第52話元祖 裁判? 並々ならぬ者
「な?いいじゃねぇか。やっぱり俺の代わりに裁判取り仕切ってくれよ大叔父!」
「いかんわ!阿呆。言い出したお前が仲裁の入るのが武士の筋だわ!」
駄々を捏ねてなかなか中央の見届け席に座らない朱若を義隆は抵抗されつつも徐々に引きづっていく。
「確かに俺の安請け負いから始まったさ!でもな、なんでいつもいつも!俺だけが骨折らないといけないんだよ!」
朱若は源氏の悲劇を阻止する以外の面倒ごとは極力避けて通りたいほどには怠惰な真性である。
「よく考えてみろ?緊張状態の大の男二人が自分のものをああだこうだと駄々こねあってそんな離婚裁判よりタチ悪い修羅場を五歳に潜らせようとするのか!?鬼畜か!?」
「うっさいわ!」
バギィィィィッ!!!!!!
「痛ってぇぇぇぇ!?ぼ、暴力反対ッ!」
義隆の拳が朱若の頭上で火を吹き朱若は情けない姿で転がり悶絶する。
上総国 故平上総介常澄の屋敷 申の刻(午後四時頃)
「ううううっ!結局これかよ・・・。」
足掻いてもたんこぶが量産されるだけであるため痛いのは嫌だと気が小さい朱若は諦めた。
「確かに俺の前で話し合えとは言ったが、なんでこんな俺と原告、被告の席が近いの!?普通もっと遠くて高い席にいて護衛とかいてさ!何かあって激昂とかして暴れられたら俺も巻き添え食らうのわかってる!?」
「まあ、仲裁人がそこまで責任を持つのですから言い出した朱若様が自ら収めるのが筋ですよね。」
「主人をしれっと売るんじゃねぇ!?売国奴か、おんどれは!?」
小次郎も本気で吹いていてかなりタチが悪い。
「君達俺の近くに侍る訳でもないのに遠巻きに茶を啜る構えを見せるのやめてもらって?」
胤正ほか捕まっている先程の刺客の武士達も証人として来ているがどうしてか傍聴席にいる。
(ダメだ、裁判の仲裁もこの席も百歩譲って受け入れたとして、流石に近くに人手は欲しい。切実に事を語ろうとすれば死ねるぞ、この状況・・・。)
裁判というか鎌倉幕府で土地問題を裁くために実際に行われていた口頭裁判がモデルとなった配置になっている。中央の将軍が座るような席があり左右に原告被告それぞれの席があるような形だ。引付衆なんかも本当なら見届け席の近くぐらいに侍っているはずだろう。
(如何(いかん)せん、俺の見届け人の席が明らかに危ないことがわかった。元祖 所務沙汰(しょむさた)(鎌倉幕府の土地裁判の名称)とは絶対に言わせねぇ!)
しなくてもいい固い決意をして朱若は腹を括る。
「御二方、御準備が整いました!」
それぞれの控え室を見て戻ってきた季邦が高らかと報告しに来る。それを聴いた周りの者達は我先にと傍聴席へと向かい腰を下ろす。
「わかった。じゃあ、入ってくれ!」
朱若の合図の元、朱若の見届け席の左右を挟んだ襖が同時にゆっくりと明け開かれる。
左から伊西が入ってきた。小綺麗に整えられた直垂を着ての堂々の登場に場が静まり返る。
続いて同時に右から噂の印東常茂が入ってきたのだが、
ざわ、ざわざわ・・・・
登場と同時に傍聴席が困惑一色となる。
(な、なんだ!?これは・・・。)
伊西の清潔感溢れる様相とはまさに対極。薄い髭をもち、顔はやや黒ずんでいているが爽やかさを感じる好青年のようにも見えた。しかし、それを忘れるほどの異形、
(なんで、そんなに顔や体が傷だらけでボロボロなんだ!?)
見るに堪えない生傷がおびただしいほどにあった。
(それも、まだ血が固まって間も無い・・・。まるで、ほんのちょっと前につけられたばかりであるような傷ばかりだ。)
常茂は直垂の袖を両手を広げて優雅に靡かせて頭を下げた。
「お初にお目にかかります。私が、印東次郎常茂にございます。此度は私めの遅参により御迷惑をおかけした事、誠に申し訳ありません。」
明らかに違った。もっと傲慢チキで腰が砕けんばかりにふんぞり返っている阿呆が来るかと思えば、この上なく礼儀正しい紳士だった。そしてその目には確かに反省の色が伺えた。
(なんでこんな奴が遅参なんてしたんだ?)
もちろん、初対面の態度が良かったというのだけを見てはいない。そう思うに決定的なものを捉えてしまった。とてもわずかだが近くにいた朱若だからこそ確かな形に映るものを。
(なんで手が、足が、顔が震えてるんだよ・・・。)
普通に考えて礼儀をしっかりわきまえて遅れてきたことにさえも身体を震わせるような人間が出迎えの場に姿を現さず遅れてやって来ることがあろうか。
思わず、凝視してしまうが視線に気づいた常茂が気づかれないような小さな動きで首を横に振る。
(まさか、詮索するなって言いたいのか?くそ、どうもやりづらいな・・・。)
それでもこの場を進めるしかない。朱若は常茂のこの場に来た並々ならぬ思いを咄嗟に感じ取ったのかもしれない。すぐに生傷だのなんだの諸々の理由を聞くことは出来なかった。
「それじゃあ、直接問答を始めよう。」
親族代表の広常がようやく朱若の近くに畏まり侍ったのを合図に不可思議な口頭裁判は幕を開ける。
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