第56話天下無双の弓兵と未知なる理不尽

ーーーーーーーーーーーー☆



河内国 御狩野





「フゥーーー!」


グギギギググギギギギィ・・・・


弓ならぬ奇怪な音が唸る。


どしゅぅぅぅぅうッ!!!


放たれた矢は軌跡さえも置き去りに雁を捉える。


ドサッ!


パタパタパタパタパタパタ・・・


雁の首から上は既に無い。鮮血を吹き出しながらまだ身体が死に追いついていないのか翼をはためかせている。


「見事です!八郎様!」


獲物を手に駆け寄る狩衣姿の従者が目を輝かせる先に雁の頭をえぐり飛ばした男はいた。


「今日は蒸し鶏じゃのう・・・。」


一間(約181.8cm)を軽く超える体躯と筋肉によって固められた少し右腕より長い左腕。


「む!」


「ぐはぁッ!?」


「ぐごぉッ!」


折り重なって男達が後方でのされている。


「その蒸し鶏とやらを私も御一緒してもいいかな?」


「・・・何者じゃ。」


無論倒されたのは大男の従者である。


「ちょっとお喋りしに来ただけなのだけれど・・・、血の気が多いのね、あなた。」


背中に手を回し少し上半身を前に傾け上目遣いで討ち手はのらりくらりとふてぶてしい態度を顕にする。


「男装をした女子とはまた・・・、面白い。一瞬で俺の従者をのすとは。」


「あら?もしかして女子だからって容赦は無いようね?」


既に矢をつかがえ溢れんばかりの力で弓を絞っている。


「ふふ、話すらさせて貰えないなんて、なかなか脳筋ね?鎮西八郎為朝。」


「まぁ、この矢は落とし前ってやつじゃ。」


どしゅぅぅぅぅうッ!


(へぇ〜)


グゴオオオオオオオオオッ・・・・・!!!!


土煙をあげ矢ならぬ轟音をたてて地面をえぐりながら進む。


「あなたの場合・・・少し気持ち入れないとね。」


キュイイイイイイイイッ・・・!


「ほう・・?」


為朝は目の前に広がる光景に気分の高揚を感じずにはいられない。


その手に握られた細身の剣によって矢は勢いごと叩き落とされていた。


「素晴らしいな、その剣技。貴様の名は?」


問われた女子は目を細めて笑っている。


「名乗るほどの名もないかな?強いて言うならある人からは仙女って呼ばれてるけど。」


余裕なのか笑顔が絶えることは無い。


「・・・、俺に何の用だ。」


「あら?そういえば『鎮西訛り』、しなくても喋れるじゃない。」


「はぐらかすな。俺は我慢強くはないぞ?」


グゴオオオオオオオオオッ!!!


弾丸さながらの強弓の矢が仙女に迫る。


「ちょっと説教しないと・・・ダメかなぁ?」


ヒュッン!


まるで首を傾げるように軽い身のこなしで避ける。


「俺の矢を見切るだけでなく避けるとは、自らの腕を同時に褒めるようでむず痒いが貴様、化け物だな。」


次々と必殺の矢が迫る。一矢それぞれが掠っただけでも被害は計り知れないであろう威力が避けた先に待ち構えるように追い込もうとする。


「これでも数百年は過ごしてきてるからね。自覚はあるかな?君とは経験にしても腕前にしても洗練されたものの年季が違うしね。」


しなやかに避け続ける姿はさながら天女が舞っているかのような流麗さである。


「その容姿で数百年なんぞ、偽るのも大概にするんだな。」


「あら、お上手ね。まぁ、貴方に口説かれても絶対になびかないけど・・・。」


「ふん。誰がお主を口説こうか。それに、避け続けるのも限界があるぞ?この矢筒は特別製でな。数百本軽く入れることができる。貴様は俺の矢を何本目まで耐えられるかな?」


矢も束になれば矢筒は相当な重さになる。比にならない矢筒を担げるのも為朝の鍛え抜かれた身体だからこそできる芸当である。それでも揺らぐことは無かった。


「別に、避けなくてもいいんだよね・・・。」


タッタッタッタッタッタッタッ・・・


突如臆することなく剛矢の雨に駆け出す。


(血迷ったか・・・)


為朝すらそう思った。


「どんなに強い矢でもそれよりも速く、鋭く、それでいて見極められた目に相応の業があればこんなの苦じゃないのよ。」


「なに?」


ダッ!


前方に向かって飛ぶ。左手を前に伸ばし弓でも絞るように右手の剣を極限まで引いて構える。


矢は既に胸部中心を捉え左手先の二尺(約2m)まで迫っていた。


「漢月(かんげつ)。彼がいない間、あなたがいてくれるから私は!あなたによって隔てられたその先にいる彼を知ることが、追うことができる!」


呟くと同時に速すぎた動きで今までしっかりと捉えられなかった剣が為朝に顕(あらわ)になる。


「な、なんだ!?その細さは!刀剣じゃないだと!?」


驚きを気にすることなくその目は自分に向かってくる全ての剛矢の雨を捉える。







「月喰(つきば)みッ!」







パンッ!パパパパパパパパパパパパパパンッ!!!!





破裂音が弾けると同時におびただしい数の剛矢が無に返ってゆく。それはまるでたったの一突きで全て残骸さえ残さずに消されたように。


「み、見きれなかった・・・ッ。何が起こっているッ!」


為朝には彼女の突きが一回放たれたと思ったら矢に向かって無限とも思える軌跡が見えた。


「あなたが放った矢の鏃に真正面から強烈な衝撃でもって突いただけよ?それを連続でしただけ。あっと!そういえば言い忘れてたけど私の剣は斬ることよりも刺すことを用途においた突剣っていうらしいのよ。確か『絹の道』を越えて北に向かった国では『れいぴあ』?って言うって聞いたわ。」


「まさか全ての矢が無に帰すとはな・・・。

言っていることはほとんどよく分からんが、その神がかった発言が本当なら馬鹿げてるぜ。それにしても聞き及ばぬ単語だが伝え聞いたような話し方だな。」


「まあ、ある人からの大事な貰い物でね。大切な相棒だから。」


仙女は胸に抱き寄せ愛おしそうに細剣を見つめる。


(なんということだ・・・。)


それと対照的に為朝は生まれて初めての危機というものに直面したのだと悟る。震えが止まらない。




しかしそれは恐怖とは同意ではなかった。





(何故だろう。こんなにも死が間近にあるって言うのに・・・このほとばしる興奮はなんだ!?)


「ふふふふふ、」


「ん?」


不意の震え笑いに仙女は思わず反応する。





「ハハハハハハハハハ!おもしろい!おもしろいぞぉ!貴様ァ!これが死か!これが恐怖か!たが、それよりも俺にほとばしる未知の興奮が!俺の心を強く焼き付けてやまねぇ!」





「えっと?これは追い詰められると燃えちゃう人種に当たっちゃったか〜。これはこれで後々大変だなぁ。」






為朝はずいっと仙女向けて指さす。


「感謝するぞ、仙女!今まで生きてきた中で一番自分の生を感じる一騎討ちだ!俺をもっと滾らせろ!」


仙女は困った顔で顎に手を当てている。


「うわぁ、これ以上はちょっと面倒臭いなぁ。力の度合をあげようかな。」


言うなり考え出す仙女。


(確かここから近い『水源』は・・・)


「天野川・・・。まるで彼と私のように引き裂かれた・・・。偶然にしろ因果なのものね。」


突如、彼女が剣を天に向かって一点に掲げる。





「月神の誓約・・・顕現・・・、

潮涸瓊(しおひるたま)!」





「なんだ!今度は何をする気だ!」





ゴ、ゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ・・・・





微かな地響き。怯えるように大地が震える。




「大地が揺れている・・・?」


しかしすぐに収まった。


コポポ、コポ、ポ、コポコポコポコポポポポポ・・・・


「音が・・・変わった?」


そしてその異変は始まりに過ぎなかった。


「どこか湿り気のある涼しさを感じる・・・?」


「へぇ〜、なかなかどうして勘がいいのね。」


コポポポポポポポポポポポ・・・!


彼女の掲げた剣の刃先に向かって雫が急速に収束してゆく。既に空を覆わんとするばかりの巨大な水玉を形成している。


「・・・。」


今更驚いてもこの状況が打破できる訳では無い。鎮西を軽く制圧した時には感じることの出来なかった割り切った感情を宿していた。


「ねぇ?貴方は信じる?この歴史で常に光を拒み裏でこの国を守り続ける神の力を・・・。」


「神の力・・・?」


まるで仙女の発言は為朝への問いかけとも、祝詞の一部にも聴こえる。


「月の神ってね?月そのものの神ではないのよ。」


巨大な水玉のもと天に剣を掲げる仙女は語る。


「夜の世界の統治・・・。それは月本体に限らず夜に起因すること、月の存在による状態、変動、現象のあらゆることに干渉することを意味するの。その中にね?実は月は潮の満ち干きを起こす作用を生み出しているのよ。」


「な・・・ま、まさかッ!?」


驚いても遅いのだ。神話は目の前にある。


「潮涸瓊は元は神話に登場する潮を引かせる玉。まあ強制的にどこでも干潮を起こせるって訳だし、もとは海神大綿津見による神話力が大きいのだけれど、『干潮』と『重力』・・・、月の神の力を応用すればこれぐらい原理から顕現可能なのよ?その力を基にしたこの業は私が対象にしたあらゆる水源から干潮のように水がひき私のところに集まる。直接的には攻撃力はこの時点では無いけどね。まぁ人間も七割は水分だし、対象にしたら干上がらせることも出来るだろうけど・・・、殺しは私の流儀に反するし。」


あくまで余裕の態度を演じるのがもはや横柄にさえ見えてくるが為朝には特に響くことも無く矢筒の矢に触れる。いや、驚くのを辞めた。


「まさかとは思うが・・・、それを解き放つ術もあるのだな。」


「ええ!察しがいいじゃない。これと対の存在が潮満珠(しおみつたま)。名前通りどこでも満潮を起こすことが出来る。でも神話みたいに便利じゃなくてね。一回潮涸瓊で水を集めないといけないから。」


「どうやら舞台は整っているらしいな。」


鋭い眼光で仙女を見つめる。


「あなたに頼み事をする前にちょっと見極めたくてね。そろそろいくわよ・・・!」


彼女が収束した水玉を宿す突剣を為朝に向かって振りかざす。





「潮満珠ッ!!!!!」




水玉は一瞬にして全てを飲み込む大波に変化する。



ゴオオオオオオオオオオッ!!!!!



「源鎮西八郎為朝!我が妙得たりとした大器であるなら、この大波、打ち破ってみなさいッ!」

















ーーーーーーーー


こんにちは、綴です。


今回のお話はどうだったでしょうか。

作品のタグにもある通り今回は『異能バトル』という面が全面的に強いです。


でもそこまで多くする訳でもないので、一つのifとしての歴史の不確定要素として軽く読んでいただけると幸いです。





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