の肥料。食べられなくなったり、売れなかった魚を使うことでただ捨てるだけの無駄を防ぎ、利益にも変わりうる。この鰯は名産地である九十九里浜の漁師達から金で買うと約を結んだ。俺はこれを金で買う肥料ということで金肥(きんぴ)と名付けた!田畑への養分補給も申し分無いはずだ!」


「お褒めに預かり恐悦至極に御座います!」


「そんなに頭下げんなよ。こっちが恥ずかしいじゃねぇか。」


目上に対しての深々としたお辞儀は流石に畑の真ん中でやられると周りの目もあった恥ずかしい。


「氏王丸、いや、新米ながら働き御苦労だ!褒美として次年での元服を許可し秩父一族の活字及び父である重弘殿から「重」と研鑽を続けて自身の能力を上げ続ける姿勢から「能」という字を貰い「重能(しげよし)」という名を与える!そのまま、金肥の仕入れを任せる!」


「ほ、本当にそれがしが仕ってよろしいのでしょうか?」


どこかシュンとした氏王丸の様子はよく分からなかったが朱若は真面目に取り組む彼以外に適任はいないと考えていた。


「当たり前だ!氏王丸は新米だが俺は君の能力を買ってるんだ。だから、肩肘張らずにしっかり励んでくれるか?」


「は、ははーッ!」


氏王丸はまた最上の敬意で畏まってしまった。


(まったく、真面目だな・・・。)


金肥は本来江戸時代に普及する肥料の一種で安定した肥料配給を助ける。主に干鰯(ほしか)、鰊粕(にしんかす)、酒粕(さけかす)、麹粕(こうじかす)、油粕(あぶらかす)などの生産で過程で生まれた廃棄物である。


(高校の日本史のテストで覚えてて助かったしなぁ〜。)


まさか高校の定期考査以外で助けられるとは前世の社畜卵の朱若は思いもしないだろう。


気づけば、そばには景義もいた。


「大丈夫でしょうか・・・。」


「何より、失敗しても構わない。俺たちは新しい試みをしてるんだ。むしろ懸念を推測したり、欠点を改善したりできる。そうやって人間は歩みを経るごとに進化してきた。農耕はすぐには成果に出ないが来年まで気長に行こうぜ?」


「しかと心得ました!」


村の備蓄倉庫の建設も見届けたところで朱若は屋敷に向けて踵を返す。


(一応明日は鎌倉党に会うが・・・、)


実は朱若には新たな懸念があった。

新年なので一度平安京の義朝に挨拶しに行かねばらないのだ。


(雪ノ下に来る前に亀ヶ谷で義平からその手紙を受け取った時は思わずため息が出そうになったが・・・、鎌倉党を一週間程で彼らの信頼を掌握しなければならない。また、無理難題を・・・。)


あまり雪ノ下には入れないのが心配だが思っていた以上に雪ノ下は先進的な発展を遂げる兆しがある。


「景義主導で俺が助言する形でプレゼンするって所かな。あとは極秘で作ってた特産品と京都での事業だな。」


「若様・・・。」


「おう、小太郎。」


「実は京都での商いの成果をご報告しに参った次第にございます。」


話をすればタイムリーな報告だ。


「京での飲食の商いは売上が凄まじく左京の東の市を中心に既に三店舗を展開致しております。合計の売上がざっとこんなものかと・・・」


言うなり小太郎は報告書らしき紙を差し出す。


「は!?ご、五百貫!?」


現在の価値にして五千万円はあろうかという値段。


「決して商品の原価は高くはありませぬが、なんでもたくさんの客に恵まれての儲けにございます。」


(多過ぎだろぉッ!?いくらなんでも!)


坂東に下向する前に一時期屋敷の外に繰り出して色々見て回った時期があった。その時に仙女との因縁もあるのだが、京を見渡してみるとあまり飲食店が多いような気がしなかった。


(完全に俺の行動範囲が狭くて見つけきれなかったのかもしれないが、とにかく食に関して物足りなさを感じたからな。)


下向した後に鬼武者の兄者こと後の頼朝に頼んでたくさんの鉄器を鋳造させた。手紙には設計の指示も丁寧に載せた。


そして鎌倉で現代料理って奴を披露した。


唐揚げ、炒飯、メンチカツ、ハンバーグ、蕎麦、天麩羅。これらは現状の日本で揃えられる食材または代用できるものを使ってアレンジして作った。


どれも勿論好評であったのは言うまでもない。多少戸惑って口にしなかったが朱若が頬張っているのを見て意を決して口にしたというところだ。


それを風魔党の子どもや捨て子、孤児たち学ばせて海喜翁と照優次に監督させて京で店を出させたところの話だった。


(名は確か・・・、丸に朱という字を入れた朱丸印の朱飯堂だったっけか?うわっ!ストレートに俺の名前使いやがって、周りは分からなくてもすごく恥ずかしいな、これ。)


京料理は薄味で好まれないかと思ったら働き盛りの民衆や武士、商人が訪れ思わぬ大繁盛ということだ。


「まあ、公家達には避諱されるかもな。」


朱若は一夜にして金持ちになった。当時ではどのくらいが金持ちか分からないが。


「あと、八ツ橋の件ですが・・・、」


「ああ、不評だったか。」


小太郎は首を振る。


「いえ、全く逆でございます。公家の方々に大変好評にございます。」


「ええ〜・・・」


上手く行き過ぎていて怖くなってきた。

これで公家もそれ以外の人々からも人気を取り込むことが出来た。


「焼き八ツ橋に関しては民たちも食らうのですが、生八つ橋という物が公家どころか宮中の皇族の方々も気に入られたと。」


(皇族?え、なんの聞き違いかな?そんな高貴な一族と関わったら絶対目立つじゃん!嫌だよ、楽に死ねねぇよ!)


何も言わずに義朝の名を使って献上した。手紙をあとから義朝に出したため最初は戸惑うはずだろうが、上手くやってくれるだろう。


(ハッ・・・!こ、これはまさかの現代知識で無双ってやつなのか!?あまり意識してなかったけど・・・。)


朱若は京都と言ったら八ツ橋ということで現状できるものから革新的なことを進めていた。


まず米を細かく砕いて多分米粉だと思うものと砂糖の代わりに栗を練り込むことで生地を作り、焼いたものが庶民に流行っているという焼き八つ橋で、生八つ橋は焼かずにその中に餡子を入れて包むと言ったものでそれが宮中の人々に流行っているという。ちなみに餡子は尾張の小豆を煮詰めて綺麗に潰して固めたこし餡にした。


(こし餡って言うのは完全なる俺の趣味だな。なんか色々申し訳ないから粒餡もすぐに作るか・・・。)


何せ、砂糖が高価なのが痛すぎるので必死に代用品を探した。そこで行き着いたのが栗。そして、


「養蜂の方はどう?」


「それなりにはとしか答えられませぬ。まだ売りに出せるほどの安定的な量の確保が難しく、蜂の世話も大変で・・・」


「まぁ、成功したら教えてくれ。慌てなくていい。」


養蜂の方は全く知識がなく、ただ日本では飛鳥時代に育てていたことを知っていたために提案してあとは丸投げした。一生懸命に景義が他方から情報を集め奮闘している。一応巣箱が馴染み深かったのでそれだけは口添えしておいた。


最初の方は黒砂糖からの生産も考えたが根本的に日本の気候では育てられない。鹿児島県、薩摩国だったら分からなくもないが、推論だけでは心もとない。


(今度干し柿を細かくしたもので試してみるか?)


朱若もこの成果はまだ誰にも話していないので分からないがいずれは源氏の税以外の資産としていきたいので焦らず確実な結果を目標においている。


あらゆることに挑戦できるのはこの時期しかない。

朱若はまだこの事業が金以外のことも支えることになろうとは夢にも思わなかった。








ーーーーーーーーーーーーー


平安京 宮中


「内親王様。またお手紙が・・・。」


「え?そ、そうですの・・・、穏便にお断りなさって。」


「承知しました。」


侍従は下がった。


「式子(しきし)よ。」


「御父様!」


父の雅仁親王(まさひとしんのう)が彼女のもとを訪れるのは頻繁では無く、珍しいとも言える。


「最近、献上された八ツ橋という物があってな。」


「はい!とても美味しゅうございました!」


「おお、そうか、そうか。それは良かった。まだ安芸守のところの子は言い寄ってくるのか?」


「え、ええ・・・。」


平清盛率いる伊勢平氏は父の忠盛の代から宋との貿易で財を成し朝廷や院庁にかなり多くの品を献上していて帝や院の聞こえもいい。


(運ばれてくるのは大陸の珍しい物もあったりするから、平氏からの献上だと思って後ろめたく思っているのだろうか。だとすれば雰囲気だけの理解でもこの子は相当に賢いのう。)


「これを献上したのは源義朝。源氏じゃ。」


「そうですか・・・。」


ホゥ・・・と落ち着いたような返事をした娘に少し気が紛れるように噂でも話すことにした。


「実は本当は、これを献上したのは源朱若という幼子という専らの噂での、歳はお主と同じじゃ。」


「私と同じで、これほどの品を献上なさるのですか!?」


自身と同い年と聴いてさらに興味深そうに驚いた。


「義朝の四男坊で神童と噂されておる。これ自体が秘密な事だがな。戦では見たこともない方法で圧倒的な勝利をして無敗だそうだ。庶民にはその八つ橋とは似て非なる焼き八つ橋なるものが流行っていると聞くが、あえて中に甘いものを詰めて包むことでお菓子の違いを朝廷と庶民の違いをしっかり理解している。その幼子が考えたことなら恐ろしく聡明なことよ。」


最後あたりは半ば浮世離れしている朱若にたいする溢れ出た感想みたいなものだが式子にもしっかり伝わっていた。


「この世にはそのような殿方がいるのでございますね。」


「誠に不思議なことよ。」


慎ましく笑う娘の姿は美しいと評判だった自身の母の待賢門院(たいけんもんいん)を思い起こさせる。


(この娘も、夫婦を作ることも許されず宮中か斎宮やらに押し込められて不憫な生涯を送るのだろうか・・・。)


「もしその者がそなたを奪い去ってくれればさぞ幸せであろうに。」


「ええッ!?そ、そんな恐れ多いことを・・・。」


とは言っているものの顔を隠して赤く染めている。なんとも初な反応に父として聡明な娘の貴重な乙女としての目覚めが見れたと満足して帰っていった。






「御父様は意地が悪うございます。」


「ふふふ、仲がよろしいようで・・・」


縁側でボヤくとそばで控える侍従は朗らかに笑う。






「源氏の朱若様・・・。」






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