第51話内憂は時として外患以上に国を蝕む
「八郎兄者、準備が整いました。」
「よし、朱若様。御当主の身支度が整いましたのでこちらへ。」
先程の兄弟たちとは違っている。
一時間ほど前だ。
「匝瑳三郎常成、金田与一郎頼次、そして私が平介八郎広常にござる。」
驚いた。これまたあっさりと大物が来たものかと。
忘れるはずもない。後の上総広常だ。
「八郎殿は他のご兄弟とは違い、平姓の名乗りなのだな?」
朱若から見てもかなり意地の悪い質問だ。あえて兄弟とは違うと区別した言い方だ。傍から見れば怒り心頭ものである。
「これは亡き父の買い被りなのです。私め如きを次期当主だとご期待なさった。しかし、下の兄弟が跡を継ぐのは世の乱れだと思い伊西兄者に譲った次第にございます。」
「そんな事があったのか。礼を欠いた。すまない。」
「いえいえ、そんな私めに。」
(なんか、思ってたよりこの広常。自己肯定感が低くないか?)
「そうそう、妙殿から手紙を預かってきてたんだよ。」
「む、妙ですか?」
広常の眉が上がる。
「ああ、父がいるから頼ってくれってな。そんな気を使わなくても構わないんだがな。」
「娘は元気にしていましたか?」
「ああ!もうそりゃ下世話なぐらい元気・・・って娘ぇッ!?」
(父親は上総広常(あんた)かよッ!?)
「こんな私に似ずにたくましかったでしょう。」
聞いていれば広常はなかなか自虐的な性格だ。
ひ弱に見えてしまうのも無理はない。ずっと低姿勢なのだ。
(先代の上総介が彼を厚遇したのにはまだ見ぬ何かがありそうだ。ていうか史実とイメージ違うな〜。)
ビュンッ!!!
「ええ!?」
「危ないッ!」
きゅぃぃぃぃん!
不意に刀が弾かれる。
「怪我はありませぬか!?」
顎によく蓄えられた髭面の武士が刀を手にしたまま確認をとる。背後からの威圧顔に弱冠の気後れを取ってしまう。
「いや、俺は大丈夫だ。それより、あなたは?」
「伊西兄者!」
案内していた八郎が叫ぶ。
「え?じゃあ、あんたが当主?」
「この度上総介を襲名致しました。伊西上総介常景に御座います。失礼ですが、まだ気は抜けませぬ。」
(ん?気が抜けない?それはどういう・・・)
パタリとやんだ気配を見せた場に朱若一向囲むように直垂姿の武士達が現れる。
「貴様ら!どういう狼藉だかわかっているのか!主は・・・、常茂はどうした!」
「常茂様は関係ありませぬ!ですがそこの御曹司様にはここから生きて帰す訳にはいきませぬ!」
ーーーーーーーーーッ!?!?
前触れもなく場が痺れるように凍える悪寒がした。
「聞かぬならこちらも引かぬ・・・。頼次、兄者方抜刀を・・・。」
そこには先程のひ弱さとは程遠い切れる目付きをした広常だった。
(ま、まるでさっきと別人だ・・・。)
ちからが抜けるような脱力感を誘う人間が突如として体が麻痺するように動かない。
言われるがままに上総兄弟達は太刀を抜く。
「やはり常茂であったかぁ!やはり切って捨てておくべきであったわ!」
「いえ、それは早計にござる。伊西兄者。常茂兄者が命じたという確かな証拠がありませぬ。」
激高した常景を広常が冷静に諌める。気に食わぬのか顔が険しい。
「・・・。」
(なんだこの胡散臭さは・・・)
どうやら相手も味方もその疑問を解消させてくれる間も与えてくれないようだ。
「行くぞ、阿呆共を早急に片ずける。共に仕れ!」
広常の指示の元あっという間に武士たちを地にのした。
「誠に申し訳ありませぬ。」
広常始め頭を下げて上座の朱若に謝罪していた。
「いや、大丈夫だ。俺に怪我はないし。」
「寛大なる御処置、我等一同この恩忘れませぬ。」
一つ朱若は気づいたことがあった。
「これ、本当に常茂がやった事なの?」
この言に伊西は立ち上がる。
「間違いありません。奴は源氏の御子であるあなたを討った混乱に乗じて上総介を簒奪しようとしたに違いありません!」
広常や頼次も顔を下に向け曇らせる。
「なら、俺は上総一族の争いに巻き込まれたって言いたいのか?」
「もも、申し訳ありませぬ。」
朱若は存分に目を釣りあげて声色を落としてやった。
伊西は思わぬ怒色に青ざめ畏まった。
朱若の怒りは存外事実ではないとも言えなかった。
(なんで俺は動けば動くほどこうも厄介事に巻き込まれるかなぁ〜。鎌倉も下総も上野の時も。あ〜イライラしてきた。)
「まぁ、いいよ!上総は義朝(ちち)からの基盤たる一族。俺としてもその争いは看過できない。」
朱若は上座から立ち上がった。
「印東常茂を呼べ。俺の目の前でこの問題を議論し合え。いいな?伊西。」
「は、ははっ。」
弱冠の不服が顔に現れている。
(やはり動機やアリバイから印東常茂が今最も怪しいのは間違いないが・・・、俺はどうも伊西が常茂の話になると焦った行動をしていているように見えてならない。
何はともあれ、この上総には・・・何かあるッ!)
「広常、問答場を手配しろ。」
「はい、仰せのままに。」
「こういう時ってのは、面前で心ゆくまでぶちまけるのが一番いいだろう?俺が面倒見てやるさ。」
「兄者もよろしゅうございますな?」
「う、うむ・・・。」
問いかけた広常に対して伊西の声には力がない。
「いいねぇ・・・。じゃあ、裁判と行こうじゃないか!」
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