第53話雪ノ下の留守番達、愚息嘆く六波羅

「ふむふむ、刈敷と草木灰での作物の育ち具合はすこぶるよくなっているようだな。」


「左用にございます、氏王丸様。途中で枯れてしまう稲や畑で腐ってしまう作物が目に見えてほとんど無くなりました。」


氏王丸にとって雪ノ下での生活は驚愕から始まった。


『一騎打ちが戦を制することは無い!』


正直どこかで分かっていたが自身が余程作法に囚われていたのだろうか。


(しかしここまで言いきる者がおられたとは。それがまさか武士の棟梁たる源氏のご子息・・・。)


言ってみれば武士が武士としての尊厳を否定したに近い衝撃だった。


「だが、全てが理にかなっておられる。」


一騎討ちで勝てないなら、より多い兵数を、兵がいないならその人数差を覆す戦略を講じる。順をおった朱若の自論は氏王丸を納得させるのにそう時間はかからなかった。


「これを畑に当てはめてみれば、畑の作物に枯れてしまうものや腐ったり病気になってしまう原因が土の養分不足、その養分不足を他の生物が持つ栄養で補うということですか。」


結果を見れば一目瞭然だ。まだ収穫には早いとはいえ、百姓たちが驚き広めているのかこの噂は既に鎌倉とその周辺の地域に知られているらしい。


「氏王丸!新しい刈敷と灰を持ってきたぞ!」


「大庭殿。」


朱若の一の郎党大庭景義は朱若不在のこの雪ノ下の統括を任されているが、このように百姓たちに混じって泥だらけの作業も厭わない。それ故に百姓たちからの信頼は絶大だ。


「それと客が来ておるぞ、そなたに。」


「久しぶりですな、氏王丸殿。」


すぐ隣にいる人物は朗らかに挨拶した。


「あ、あなたは!?」


長くはないが程よく整えられた髭に引き締まった筋肉でやや大柄に見える。身体とは対称的に虫も殺せぬような優しい顔つき。氏王丸が秩父にいた頃からの父の友人であった。


「長井別当(ながいのべっとう)殿!」


「お元気でしたかな?氏王丸殿。」


長井別当こと美濃(岐阜県中南部)の名将 斎藤実盛(さいとうさねもり)。

にっこりと笑った顔に氏王丸は懐かしき安堵を感じた。








平安京 六波羅屋敷


「して?また御坊丸は賀茂の内親王様のところに口説きに行ったのか?」


「はい。」


郎党の同意を聞き呆れるようなため息を吐いた。


「忠盛(ちちうえ)がお倒れになり、上総での火種が温まっているという時に、我が息子がそのようなことで良いのか・・・。」


呟いたように漏れた言葉に報告をきた郎党は不安な面持ちになる。


「それは殿が源氏の四男君である朱若殿と御坊丸様をお比べ為さっているということですか?」


「すまん、戯言よ。忘れてくれ。」


「仰せのままに。」


「気になるのう。重盛が時々口にしておるが源氏の四男坊はなかなかの器量人だと。不思議な事に常陸でも上総でもその者が直接的であれ間接的であれ騒ぎの渦中にいる。我が一族の前に立ち塞がらぬのなら別段命まで取るつもりもないのだがな。」


郎党は苦笑いしてその場は話を戻す。


「内親王様は待賢門院(たいけんもんいん)様と院の血筋のやんごとなき御方。大層姿も見目麗しいと聞きますが、反面かなり不遇な扱いを為さられているとか。」


「内親王様はどのように応じなされているのだ?」


「冷たく・・・とまでは行きませぬがやんわりと・・・。」


「そうか、身分差以前の問題であったか。」


「応じていたら何か策でも講じられたのですか?」


内親王との婚約は皇族のみがほとんどであり桓武天皇の子孫と言えども臣籍降下した武士であり天皇家とも血縁が離れすぎている。


「内親王のほとんどは未婚で生涯を過ごされる。貴族たちの反対もあろうが、御坊が元服する頃には上手く交渉できる程に俺も出世しているだろうしな。」


「皮算用・・・では無いと?」


「ハハハ!愚問である!」


カラカラと上座の武士は快活に笑う。


「その手腕とやら期待しても良いのですな?」


「案ずるな、家貞(いえさだ)。この平安芸守清盛(たいらのあきのかみきよもり)に抜かりある策は無いわ!」



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