第45話可能性の芽吹き、御落胤は真実と邂逅する

「んかぁ〜!戦が終わったぜぇ!これで下の弟や妹に会えるぜ!」


「お前んとこ子沢山だからな!」


そんな何気ない武士たちの会話。小次郎にはよく分からない感覚でもあった。


「そういえば、小次郎は兄弟がいなかったんだよな。」


「はい、だから羨ましくもあります。」


千葉屋敷へ向かう帰路長らく会えていない弟たちを思い出す。


「朱若様には弟がいると聞き及んでおりますが、、、」


「ああ、二つ下と四つ下だな。以外と父親(義朝)の手が早いもんだからもう増えてるかもな!」


「あ、朱若様、、、」


なんとも言いづらそうに苦笑いする小次郎に構わず朱若は呟くような口振りでこぼす。


「あいつらは案外複雑で、歪みかねない境遇でもあるからな、、、。」


「ご注進!」


「なんだ!」


駆け込む郎党に師胤が問い返す。


「上総国の上総一族が長の平上総介常澄(たいらのかずさのすけつねずみ)様、お亡くなりになったとのことです!」


「な、なに!?」


(だ、誰?)


再び波乱の火種に巻き込まれようとしていた。







「んだぁー、あだぁー!」


賑わいを見せる熱田の大社のほど近い屋敷。二人の赤子をあやす若い女性が一人。


(玄若も、蒼若様もすくすく育っておいでですが、しかし蒼若様もまだ物心がついていないとはいえ、由良様と離れてしまうとはなんとも不憫なことでしょうか。)


「ん〜、ん!」


池田御前はしきりに着物の裾を引っ張る蒼若を見ては涙が溢れそうになる。


「お水が欲しいのですね。今汲んで参ります。」


二人の赤子をその場に寝かせて外の井戸から木でできた水汲み桶を縄でたくしあげる。


「さぁ!お水でございますよ、、あら?」


「ん〜、んだぁ〜!」


「ふええぇ〜ん!」


(これは、どういうことかしら!?)


さすがに目を疑った。


まだ、二つに満たない玄若がどこから入り込んだのか、猫と対峙している。後ろで泣いている蒼若を庇うようにしてだ。


「はっ!?蒼若様。びっくりしましたね〜。」


不思議そうに見つめていたが我に返って抱き上げて泣いている蒼若をどうにかあやす。

まだ、警戒しているのか玄若はまだ興味無さそうに寝そべる猫をずっと見つめている。


(この子が無意識で蒼若様を守ってくださったのですね、、、)


「ありがとうございます、立派ですよ。玄若、、、。」


何か熱いものが込み上げてきて思わず玄若を抱きしめる。


「ん!ん!」


それに応えるように誇るように唸る。


「きゃは!きゃはは!」


水桶で湿った手を玄若の頬にぺちぺちと叩く蒼若。しかし不快にするような様子もなく涼しそうに玄若も目を閉じてボッーとしている。


「二人は助け合っているような素晴らしい存在になのですね。」


ここでふと由良が鎌倉に行く直前に言った言葉がよぎる。


『この子達は兄弟や双子のような関係を取り払って自由で互いを必要とし合うように育ててください。』


玄若は生まれこそ蒼若より二年早いが源氏の家族として公式に認知されたのは蒼若よりあとであるため蒼若が五男で玄若が六男となっている。


(歳や兄弟の順番が少し歪だからこそ諍いが起きやすいことを憂いた由良様がいっその事二人を兄弟でも双子でもない自由で大切な関係になるように育てて欲しいという重役を妾に過ぎない私にお与えなさった。最初は不安だったけど、、、でもお二人はその通りとてもよく育っておいでです。)


源氏は血縁相克を何代にも渡って繰り返してきた。だからこその懸念を実際に味わっている義朝と子どもに目がない由良が力を注いでいる。しかし、その二人を押しのけある一人の人物が浮かび上がる。


「聞けば、玄若?あなたを見つけてくれたのは朱若様だそうです。あの方は兄弟の中で一際兄弟愛を大事になさるようですからね。あなたと会った時も鬼武者様とともに打ち解けてくださりましたし、坂東でも目覚しい活躍をなさっておいでです。」


朱若の機転で警戒していた鬼武者も上手く玄若と接することができた。


「気づけば朱若様が何もかも助けてくれていたのかもしれませんね。あなたも朱若様のような立派な兄上様を見習って立派に育つのですよ。」


「んん〜、きゃきゃ!」


「蒼若様もきっと凄い御仁になれますよ!」


自分もだと存在感を示すように腹をポコポコと叩く蒼若と膨れ面でふてぶてしい態度の玄若がより一層愛しく感じる。


「お二人は何があっても私が守りますからね、、、」


ギュッと二人を抱きしめた。















常陸国、下館(しもだて)、


「俺が、、、源氏の御落胤、、、。」


「はい。あなたは歳だけで見れば今年で九つ、三番目の男子です。四郎殿。」


とんでもないことを告げられた。


「由良様の言う通りです。すまぬ、お主に今まで隠していて。」


「いいえ、父上にはこれまで俺を大事に育ててくれた御恩がございまする。それにそれを知っていながら朝綱兄上も俺に良くしてくれました。感謝してもしきれない。」


一部始終を暖かい目で見守る由良は兼ねてより朱若の建言よりこの八田に忍んで来ていた。勿論藤原親政に張り込みを済ませた風魔小太郎飛影の指揮のもと厳重な風魔党による警備体制である。


故に朱若はあまり風魔を動かしての工作が信太合戦において完全には出来ない状態にあったのである。


「あなたにはこれより白若(しろわか)と名乗ってもらいます。あくまで源氏全体では未だに表向きに源氏の子とは言えませんからこれからもし義朝様にお子がお生まれになったらあなたは最も下の兄弟の扱いになりますがよろしいですか?」


「それは俺に下館を出て源氏を名乗れと申されるのですか?」


「これ、四郎。」


慌てて武士が制そうとするも由良が手振りで止める。


「正直そうして欲しいですが、そこはあなたを尊重するべきだと思っています。ただ、そうしたいなら二つ条件があります。」


「条件?」


由良は指を二本だけ立てる。


「一つは私達と家族として接すること。私のことは母と呼びなさい!そして大いに甘えなさい!」


例の少年のみ戸惑っているが、胸を張ってのドヤ顔に周りは畏まることも忘れて微笑ましい雰囲気になっている。


「わ、わかりました、、、。義母上、、、」


「はい!よく出来ました!」


頭を撫でる由良。いきなりあった義理の母親にこうされては赤面を禁じ得ない。


「でも残念ね〜。まだみんなも前ではできないから。」


「少しよろしいですか?」


「何かしら?」


少年の兄、今の事実からすれば義理の兄が由良を呼び止める。


「誠に恐縮ではございますが、『白若』とは一体どのような意味で名付けられたのでしょうか。」


「そうですね。私の子である四男の朱若とその下の五男の蒼若、そして六男の蒲玄若、彼らには四方神獣の名にあやかり色を名前に入れて名付けています。朱若なら朱雀、蒼若なら青龍、玄若なら玄武ということです。なら四郎殿にも例え源氏の人間として生きていかなくても源氏の血筋であることを忘れてはなりません。故に最後にまだ使っていない西の神獣である白虎から白の字をいただき、潔白で清らかに生きて欲しい。そう思って白若と言う名を与えました。」


「なるほど、そこまで考えていただけるとは誠に感動の極みにございます。」


「正直のところ義朝様に任せてしまうとろくなことになりませんからね。知っていて私も押し通されてしまうので、、、」


事実を知らない下館の武士達は由良の赤面する理由が分からない。


「それはそうと、早速鎌倉まで着いてきなさい!京にいる義朝様や鬼武者たちは無理ですが鎌倉にいる義平殿と朱若には御目見できますから。」


「え、そんないきなり、、」


「いいから来るの〜!」


「あ、はい。」


駄々を捏ねても許される可憐な由良に一同押し通されるのであった。




(しかし、俺が源氏、、、。やっぱりいまだに頭が事実に追いつかないな。)


「それと、もう一つは兄弟で仲良くし合うこと、理解し合うこと、助け合うこと!そのための鎌倉よ!」


「は、はい!義母上!」


交わることの無い数多のうちの一つにずぎなかった運命が今、動き出す。

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