第54話会議は踊らず、故に進む
「お主のその態度が気に食わぬのだ!なぜ上総介たる私をたてぬ!!!お主は儂にただひれ伏せておけば良いのだ!」
「・・・」
(ふぅ・・・、なんて言うか、)
朱若にしても意外な展開であった。
「おいッ!聞こえぬのかぁ!」
「・・・」
(まさかここまで腹の探り合いをしないことがあるか!?)
そう。この直接問答という名の裁判でただただ一方的な暴論が矢継ぎ早に飛んでいるだけなのだ。
(印東の方はずっと下を向いてだんまりとしたままだ。伊西に関しては・・・最早ヒステリーだな、こりゃ。)
キーキーキーキーとただ怒りのままに暴言を飛ばす伊西新介に対して印東は全くと言っていいほど反応していない。このままでは一方的な水掛け論に等しい。
(介入・・・しないと行けませんかねぇ。)
藁にもすがる思いで広常に助けを求める視線を送ったがすまし笑いで返された。ようは朱若に丸投げということである。
(後で金やら飯やら巻き上げてやるからなぁ〜!)
「おい。そろそろやめねぇか!伊西、少しうるさいぞ?」
「も、申し訳ありませぬ。」
朱若の発言に失念したように青ざめた伊西は一旦引き下がる。
「それから印東。少しは自分の言い分やら釈明を言わねぇと伝わるものも伝わらないぞ!俺達も結論を出しかねてしまう。」
「ならば言上をお許しください。」
印東がかしこまった。
「確かに私には野心があります。それを認めぬような嘘はつきませぬ。兄が上総介を継ぐくらいなら私が継ぎます。」
「な、なんだとぉッ!!!!」
伊西の顔はもう沸騰済みだ。
(逆に思い切りが良くて潔白な気がしてくるな。それにしても・・・)
朱若はさっきから伊西の切羽詰まった感じが気に食わない。対する印東はどこか無欲にも見える。
(伊西も仮にも上総介を継いでいるならそれぐらい余裕で交わすぐらいの心持ちでもいいんじゃないか?自分が欲しいものを持っているのにここまで焦って短気なのも領主として不安だな。印東にはそれがある。上総介じゃないのに領主である伊西に真っ向から反抗を表明しているようなものなのに焦りが全くない。立場とそれ相応の態度が逆転している。)
朱若からすれば、真っ向から反抗を表明されるよりむしろ素直な従順姿勢を示されている方がこの場合は怖い。腹の中では何を考えているか分からないし、反抗するとわかっていればそれが相手の誘導だったりハッタリであったとしても何かしら次善策を施せるからだ。
「か、帰りて〜。俺って、ついてね〜。」
小さい声で呟いても源朱若にこの事態が目の前からさっぱり消えるほどこの世の中は甘くないのである。
そしてさっきの印東がした発言により完全に伊西が限界のようだ。腰に手がかかっている。さらに面倒臭い。
(これは・・・仕方ないが結論を出さないとな。)
「沙汰を下す!」
傍聴席にいる(よくも丸投げして逃げてくれた)人達が一斉に平伏した。
「伊西、刀を治めろ。印東、申し訳ないが君の発言にはいまいち根拠が無い。よって上総介は伊西が相続せよ。印東は一月の謹慎を言い渡すことで不問としようぜ?」
聞いた伊西は若干口が裂けるように笑う。
「これで分かったろう!私が正統なのだ!」
「・・・」
「チッ!」
反応しない印東を気に入らないのか伊西が堂々と舌打ちする。
「見苦しいですぞ。伊西兄者。」
「ぬぅ、分かっておるわ。」
広常が窘めたことて一旦場を収める。
「これにて閉幕ッ!」
裁判が終わって朱若は客間でくつろいでいた。
「なんて言うか、意外と両方とも直接的なことを言ってくれたから円滑に終わったな。」
「ええ!朱若殿の差配見事でした!」
(俺はいやいや言いながら座ってただけだしな・・・。)
義隆は気に食わない顔だが季邦は・・・、平常運転であろう。
『会議は踊る、されど進まず』とはよく言ったものである。今回は逆に踊ることがなく、いや踊る間もなく進みきったと言ったところであろうか。本来の風刺の秀逸さを全く逆の意味から思い知ることになったというのも野暮であるが。
「大叔父、俺はまだ終わってない気がする。」
「奇遇だな。儂もだ。」
「え?え?」
まだ明かされていないことがある。
「結局、刺客については分からずじまいということでしょう。」
「小次郎も気づいたか。」
「ええ、それにしても印東の格好と伊西の態度が気に入りません。」
一旦収まったとはいえ、この蟠りは完全に消えていないだろう。
「多分今収まってもどこかで暴発するだろうな。」
「裁判では、収まっていたではありませぬか!」
季邦には判断材料が見えていないらしい。
「お前はもう少し駆け引きを学べよな!俺が言えた立場じゃないけどあれぐらいなんか気になるっての。」
「そうですかねぇ?」
「とにかくだ。ああいうのはどうにもまだ俺の力では収められない。俺には権威や名声が足りない。」
日本の頂点である天皇や主君である義朝(ちち)だったりしたらこじれることは無いだろうが主君の子とはいえまだ五歳である子どもに簡単に耳を貸すはずがない。
たかだか初陣で多少悪目立ちした程度の小僧である。本来目立つのは頗る好まないし、暗躍するなら表の顔はバレないようにしたいところである。
「俺は結果的に伊西に半ば利用された形になったわけだ。」
大蔵合戦まであと一年も無い。
着々と進めていた基盤作りもやはり全てが思うように上手くいく訳では無いのだ。
「明日には上総出立の手配が整うとのことです。」
「胤正か、わかった。安房国の安西も船を既に手配してくれているはずだから三日で鎌倉に帰れるか?」
「長く感じた半月でしたね。」
「そうだな。」
季邦がしみじみとしているが朱若にはそんな時間はない。
(俺には短すぎだ。上総での争いは収めきれなかった。これは俺の落ち度だ。そろそろ秩父の動きもあるだろう。そろそろ俺も本格的に戦への準備を始めるとするか。それにはまず鎌倉党のことをよくも把握しないとな。
やれることはまだ沢山ある。目指すべき門出を手繰り寄せるその時まで俺にできることをするんだ!
この大蔵合戦を坂東勢力の収束の総仕上げとして、そして保元の乱を越えて平治の乱へ!!!)
ーーーーーーーーーーーー
朱若達が裁判を終えて去ったあとの評定場にて二人の兄弟は再び顔を合わせていた。
「印東兄者。」
「広常、風呂の手配はお前がしてくれたと聞いた。助かった。」
「兄者、私は・・・」
常茂は広常の口元に手をかざす。
「皆まで言わなくて良い。お前の言わんとしていることは分かる。」
「・・・」
広常は残念そうに俯く。しばらくの沈黙が流れたが、常茂が懐かしむようにその場を解す。
「千葉胤正に嫁いだ娘は元気にしておるか?」
「ええ、お陰様で。兄者が父上に進言したので御座いましょう?」
「昔の事だ。」
朗らかに笑って見せた常茂は少し首を下に傾け再び神妙な表情になる
「広常、これから話すことは他言してはならぬ。少し耳を貸せ。」
「?なんでしょう。」
広常は身を乗り出して常茂に耳を傾ける。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
「兄者!?、そんなまさかッ!?」
常茂は両手をつき土下座するように広常に頭を下げる。
「広常、亡き父上の願いであり私の最期の願いだ。
頼む、お主が上総介になってくれ・・・。」
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