第46話ひずみ、覚束無い八男坊、秘されし今若
「上総一族が長、平上総介常澄様、お亡くなりになりました!」
「な、なに!?」
(だ、誰?)
知る由もない人物が死んだとは言えやはり不謹慎な気もしなくもないためその場はしんみりとした。
(上総介って上総国を治める人物が朝廷公認で名乗る官職だよな?俺の知ってる上総介って言ったら、、、)
「まずいな。」
朱若自身には今世でも前世でも察するに足りうる知識が無いため師胤のこぼした言葉にはかりかねる。
「不謹慎なことを聞くことになるかもしれないが、如何にまずいと言えるんだ?」
師胤の顔を見ると汗が滴っている。恐らくこの寒さで暑いからと言うのは愚問だ。冷や汗に他ならない。
「いいですか?朱若殿、我が家である千葉が下総に勢力を張るようにその隣国の上総国では我らと同じ平忠常を先祖に持つ上総一族が拠点としている。しかし我らと圧倒的に違う点で言えることはその全域を手中に収める大勢力を持っているのだ。つまりその長である常澄殿が亡くなったということは、、、」
「上総国全土の規模で一時的な混乱となる、ということですね。」
小次郎が一先ず師胤がした話の要旨を簡潔に結論付ける。
「小次郎殿の見立ては間違っておりませぬ。しかし、、、」
「揺れまするか、、、。」
「はい、、、。」
二人は言葉を濁す。
「確か上総介は嫡男の伊西新介常景(いさいのしんすけつねかけげ)が継承すると聞いたのじゃが?」
「その通りです、義隆殿。上総介の名のもとに下の兄弟達が上総国を盛り立てていくのが筋ですし、これまでもそうでした。」
「これまでも、ということは?」
「今は一枚岩じゃないのか?」
ふとした疑問と言うよりは単純に朱若自身がその深淵まで情勢を理解仕切っていなかったということである。今までは確かに身に覚えの無い初陣や武士間における腹の探り合い、信太合戦など予想しえなかったさらに細かく存在したりしていなかったりする史実が混在している。
(多少の俺みたいなイレギュラーな干渉で歴史僅かな歪みが起き始めているのは間違いないものの大まかな道筋は依然として史実の流れに準拠している。これまで自分を支えてきた知識の触れられていない認知できてない部分や史実で存在が語られない出来事など未知の領域に入りつつある。これまで以上に考えて動かないと平治の乱に至る前に倒れかねないぞ!?)
「はい、今は表立ってはおりませんな。」
「千葉の爺の父の常兼以来相馬荘の領有とかで上総と揉めておりましたな。」
「はい、我が父の代にて終息しましたが、藤原親政との対立はその辺がまだ尾を引いております。」
(義朝(ちち)はよくもやってくれるよ。)
この坂東では必ずと言っていいほど義朝の基盤形成の際の荘への介入騒動が尾を引いている。それが因縁であったり、皮肉にも協力するきっかけであったりと様々だ。
(なんだかんだで義朝は坂東で人気ではあるみたいだし、利用してる俺も強くは言えないんだな、これが。)
「も、師胤様ぁー!」
もはやテンプレなのか転んで滑り込むように郎党は伝令に走る。
「し、使者が来たのですが!」
「なんだ、単刀直入で構わない。何があった。」
「二人!二人とも上総から使者が来ておりまする!それも一人は伊西新介様の、もう一人は弟君の印東次郎(いんとうじろう)様の使者でありまして、どうにも鉢合わせてしまい・・・・・・」
(ん?兄弟それぞれから使者が来ていて、鉢合わせたって・・・)
使者を見た感じだとどうやらまずいことが起きる前兆とでも捉えているようだ。師胤や千葉一党の武士達も同様である。
「師胤様ぁッ!」
「今度はなんだ!?」
もう一人先程と同じように駆け込んできた。
「二人の使者が太刀を抜き斬り合いをはじめましてございまするぅ!」
「なんだと!?すぐに引っ立てて止めさせよ!」
「はいっ!」
師胤や千葉一党はあまり顔色が宜しくない。
「お、おい。これってまさか・・・兄弟で・・・!」
返事はない。ただ朱若の聞きたくない懸念は師胤が首を縦に振ることでもたらされる。
「相克、、、これから帰るって時にッ!」
地団駄を踏むと間髪入れずに師胤が申し訳なさそうにしている。何やら言いたげに。代案だろうか。
「とりあえず、朱若殿は安房国まで我々が送る手筈になっていますが、進路を変更してやや遅くはなりますが江戸より川を越える道もございます。そちらからなら、、、」
「いや、それはダメだ。」
「な、なんですと?」
否定は予想外であったか、師胤ほか季邦ら郎党達もどうしたらいいか分からずにいる。
「聞いても良いかの?」
「ああ、言われなくても。」
重い腰をあげるように義隆は重厚感を抱かせるように振る。
「俺達の父が『上総御曹司』って呼ばれてたのは知ってるか?」
「義朝様が?知るわけありませぬよ〜。」
「私は父君が亀ヶ谷にいて坂東での活動を行っていたことしか、、、。あまり下向なされた初期の話は存じませぬ。」
(季邦は・・・・そうだと分かってはいた。ていうかもうちょい言い方に気をつけろよ!でも意外なのは頭がキレる小次郎が知らなかったことだな。)
「長くはないが順を追って説明するぞ。ここには補足できる人物もいるからな。」
「ジジイを早速こき使いようとしよって、、、」
目線を送った先の義隆は面倒くさそうに不貞腐れる。
「父は都から尾張(愛知県西部)を経由して東海道から途中海を渡り安房国(千葉県南部)、そして隣の上総国(千葉県中部)に一先ず落ち着いたんだ。その時の坂東での活動を庇護してくれていたのが上総一族というわけだ。この地域で源氏に友好的な在地豪族が多いのも争いに介入しまくって対立であれ友好であれとにかく関与しまくった。千葉一党みたいに対立から協力関係にある一族がほとんどだかな。」
朱若がなかなか確信を言おうとしないのに痺れをきらしたのか。季邦の口が震えている。
「なんだ?季邦。厠か?」
「違いまする!とりあえず今言ったこと全部分からないので早く大事なこと言ってくださいよ〜!」
「だ、ダメです、朱若殿!落ち着いてください!」
「俺はこいつに一発張らないと気がすまねぇ!」
季邦に襲いかかろうとする朱若を必死に師胤がはかいじめにして押さえる。
「あははは!」
「何があははだぁ!」
「おいおい、そやつの天然な考えは挑発に触れるとお主も分かっておろう。さっさと話さんかぁッ!」
「いでッ!?」
渾身の拳骨を叩き込まれた。脳も頭蓋も流れる血も全てが震えるようだった。やはり源氏の長老の拳は重みが違うようだ。
「そうだな、気を取り直して。対立から協力関係になった在地豪族がほとんどの中上総一族は最初から源氏の庇護をしてくれた最古参に等しい一族だ。それに勢力範囲も自領である上総一国ほか友好的な勢力を含めるとこの房総半島諸々と坂東平氏の一族が散らばる関八州のうち三分(さんぶ)の一(いち)程はある。まさに源氏の要石だ。これ程強大な力を一族の混乱で手放すわけにはいかんだろう。義朝の四男の俺が間に入った方が一時的には丸く収まりやすい。」
濁し方が気になったのか。周りの顔は訝しげだ。
「一時的とは?」
「野望がある者は簡単にそれを捨てない。漢の高祖劉邦がいい例だ。負けても負けても最後に待つ決定的な勝利まで諦めず耐え続ける。」
「では印東次郎を消すと?」
「いや、仲介だけがよろしいかと。殺っても後々面倒臭いことになりかねません。それこそ庇護した源氏に殺されると例え勝利した側からしても不信感が募りましょう。最悪手を切られる。」
「小次郎の言う通りだ。それに適任者は他にいると思っている。」
またしても不可解な言葉に一同は首を傾けたり顔を顰めたりと様々な形で困惑する。
「適任者とは言いますが、それは上総介ということでよろしいですよね。」
またしても小次郎が皆中だ。
(上総つったらあいつしか居ねぇもん。)
一人の人物の名が頭によぎるも余計なことを言うのはやぶ蛇なので伏せる。
「さすがだな。そもそも嫡男であっても野望を持つものが居ればその当主はそこまでの器量というわけだ。残酷な話だがな。就任する前に自分に畏怖を抱かせたり器量の差を見せつけるなり色々その野望を潰すこともできたはずだ。いや、それ以前に野望を抱いていることに気づかなかったか。つまり伊西新介は愚鈍で無かったとしてもそこの知れてる人物というわけだ。大勢力を引き継ぐならば・・・」
「自分の底を見せてはならない。」
今まで黙っていた義隆が唯一言。
「大叔父?」
面には唯神妙。
「朱若、お主は源氏の棟梁を支える、または棟梁になる器量がある。今の言葉よく覚えておれ。私の父上が前九年の役を終え都に戻った際に大江正二位匡房(おおえのしょうにいまさふさ)に師事した。その時に言われたことだ。」
「「「「おおーっ!」」」」
「え?なに!?どいうこと!?」
急に周りから武士達が興奮の渦となる。
「一筋縄ではいかない坂東武者達が唯一信奉する八幡太郎様は彼らにとって八幡神の権化なのですから。さらに言えば当時朝廷での書に関することを司り日ノ本一の兵法家であった大江匡房に支持したのです。これを知っているならばわかぬわけないでしょう。」
「おおえのまさふさ・・・。確か高校の日本史で・・・。」
朱若メモ!
『大江匡房』とは後三条天皇の親政の際に活躍した官僚で記録荘園券契所(きろくしょうえんけんけいじょ)、雑訴決断所(ざっそけつだんしょ)の設置、宣旨枡(せんじます)の使用などを打ち出した。大江一族は代々学者の家系で朝廷の書庫を管理するなど博学な者が多いが藤原摂関家が君臨していたので長く出世から遠ざかっていた。そんな中藤原道長の子の頼通が摂関政治に必要な要素である天皇との姻戚関係を築くのに失敗し藤原氏の影響力を受けない後三条天皇が誕生。後三条天皇が摂関家からの影響力を受けないために藤原氏以外から頼りになる官僚を探す際に秀才と呼ばれた大江匡房に白羽の矢がたった。
「ん〜、大江匡房って言ったらこんなものか。でも大江って兄に仕えていた大江広元(おおえのひろもと)の方が有名だよなぁ〜。」
「大江広元?そんな御方義平様や朝長様、鬼武者様にお仕えしていましたかな?」
「んあ〜!?いや、こっちの話だ!なんでもない。」
独り言が小次郎に漏れていた。
(危ね〜!広元が仕えるのって頼朝が鎌倉入りしたあとぐらいだから全然知らないんだよな。こういうこと言わないように気をつけないと。)
義隆がそのまま問う。
「お主もゆめゆめ忘れるな。常に火急に備えてなにか手を持っておけ。絶対に自分を助けてくれる。して、どうする?上総に乗り込むか?」
「勿論だ!さっきのもあるがやっぱり見捨てるのは心苦しいしな。」
ふっと口元が緩み口角が上がる。
「なら、それでいい。それが槍仕事でも暗躍でも自分の業にただ愚直に完遂しろ。」
「ああ!皆の者、上総に乗り込むぞぉ!」
「おおーっ!」
それと裏腹に朱若は懸念を表する。
(正月には戻れるかなぁ〜?正月ぐらいふて寝できないかなぁ、、、)
上総国、故 平上総介常澄の屋敷
「おい!どういうことだ!次郎!」
「うるさいな。いちいち騒ぐな。使者を送ったぐらいで。」
「なんだと!」
二人の直垂の武士が言い争っている。
「大体兄者が跡継ぎで大丈夫なのか?私の方が絶対によかろう。」
「本性を現しおったなぁ!刀の錆にしてくれる!」
不貞腐れて叛意を隠そうともしない武士と一方で怒り心頭で今にも切りかかろうとしている新頭領とされる武士。
「伊西の兄者も印東の兄者も落ち着いてください!」
「「お主は黙っとれ!」」
「はいいい〜!?」
冷めた顔で見つめる兄弟とそれを止めようとした若武者。しかし威厳は皆無。
「八郎、無駄じゃ。気が済むまでやらせておけ。」
「だ、大丈夫ですかね?匝瑳(そうさ)の兄者。」
「八郎兄者の言い分も分かりまする。使者を送った千葉に義朝様の四男君である朱若様がご帯同で騒ぎを聞きこちらに伺うそうですぞ。」
弟の頼次が焦っている。
「やっぱまずいな。頑張って止めろ、八郎。」
「そんな無茶なぁ〜!」
情けない声を出すも兄に見放されてしまった。
「とりあえず、出迎えの準備だけでも致しますか。兄者達はこうだし、、、」
頼次(よりつぐ)が今だ争う兄達の仲裁を一旦諦めて話を振る。
「それがいいだろう。八郎、お主はなら誰を向かわせる?」
「そうですね。匝瑳兄者、私、頼次は屋敷で控えましょう。兄者達をどうにかしなくてはなりませんので。出迎えは大椎五郎(おおじいのごろう)、埴生六郎(はにゅうのろくろう)、天羽庄司七郎(あまはのしょうじしちろう)の兄者達にさせましょう。」
「それが適任だな。」
(ふう。全く伊西兄者でも印東兄者でもなくお前が上総を継いでくれればどれほど良いか。自分に自信がなくて頼りなさそうだが、八郎。お主が才に気づいておればのう。)
上総は揺れる。英傑の胎動を知らずに。
平安京、とある屋敷
「おぎゃー!おぎゃー!」
「はぁはぁはぁ・・・。」
ぐったりして動けないまま傍にいるのは、、、
「義朝様・・・。」
「うむ、よくやった。常盤。」
「とても勇ましゅうございます。」
「この子が我らの源氏の御子ぞ。」
「はい・・・。」
義朝が、子を抱き上げてじっと見つめる。
「名前は如何しよう。」
「今若(いまわか)でどうでしょう。」
「うむ、源氏縁の幼名じゃ!それにしよう!」
1153年、人知れずに朱若に新たな弟が誕生した。
名は今若丸。後の阿野全成となる赤子である。
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