第61話龍の夢、

(・・・)


空と地は同じく青い。


(一体ここはどこであるか。ん?あれは・・・。)


そして見据えた先にはただ水面が揺れることなく蠢く影。


(大きい蛇?)


グゴオオオオオァァァァッ!!!


途端水面は膨らむように上昇し大爆発を起こす。


(・・・!)


驚き膨らみの方へ注目せざるを得ない。


(龍・・・か。)


景色が白く淡く薄れてゆく。

龍はそのままある人物らしきところの元へ飛んでゆく。


(色違い・・・、九匹の龍が取り囲んでいる。守っているのか?)


グゴオオオオオァァァァッ!!!キシャアアアアッ!!







「ッ!?」


辺りは暗い。まだ真夜中、丑三つ時であろうか。


(夢・・・。それも龍か。何かの導きなのか?)


自分の中で見たことに実感は湧いてこない。


「儂も老いたか?どう思われる、父よ。」


いるはずもない父親に問いかける。

どうしてか寝付けない夜に月明かりは燦然と輝く。












ーーーーーーーーーーーーー



「くあああーッ!よく寝た。」


「ううっ、寝違えました・・・。」


「季邦殿も寝違えには弱いのですね。」


「さすがにこうも枕が変わり過ぎますとね!」


季邦は寝違えには勝てないらしい。

先程からずっと首を抑え唸っている。


「・・・。」


「どうした、大叔父?歳か?」


ボコッ!


「痛〜」


「あまり年寄りを馬鹿にするでないわ。」


義隆が珍しく上の空だがどうやら問題なさそうである。


「昨日の行動でかなり詰め込みすぎましたが、各々我慢してください。明日には京に向かわねばなりませんよ。」


「へーへー。」


安い返事だが、朱若達は新年を京で迎えることになっている。


「また、そんな他人事みたいに・・・。今のうち予定を確認しておきますよ。今日までは鎌倉党の視察、明日には亀ケ谷の由良様を伴い、蒼若様と蒲玄若様ら弟君がおられる熱田まで進み滞在、明後日には京に向かい瀬田で一度身体を休めて次の日に京の屋敷に到着する手筈に・・・」


「あーあーあー、わかったから飯くいに行こうぜ?」


「賛成です!」


「あ!ちゃんと話を・・・!」


途端後ろから小次郎の肩に手が置かれる。


「これでも序の口ぞ。心中を察する・・・。」


「よ、義隆様まで!」








キィーン!キィーン!キィーンッ!


ジュウウウウウウウ・・・


響き渡る金属音と溶けた鉄が空気を焼く音にに思わず興奮で飛び上がってしまいそうになる。


「いかがに御座るか?我らの精錬技術は。」


「すげぇよ!俺初めて見たよ。」


「鉄って熱くなると赤くなるんですねぇ!」


「おっと、そういえば父上・・・」


「ふふ、『あれ』ならできておるぞ!おーい!鋳三郎(いざぶろう)!何処か?」


「こっちだ!頭領!」


思い出したように景義が景宗に尋ねると待ってましたとばかりに職人と話し出した。


「へっへっへっ!できてるぜ、頭領!ちょっと奇怪な形だったがオラ達の手にかかればこんなものよ!」


見せつけるように朱若達の前に差し出してみたそれは、


「これは、フライパン!?」


驚いたのが余程嬉しかったのか職人は終始目を細めている。


「どうよ!鋳三郎(いざぶろう)式取っ手付き鉄鍋。なかなかよくできたもんだろう。」


「おうおう!予想以上だよ!これで飯のレパートリーが増えるな!」


「れぱぁとりぃ?っていうのはよく分かんねぇが喜んでもらえてよかったぜ。」


「景宗、鋳三郎達に褒美をとらせたい。お前直属の職人だが大丈夫か?」


「え、ええ!?オラ達がか!?」


不意なことに鋳三郎ら職人達は目を見開いている。

こういうことはしっかり確認しておかないと後々面倒な諍いになるのだ。それほどに源氏の名は大きい。


「構いませぬ。むしろ我らの職人にそのような名誉がいただけて光栄にございます。」


言質はとった。


「鋳三郎、君はここの取りまとめ役だよな?なら武士階級に上げて『鍋打(なべうち)』の名字を与える。ほかの職人達には少ないかもしれないがうちの領地から米俵を取らせる。」


「ふぁ〜、ありがてぇ!食うものはいくらあっても困らんからよ。」


「「「「おおおおおお〜!」」」」


工房が湧いた。


「景宗、ここで鎧は作っているか?」


「はい、戦武具に関してはほとんど手掛けておりますが・・・」


何の事だろうかと首を傾げている。


「俺達のも頼みたい。いいか?」


「は、はい!うちでよろしいのですか!?」


「ああ!ここなら信頼できるってわかったしな!」


コーン!と中華鍋の底を鳴らしてみせる。


「あ、ありがとうございます!ならあちらで注文をお聴きしますので上がってくだされ。皆の者!新しい常連だぞぉ!」


「ありがとう、若様!」


「腕がなるわ!」


職人達も燃えるような目で喜んでくれていた。


(ちょっと暑苦しすぎるが、職人ってこれぐらいがいいよな?)






「・・・以上でよろしいですか?」


「おう。」


「受け取りの方は・・・」


「京から帰ってきたぐらいでいいか?多分 皐月(さつき)(五月)ぐらい。」


「かしこまりました。」


ふと外を見てみるとまだ日が空高くにある。


「まだ、時間があるな・・・。そうだ!一旦屋敷戻ってこの鉄鍋試したい!料理作ろう!」


「朱若殿の料理!?気になります!」


「本当はお止めするべきなのでしょうが、気になるので近くでなら許しましょう。屋敷で荷造りしている小次郎殿にも声をかけてきます。」


ドタドタと三人は早々に鍛冶場を後にして行った。


「景宗、羽織るものを頼めるか?」


誰もいなくなったところで義隆は残った景宗に声をかける。


「それはいかに?」


「夢を見たんじゃ・・・、龍の。」


「龍・・・。」


「吉兆であれ、凶兆であれ、何かしらに刻み込んでおきたいと思ってな。ああは言っても儂も隠居してもいい歳はとっくに越えておる。寒さが堪える戦などには欲しいのじゃよ。」


しばらく考え込んだように黙っていたが景宗は手を叩く。


「分かりました、やりましょう。龍の柄の仔細はいかが致しますか?」


「そうだな・・・」










ーーーーーーーー



「かき集めたら集まるもんだな〜。」


目の前には鶏卵、油、米、塩、葱、たまり(醤油)。


「たまりってよく見つけてきたなぁ。」


醤油はこの頃はちゃんと製造されておらず味噌を作る際の味噌蔵でできる付加的なものだ。いわば黎明期を迎えている。


「近くに味噌蔵で同じ言葉を聴いたので念の為と思い持って参りました。余計でしたか?」


景義は申し訳なさそうに朱若の様子を伺っている。


「いや!大手柄だ!あんまりあるのを期待していなかったが、これは大きい!」


「有り難きお言葉。」


(醤油は想定外だったが・・・、急いで肉とか調達できないよなぁ〜。)


都で営業中の朱若プロデュースの食堂ではこっそりと肉が使われているがそれは義朝の縁あるである尾張国での

牛豚の飼育から調達していた。雪ノ下では始めたばかりでまだ食べれるどころの話では無い。


(店・・・成功してたんだな・・・。全く気づかなかった。)


それは遡ること二年前、朱若が都にいた頃・・・


ーーーーーーーーーー


「現代料理が食べたい。」


一人部屋で天井を見上げて朱若は呟いた。

彼はこの平安時代に転生という形で生まれ落ちた身ではあるが心は根っからの現代人だ。

当たり前、欠乏するものがある。

それは何かーーーー


「炒飯、唐揚げ、カレー、ラーメン、寿司、餃子、ハンバーグ、焼き鳥、エビフライ、ピザ、パスタ、ステーキ、ローストビーフ、シチュー、ポテトサラダ、コーンスープ、パエリア、牛丼、うどん、すき焼き、ブリ照り、カニ、鰻重、生姜焼き・・・」


そう、、、、、『飯』である。


「でもそんなのこの時代に無いしなぁ・・・。」


「・・・。」


「・・・。」


しばらく考えて出た結論。


「作るか、自分で。」


ーーーーー


「ふぇぇ・・・、集まるもんだなぁ。」


使用人達に頼んで台所に集まったのは卵、鳥(品種は詳しくないから分からないが食べれるものらしい)、溜まり醤油の原型、酒、小麦粉、味噌、唐符(豆腐の原型)、葱、牛の乳、片栗の根の粉(恐らく片栗粉)なんてものまで集まった。


「スタンダードに唐揚げにしてもいいが、なんせ溜まりが少ないな。あれにするか」


溜まりを捌かれた鳥肉につけてしばらく放置した。


(あんま贅沢はできないし下味はこれぐらいでいいよな・・・)


その鳥肉に小麦粉をまぶし解いた卵に潜らせて最後に片栗粉をまぶして温められた鉄鍋に満たされた油で強火で揚げる。


パチパチと揚げ物特有の香ばしい匂いが台所を満たす。


「なんかいい匂いがするな・・・って朱若!?お前何してるんだ?」


匂いにつられた義平がやってきた。


「何って料理だよ。」


「はぁ?料理なら使用人たちに任せればいいだろう?」


あたかもそれが常識であるかのように語るが、朱若的には食べたいものが使用人達に理解されるものではないため無理を言って自身の手で行っている。


「兄者、うるさくすると食わせてやらんぞ。」


「なぁッ!?朱若の手料理だとッ!?すますまん、食いたいから静かにしとくぜ!」


騒がせな兄を宥めているうちにいい焼き色になっていたため一度油から上げて火を弱める。


(温度がさがったな。よし・・・)


そして低音でじっくりと二度揚げする。


綺麗な焼き色で揚げ鳥が揚がる。


「んん、上出来だ。あ、そうだ。あれできた?」


「ええと、こちらでよろしいですか?」


尋ねた使用人は戸惑いながらも深い皿を傾けた


「どれどれ・・・んん、いいね。」


「あ、ありがとうございますッ!」


感激したように目を輝かせて皿を握りしめている。


こちらは実は牛の乳をひたすら混ぜさせて脂肪を固めたいわばバターだ。


(これを溶いた卵とお酢に合わせてかき混ぜてと・・・まあ、マヨネーズの代わりにはなるかな。)


そのマヨネーズもどきを茹でていた卵を潰したものと混ぜ合わせる。


(玉ねぎがあったら入れたかったけどまだ日本にはないみたいだな。たんあん漬けも江戸時代だったし・・・)


ニンニクの漬物があったので食感も兼ねて大振りに刻んで混ぜ合わせる。


「うま・・・。」


少し香ばしいタルタルソースをかけて・・・「チキン南蛮」、完成だ。


「できたのか、できたのか!」


「あ、おい。」


待ちきれずに義平が口に放り込む。


「・・・。」


頭を垂れて無言で咀嚼している。


(あ、合わなかったか?)


「おい、兄者、だいじょうぶ・・・」


「ウマーーーーーーーーーーイッ!!!!!!」


「あ、」


皿を掠めとってどこかに言ってしまった。


「俺食べてないんだけど・・・」





ーーーーーーー


しばらくして朝長に呼び止められた。


「朱若、義平兄上が配ってたあれを作ったのは君かい?」


「まぁ。そうだけど。」


「いきなりだけどさ、店を出してみたらどうだい?」


「店?」



ーーーーーーーーーーーー


そう言われると朝長があれよあれよという間に手配して朱若が集めた人達に料理の手解きを行いそれを振る舞う大衆食堂があれよあれよという間にできてしまった。


ちなみに義朝には内緒だ。絶対に武士の誇りにかけてだとかで反対するとのことで朝長との内密から始まったこの店だが、さすがに朱若もどれくらいこの時代に通用するか気になるところではあったのだが、まさか何店舗も展開する大人気店になるとは思わなかった。


(朝長兄者って商才あるのでは!?)


いきなり突拍子もなく提案してきた朝長だが、冷静に物事を見極める力に長けているためかそう言う流れを見るのが得意な兄だ。


「朱若殿!近くの漁師達から色々頂いたのですが、使えるものはありますか?」


大きなざるを持った季邦が戻ってきた。


「肉はダメだったか?」


「そうですね。やはりアテが難しいかと!」


「ざるの中は・・・、これは!海老だな。」


「確か、小さくていつも海に戻しているとか言ってました。伊勢にてよくあがる海老ほどにならねば食べられぬからだと。」


伊勢海老は武士達の婚姻の際によく食べられる目出度い生き物だ。実際義平と祥寿姫の祝言の際でも出ていた。


「車海老か。確かにまだ食べられてはないよな。けど、充分だ!いい品だ。こいつを使えば焼豚の代わりにもなるな!景義や風魔党のみんな以外に初めて振る舞うが、今回は海老チャーハンだな。」


手を洗って海老を水につける。

海老の汚れを落とすのだが、


(片栗粉とかあったら良かったけど、カタクリの根からの片栗粉は高級だし、めんどくさいけど水洗いで粘ってみるか。)


腰が痛くなるほど時間がかかったが、その後は背わたや頭を外してぷりぷりの部分だけ残す。


「油が足りないな。茹でるか。」


出来ればサッと油で揚げたいところだが贅沢には使えない。湯通しすると見慣れたピンク色の丸まった形になった。


海老を掬った後に例の中華鍋に油をしき火力を全開にする。


「まさか、平安時代でチャーハン作ってるなんてな!」


(一度言ってみたかったよ、こういう感じのこと。)


といた卵を流し入れ木べらでぐるぐるとかき混ぜながら固める。ある程度固まりきる前に炊いた熱々の米を投入して米粒をほぐす。


「んん!パラついてきた。」


海老を入れて馴染ませて塩をかける。

本当なら胡椒が欲しいところだが何分そんな急には揃えられない高級品だ。


刻んだ葱を入れて炒めて最後にたまりを醤油の代わりに入れて味を整える。


「胡椒がないし、多少多めにして焦がし醤油みたいにするか。」


炒めたチャーハンを少し寄せてスペースに多めのたまりを入れてジュウウウと焦がしてから馴染ませる。


「いい匂いですね!」


「すごい良き香りが・・・」


香りに釣られて小次郎と季邦が待ちきれずに厨房にやってくる。景義は・・・、扉の前で無言で涎を垂らして立っている。


(みんな態度が正直だな〜。)


「皿を取ってくれ。」


それぞれの皿に盛りつければ・・・


「完成だ!」


「「おお〜!」」


二人が声を合わせて目も輝いているのを初めて見た。


「こ、これがチャーハンとやらですか。」


「食べていいですか!」


「・・・」


景義はまだ涎が垂れていることに気づいていないようだ。


「いいぞ。食ってみてくれ。」


皆が箸で少しだけつまんでゆっくりと口に運ぶ。


「「「・・・」」」


先程とは打って変わって黙り込んだ。


「ど、どうなんだ?」


「・・・い、ですよ。」


微かにしか聞こえなかった。


「え?いったいどんな感じだっ・・・」


「美味しいです!」


「なんと美味ですか、これは!よく甘みが立ち、米がベタつかずにひたすらにかきこみたくなってしまう魔性の味は!?海老も弾けるような柔らかい食感で塩味も最高じゃないですかッ!」


「さすがです、朱若様!」


かき消すように三人から賛辞が飛んだ。


(あと、小次郎意外と食レポ上手い?)


「はぁ〜、なんだよ。みんな黙り込むからちょっと焦ったじゃないか。まだ鍋に残ってるから沢山食え。」


「な、なななッ!?」


「ん?」


不意に季邦が絶望したように驚いている。


「どうした?」


「おかわりはあると聞いていますが・・・、朱若殿だけその山盛りの量は明らかにおかしいのでは!?」


「ふっふっふっ、作った者の特権なのさ!早く食わんと俺が全部おかわりするぞ?」


「これは急がなくては!」


「あ!小次郎殿!ずるいですぞ!」


ひたすらに箸でかきこむ二人を見ていると自分もお腹が空いてきた。


「「おかわり!」」


二人があれよあれよという間に鍋を平らげる。


「うう〜ん、もう食べれないです・・・。」


「ご、ご馳走様でした・・。」


腹を抱えて二人は倒れ込む。





「ははは、お粗末さま!」







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