第58話【第五節】熱烈峻厳の鎌倉党編ーーー源氏八領、平安時代にクリスマスなんてありえない
師走二十五日
別に旧暦とか太陰暦とかの日付の誤差なんてどうでもいい。
朱若としてはクリスマスで肉をたらふく食べてプレゼントを貰えるなんてという期待をしなくもなかったが、ここでひとつの現実にぶち当たった。
(平安時代にクリスマスなんてねぇーよ!)
そもそもクリスマスはキリスト教の文化だ。確かクリスマスでお馴染みの大きい袋を担いだ爺さんのサンタクロースの由来になった聖人がいたはずだが、この時代にそもそもその聖人すら生まれてるか疑問でもある。
そこら辺よりも年末への準備というものがやや目立ち始めるのではないかという妄想でもしていると考え事を強制的に辞めさせられるような大きい声がした。
「着きました!朱若様!鎌倉ですよ、鎌倉!」
「いや、初めてでもないだろ。」
(まぁ、でも・・・)
季邦が喜ぶように叫ぶのも無理は無い。実に三ヶ月ぶりの鎌倉なのだ。小次郎も目を輝かせている。
「義平や御方様にも挨拶をせねばな。朱若も大変だのぅ〜。」
まるで他人事のように嫌な事を思い出させてくる義隆もどこか顔が明るいようだ。
「まったく、大叔父は俺に嫌味しか言えんのかよ・・・。でも、挨拶の時に大変なことになるのは間違いない。あ〜、重労働だなぁ。」
もう未来は見えている。義平の馬鹿力で三途の川が見えるような抱擁をされた後に由良(母)と祥寿姫(義姉)に、色々と問い詰められた挙句に玩具のように愛でられる。
(まぁ、義平兄の方はいいとして、由良母さんや祥寿姫の義姉さんに心配させたのは否めないな。)
本来は九十九里浜での用事のみで二週間程で鎌倉に戻るはずだったのだが、この短期間で色々起こり過ぎた。
「手紙は送ったとは言え、流石に謝らないとな。愛でられる方は我慢するか・・・。兄者の抱擁よりかは何倍もマシだしな。トホホ・・・。」
鎌倉 亀ヶ谷館
「あかわかぁ〜!」
「ぐほぉおおおおおおお!?」
本当に言葉通り「骨身に染みる」ような抱擁だった。
(ちょっとパキポキ言ってたような・・・!?)
「朱若!」「朱若殿!」
今度は温かい。由良や祥寿姫が抱きつく。
「母上、義姉上、申し訳ありません。ろくな説明も無く数ヶ月も・・・。」
「いいのです。朱若が無事に帰って来れば母は満足よ。」
「朱若殿、義姉上は許します!」
そう言いつつも涙目なので暫くはそのままの状態でいることにした。流石に罪悪感があった。
(明日からは荷物纏めてすぐに鎌倉党領の大庭御厨に行くからな。これぐらいは我慢するか。)
「あ、あれぇ〜?朱若〜?お、俺には何も無し!?」
なお、手厚い抱擁を噛ましてくれた兄バカは朱若の脳内で全会一致の可決でここでは無視することにした。
(痛過ぎだ。最高のプレゼントだよ、バカブラコン!)
大広間で義平や由良、そして祥寿姫に僅かな豪族達が集まり、房総で起こったことを報告することになった。
「なるほどな。下総や常陸の豪族が千田の藤原親政に靡いて信太の領主を滅ぼしたと・・・。それに上総は荒れる気配ありか。」
義平はここでは流石に坂東を任されるだけあると思える冷静な態度で話を聴いていた。
(にしても、領家って親政を呼ばないあたりもう義平兄は仮に源氏が戦に勝って親政が命乞いしても生かす気は無いだろうな。)
「下総の信太一族は聴けば将門の子孫と言うたのは驚いた。俺も将門に関しては逆賊ではあるが嫌いでは無い。むしろ武士として自ら立ち上がる気概があるほどに出来たものだと感心できる。それはそうとして、後処理はどうなった?」
「はい、信太の男児はうちの郎党として預かりました。信太の領地やらなんやらは千葉介常胤殿の長男である千葉師胤が相馬師常(そうまもろつね)を名乗り信太一族の祭司を引き継ぎました。あとは・・・、なんか源三郎先生義憲って言う俺達の叔父さんが領地を引き継ぎたいって言ってたから千葉一党からしたら飛び地だし特に領地を増やしても利はないって言ってたからあげてきた。」
「三郎先生の叔父上か。不安分子だが敵意はないのなら一応連絡を取り合う程度に馴れ合うぐらいはしておくか。」
祖父の六条判官為義には子が多い。いや、多過ぎる。聞いただけで二十人はいるらしい。元服した叔父が何人もいるとなんか気分的に複雑なものがある。
「そういう俺達も九人兄弟になるしなぁ〜。」
「九人・・、兄弟・・・?」
「ハッ!?」
振り向くとそこには黒い靄のようなオーラを放ち、わなわなと震えながらも顔では満面の笑みを浮かべた由良がいた。
「朱若?怒らないから、その兄弟とその奥方の事、教えてくれるかな〜?」
「ひ、ヒィィ!は、はい!お教えします・・・。」
完全に失言だった。いや、どのみち認知させるつもりだったから遅かれ早かれ言うつもりだったのだが。
(すまん、親父・・・。どうせならさっさと由良母さんに怒られてその場で丸く収めるつもりが、首を洗って待っとけ状態になってしまったな。だって、お怒りの母親に勝てるわけないだろう。)
義朝はその後に由良から(脅迫状紛い)の手紙を受け取り暫く青ざめたあと縁側で死んだ目でブツブツと念仏を唱えていたらしい。
「あと、朱若?あなた宛に鎧が届いていたわよ?」
「え?鎧?」
鎧をこのタイミングで贈ってくるのもやや不自然なものもあり、相手も想像がつかない。
(普通だったら初陣前とか元服の時に贈られるけど、なんで今・・・。)
「どれ、鎧は重いから兄が開いてしんぜよう。」
気を利かせて義平が木箱を開く。
「な、まさか・・・これは!」
義平と義隆が突然驚いたように目を見合せたあと朱若を見る。
「『源太産衣(げんたがうぶぎぬ)』・・・、源氏代々に伝わる名鎧、『源氏八領(げんじはちりょう)』が筆頭の鎧かもしれない。」
(げんじはちりょう?なんか大層なネーミングの鎧だな。)
「なんかそれって凄いの?」
急に義平がギュン!と顔をこちらに向ける。
「凄いも何も、これは源頼義公から源氏の棟梁に伝来された棟梁の鎧だ!何者かは知らぬが、これをお主に与えたということは棟梁、もしくはその代行ぐらいの任を託したって意味になる。こんなものがなんで今朱若に贈られたんだ?」
「俺まだ身体小さいから着れないし、義平兄者が着るか?なんなら源太って名前入ってるし。」
「それはダメだ!俺はあくまで源氏の棟梁にはならないって決めてるんだ。これを着るべきは由良義母上の実子である鬼武者、それかその代理で朱若か蒼若がつけるべきだ。」
頑なに拒否してきたので少し驚いてしまったが、棟梁争いになることも無いのだと同時に安堵もした。すると、由良がなにかに気づいた。
「でもこの鎧、紐を締め直すと朱若でも着れますよ。」
「え?そうなのですか?」
「少し重たいというのが不安だけれどそれ以外は全然大丈夫よ!」
(なぜそこであなたが胸を張られるのだ、母よ。)
立派なふたつの山が揺れたのを集められていた豪族達が必死に目を逸らしていたのは見なかったことにした。
「あと、『源氏八領』って?」
初めて聞く言葉だった。源氏由来の刀とかは名刀が多くてよく聞くが鎧に関してはあまり覚えがなかったりする。
「『源氏八領』は源氏に縁ある天下に比類無き強靭さを持つ八つの鎧の事だ。
『源太産衣』、『八龍(はちりょう)』、『薄金(うすかね)』、『楯無(たてなし)』、『膝丸(ひざまる)』、『日数(ひかず)』、『月数(つきかず)』が八つの鎧の名だ。八つの鎧と源氏の数々の名刀や天下の名刀が志同じくする者たちのもとに集まる時、源氏に空前絶後の繁栄と一族の不滅が訪れると言われている。」
(おっ!『楯無』なら聞いたことあるぞ!確か甲斐源氏に渡って武田家が大事な儀式の時にこの鎧を着て臨んだり、武田信玄が領内独自の法令(分国法)である「甲州法度之次第(こうしゅうはっとのしだい)」の序文では『楯無も御旗もご照覧あれ』って言って最上の誓いの言葉にもなっているんだっけか。)
「一応、この『源太産衣』?以外はどこにあるのか分かるのか?」
所在を聞くとさすがの義平もムッとして唸ってしまった。どうやら、詳しくは分からないらしい。
「恐らくは為義が全部持っておろう。だが、繁栄は訪れてはおらぬ。」
「まぁ、父と祖父が対立していたら志が同じとはいえんだろうな。」
義隆のフォローで大まかな説明の解釈が纏まりはした。
「源氏八領のことはこのぐらいでいいか?」
源氏八領に関してはどうやらこの辺が伝聞されてきたことらしい。
「ん〜、なんかわりと入ってこないんだが、貰えるものは貰っとこう・・・って、鎧になんか女神っぽいのと男の神っぽい絵があるのだけれど?」
「ほう〜!これは天照大神と八幡神の姿ではないか!間違いない、これは源太産衣だ。」
天照大神と言えば神話で天皇家に繋がるとされる皇祖神で八幡神は誉田別天皇(ほむだわけのすめらぎのみこと)、すなわち応神天皇が神格化した姿とされ武神として武士達から信仰を得た。源氏に関しては祀り神として格別な関係にある。
この鎌倉にある鶴岡社は八幡宮であり、その名の通り八幡神が祀られている。
「大叔父はこの鎧を見たことがあるような口ぶりだな。」
「頼義公から、我が父八幡太郎義家、そして我が兄が殺害された源義忠暗殺事件の犯人探しにおいて活躍した為義に渡った。義平が言う通りその鎧を所有することは源氏の棟梁と浅からぬ関係にあると言っても過言では無い。それに、この笹竜胆の紋が施されていては疑う余地がない。」
淡々と昔の事を絞り出すように告げた。それがどういう訳か朱若のもとに転がり込んできた。
「贈られてきたんなら、暫くは俺が預かるよ。つけるかは分からないけど、少なくとも鬼武者兄者と合う時にでも渡すさ。」
(鎧はプレゼントなのか・・・?いや、単なる偶然・・・だよな?)
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