第55話安房国の義朝崇拝者達、房総に誓う真なる未来
「い、印東が隠居だとッ!?」
「は、はい。印東兄者は先の騒動は自分の落ち度だとして朱若様にも迷惑をかけたと責任をとり私を通じて朱若様に隠居を申し出て欲しいと・・・。」
まさに、電撃的・・・である。
このタイミングで隠居とは全くもって訳が分からない。
(だ、ダメだぁ〜。意図が全く解りませ〜ん。暗躍をしまくろうとか言っときながら駆け引きが苦手な俺にこれ以上ストレスをかけないでくれ〜・・・。)
「い、印東はどうしてんの?」
「自身の館にて蟄居しております。一年は籠る所存と・・・。」
「あ、あ〜、とりあえず許すからもういいや。」
(だ、ダメだ!これ以上考えたら俺の残念な頭が爆発する・・・。昔の時代の人の考えってワカンナイワ〜。考えんのやめよ・・・。)
『印東の隠居』という一瞬凍てつく洒落に聞こえるような出来事は朱若は考えを放棄することで幕を閉じた。
上総広常の苦笑いを添えて。
ーーーーーーーーーーーー
「よっしゃぁー!しゅったぁーつぅ!」
弾けるような音が晴天によく似合う。
「なんか、やけに気分が良さそうですね。」
「大方、やましいことでも考えておるんだろう。」
最初から酷い詮索をされているものだがいつも怠惰な朱若を見てきた彼らにはなにかあると考えるのは妥当な思考だ。その朱若にいたって言えば無論、
(帰れる〜!)
ホームシックである。
(色々動く前にとりあえずダラダラ寝たかったんだよなぁ。)
ホームシック(?)である。
「・・・」
「ん?どうした?八郎。」
「い、いえ、なんでもありません。」
「そうか?ならいいが。」
広常は浮かない顔を浮かべているのを兄弟が心配する場面が時々見受けられた。
(あの様子だとなにか知っていそうだな。)
しかし、尋ねようとは思えなかった。無闇にここで広常を問い詰めようとしたら相手方を刺激しかねない。
(俺が刺客に狙われるならともかく、広常まで狙われると立つ瀬がないからな。)
武士という生き物は外からの干渉を極端に嫌がる。上総一族からしてもできることなら争いは身内で示しをつけたい所を泥沼化したことから主家筋の朱若に苦悶しながらも指示を仰いだのだろう。
(よくドラマで「助太刀いたす!」とか聴くけどそれを言うとこの時代だと不機嫌になるか「助太刀無用!」とか言われてもおかしくない。余計なお世話だと思われるだろうな。)
平安時代末期から鎌倉時代にかけては領土を得たり守るために『一所懸命』という言葉が存在するほど武士は土地に固執する。『一所懸命』は無論、現在の『一生懸命』の由来にもなっている。自分の土地を得るため、または守るために戦ではできるだけ自分自身の力によって敵将及び多くの敵を討ち取ったとした方がその分奉公に対する御恩として褒美、つまり土地や金が得られる。
武士からしてみれば助太刀に関することは武士に芽生えつつある誇りとともに褒美を横どられるような憤慨ものの行為になりかねない。命の危険などに置いても助太刀する形で助けて感謝されることもあれば華々しく死ぬことを邪魔されたと叱責されることもあるらしい。
(俺からしたら馬鹿馬鹿しい価値観だよな、ほんと。)
一方で現代の生への執着を主とする朱若の概念を押し付けるのもややはばかられるのだ。
(まあ、俺の知り合いならそいつの武士道曲げてでも・・・)
その決断さえも自分の中でどこか不信感を感じられた。
現代では正しいとはわかっている。
(俺も時代(ここ)に染まりつつあるってことか。)
「いや、いつだって心の持ちようで人はどうとでもなれるよな・・・。」
懸念はある。しかし進まねばならない。
それは決して無念の一歩では無い。
今(ここ)では然りとされる事なのだ。
だからこそ少年は振り向かない。
やれる事はした。あとは託すだけだ。
もし遺恨が残るならその時は腰を据える。
次にこの地を踏む時は全てを清算した時だ。
安房国(あわのくに)(千葉県南部) 丸御厨(まるのみくりや)
かつて京から尾張国(愛知県西部)を経て東海道から途中海に出る。そして相模湾、東京湾を超えて辿り着く潮の終着地点、それが安房国。
「ここが父の始まりの地・・・。」
丸御厨は前九年の役において源頼義(八幡太郎義家の父)が拝領し源氏に代々伝領された由緒ある地である。
「ようこそ、おいでなさいました。私は義朝様始め源氏の御方々からこの地の取り纏めを任されております、丸五郎信俊(まるのごろうのぶとし)と申します。朱若様、以後お見知りおきを。」
「出迎えありがとう。よろしく頼むよ。」
「はい!」
(なぜ、お礼を言うといつも目をキラキラさせて感涙するのだろう・・・。)
朱若からすれば宗教じみた感激ぶりを毎回見せつけられる。
丸一族はこの丸御厨を源氏から任される在庁官人である。源義朝は頼義、義家、そして為義に代々伝領された地を為義から下向祝いとして与えられた。
(今はお祖父さんと険悪らしいけどな。昔は普通に親子してたんだろうな。)
朱若は物心つく頃には既に義朝は為義と親子でありながら対立していたため勿論会ったこともなければ顔も見た事がない。近親感が当然あるはずないが、俯瞰してみると正直親子なので険悪は宜しくないとも思える。
「我々が丸御厨にお招き致すご用意はできております。長居はなさらないと聞き及んでおりますので明日に船を真名鶴の方より出す手筈となっております。その間身辺の方は我々にお任せ下さい。警備などは安西太郎朝景(あんざいたろうともかげ)殿が請け負ってくれるとのことなので御養生くだされ。」
そういうなりパタパタと持ち場に指示を飛ばす。
「休めるものなら休みたいけど。」
「休めば良いでは無いか。」
義隆が何を迷っているのか理解できないとして困惑している。
「なんか働いてる側から胡座をかくのは気が重いって言うか・・・」
「何を今更・・・。お主が堂々と構えねばかえってもてなす側は不安がるぞ?寧ろ寝ている所を見たならそれぐらい安心だと信頼されていると思って貰えるのではないか?ここの雰囲気ならば。」
「そういうものか?」
「そういうものですよー!」
堂々と雑魚寝しようと季邦は横で仰向けを決め込む。
「なんであなたがいちばんくつろいでいるんですか・・・。」
「あー、なんて言うか・・・疲れる〜。」
翌朝、案外あっさりと日は過ぎた。上総や下総でのことが激動すぎた故に少し怪しさを感じたがこれが通常だと朱若は自分に言い聞かせることにした。
(眠い。)
一つ奇怪なことがあるとするならば真夜中にたまたま宴会じみた夕食の場からそのまま酔った丸信俊と安西朝景の義朝語りを夜通しされた。
彼らは義朝の下向初期から共同で庇護していた豪族たちなので苦労を共にしあったいわば同士だ。さればこその熱気でもあったのだろう。
(酔っ払いはいつの時代も同じ事を言っては忘れ、言っては忘れを繰り返し同じことも何回も言う。生涯禁酒だな、これは・・・)
はっきり言えば酔わなくたって雰囲気に当てられれば便乗するものだろうと思い他人はともかくとして自分が酒を飲むのはあまり好意的には受け取ってはいない。
「何はともあれ帰れるな!」
義隆、季邦、小次郎が次々と乗り込み荷物が運び込まれる。
「帰ってすぐにこいつを使わなきゃな。」
「あ!それは九十九里浜の!」
「そろそろ使い時なはずだ。」
ずっしりとした長櫃に農業革命の最後の仕上げが仕込まれている。
「小次郎、もう見るものは全て見たか?」
「はい、もう大丈夫です。」
小次郎はしばらく故郷には戻れない。念の為に遠地とはいえ確認をとったが特に問題は無いようだ。
「朱若、戻ったら武具を新調したい。手配できるか?」
「ん?いきなりだな、大叔父。まあ、構わないけど。」
何かと思えば義隆は武具を揃えたりらしい。
よく考えたら義隆はこの時からこの先に起こる何かを感じ取っていたのかもしれない。
(歴戦の士の勘ってやつかな。)
「房総半島・・・、大変だったけどそれなりには楽しかったな。」
船は大海原へと漕ぎ出す。
実際にそれほど陸地を離れる訳では無いがそれでも航海は航海だ。
暫くは房総の見ることは無い。
始まりと運命の地 房総半島
朱若はその陸(おか)をあとに前に踏み出す。
「待ってろよぉ、鎌倉党!」
運命に抗う少年の目には光が絶えることは無い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます