第44話至上の策、武韜顕現、新たな夢

「はぁ!はぁ!やぁ!」


馬上の師胤が馬に激を飛ばす。それに同乗する朱若は隣でこれまた季邦の馬に同乗する小次郎に声を張る。


「小次郎!あとどのぐらいだ?」


「あと、一里程です。まもなく着きます。」


(六韜三略の真髄とは言っていたが、どういう策なんだ?見てのお楽しみ的なことを言ってはいたよな。)


含みあった小次郎の宣言に半ば疑いと確信がいり混じりながらもしっかりと前を見据える。


「見えた!信太屋敷だ!」


「よし!って、あれ?敵は、、、ッ!?」


「なぁ、、、!?」


目の前に広がる光景に絶句する。


「お、おい、全兵は二千って言ってたよな、、、。」


目配せした季邦は軍勢を見つめたまま目を見開き首を縦に振る。


「なるほど、三千はいますね。」


「だ、大丈夫なのか?今にもこっちに向かってきそうだが、、、」


「さぁ?どうでしょう。」


「そこは大丈夫だと言ってくれ!」


前を見たまま余裕そうな小次郎は竹水筒の水をすすっている。


しかし、いつまで経ってもこちらには攻め入ってこない。目をギラギラとさせて朱若たちの首をお金かなんかのようにしか見えていないようだ。


(なぜだ?前みたく領土拡大やら大功やらで後先考えずにこちらに突っ込んで来ないんだ?)


「狼煙の用意を。」


「ああ、例のやつですか。」


小次郎の指示に半ば戸惑いながらも準備を始める師胤の侍従たちは木や藁を持ってきて竹筒のようなものを刺す。


「おい、いつもの間にあんなものを!」


「あなたのおかげで立ち直って現実の向き合うと決めてから既に私の戦は始まっていたのですよ。兵家たるもの常に準備を怠らないのです。」


どこか楽しそうに笑っている。先程とは想像もできない。


「もう、大丈夫そうだな、、、。」


「なんか、言いました?」


「いや、なんでもない。続けてくれ。それにしても、、、気づかれたみたいだぞ!?」



「来たぞぉ!千葉の援軍だァ!」


「逃がすなぁ!討ちとれぇ!」


固まった陣から堰を切ったように騎馬武者達が打って出てくる。


「やばいやばいやばい!めっちゃ来てるって!?」


小次郎は微動だにしない。横でただただ焦っていることしか出来ない。


「お、おい!?本当に大丈夫なのか?お前に信じて任せているから俺は何もしないからな!」


既に相手の薙刀が一寸先届かない距離まで迫る。


「げっ!もうここまで!?」


着々と組み上がる狼煙上げの装置。そして明けたばかりの空を見つめる。





「始まりますよ、、、」




狼煙に目線を戻す。


「狼煙をあげてください!」


「はっ!点火せよ!」


木や藁に火がパチパチパチと燃え上がりモクモクとした白煙を生成する。


ヒュルルルルルル〜、、、ポンッ!


高らかと上がった狼煙が頭上の遥か先で弾ける。


「「「「「おおおおおおっー!」」」」」


目の前の相手の陣が騒がしく動き始めた。そのまとまりを崩しながら。目の前に広がるありえない光景が朱若の視界を塗りつぶす。


「て、敵が、、、引いていく!?」


周りの武士たちも状況が飲み込めていないのか敵に対して構えることなく目を見開いて奥を凝視したままだ。


「さっきの歓声は、味方でも目の前の敵でもないのでしょうか?」


「はてさて、不可思議だのう。」


狼煙が上がった直後に地響きを起こすような歓声がはっきりと聞こえてきた。それもかなり近くから聞こえたように錯覚させるほど大きい。


「大叔父、季邦。何が起こったかわかるか?」


先程それぞれ困惑を口にした二人も首を縦には振らなかった。


「一体、何が起こって、、、ん?あれは、、、。」


遠くに群れたつぶつぶとした何かを捉える。


「な!?なんであんなものが、、、」


朱若が見慣れた一反木綿のようにたなびく濁りなき旗。それが示す色はただ純粋な白。


「お気づきになられましたか。」


隣で小次郎は前を見たまま応える。その顔には微かに笑みを伺わせる。


「気づくも何も、、、間違うはずがない!あれは『源氏の白旗』だ!」


「その通りです。」


短く応えると霞ヶ浦の対岸を指さす。


「常陸国領家藤原親政はが千田荘(千葉県北東部多古町)にいるのはご存知ですね?」


「確か、千葉から東に行ったあたりか?三崎(銚子)よりも手前だよな?」


千葉屋敷で下総から常陸にかけての地図を見たのを思い出す。


「最初からこの戦おかしかったのです。なぜ我々の東側にいるはずの親政が攻めてきたはずなのに二千を越える武士が霞ヶ浦全域にかけて包囲してくるのはどう見ても不自然です。」


(確かに対岸から信太荘を逃げ道一個残して完全包囲するのは親政の千田荘の兵数だけでは難しいな。)


平安時代だからという視点を現代人だから持てている朱若にしてもこれ程短時間かつ、数多の兵を自領から広域に包囲展開するのには無理がある。できたにしてもそれは戦国時代で分国法があり領国で纏まり持つ有力な戦国大名、さらにその中に名将でもいなくてはできない。


「それに千田荘方面からは東にわずかな兵が包囲に加わる程度でその数は二百ほど。千田荘は米どころです。展開できる兵はその五倍はあるでしょう。」


「五倍、、、千はだせる。けど出してない。じゃああの兵は!」


「ええ、恐らく親政の兵では無い。」


「だとしたらあの兵はどこから、、、。それに敵が引いたお前の策といったいなんの関係があるんだ?」


「霞ヶ浦全域に包囲できる兵数。親政はまずは霞ヶ浦より北に所領を持つ武士達をけしかけたのでしょう。霞ヶ浦の水運を信太をとれば利用出来ると。それが一族伝いに周辺地域に広がり西と東の僅かな武士達もこの動きに便乗したと考えたほうがいいでしょう。ならばその弱点をつけばいいだけの事です。」


「弱点?」


数、陣容見ただけだと明らかに太刀打ちできるものでは無い。それでも小次郎はある活路をしっかり見据える。


「前だけを見る者共は背中ががら空きなのですよ。」


「そ、そうか!その後ろにいる相手に、、、」


「はい、今なら霞ヶ浦の北側は取り放題であると。」


要するに挟み撃ちというわけである。


「ん?でもそんな得する奴いるのか?ましてや白旗って事は源氏に連なることは間違いない一族だ。常陸にそんなやついたって?」


「奥七郡の源四郎隆義(みなもとのしろうたかよし)に頼みました。」


「ん?そいつの祖父って確か『義光(こう)』書いたりしないか?」


地面に義光という感じを書き示す。


「ああ!そうですね。確か、上野の荒加賀入道(よしくに)と常陸の覇権を争って勝ち取った八幡太郎の弟君です、、って!?なんで涙目なんですか!?」


「まざが、ぞごでぞの名前をぎくごどになるどはな、。」


禁断症状とはこのことだ。滑稽な場面に出くわしたように季邦が変わって話す。


「我が父の荒加賀入道義国は朱若殿にとって精神的外傷なのです!」


「な、名前を出しただけでも?」


「はい!」


朱若の背中を擦りながら季邦は元気に応える。





しばらくして朱若の様子も落ち着いてきた。


「ふぅ、話を戻すか。奥七郡の源隆義は本拠地はどこなの?」


「金砂城(かなさじょう)ですが。確か佐竹郷(さたけごう)が発祥と聞きますが。」


「ふぅん?佐竹ね、さたけ、さたけ?佐竹ッ!?お前佐竹と組んだの!?」


「ええ?ま、まあ佐竹は場所なんで組めませんがそこ発祥の源氏とは組みましたよ?」


(間違いない!これは、、、あの佐竹一族!戦国時代で佐竹義重(さたけよししげ)を輩出した約千年もの間勢力を保ち続けた名族!確か源義光と同じ先祖に持つ甲斐源氏武田家とは別で勢力を伸ばしたんだよな。平安末期と鎌倉初期は色々な戦国武将のルーツが存在するからなぁ。少しばかりの興奮はしてしまうな。あいつに鎌倉の御家人の事調べさせられる前は元々は戦国武将が好きだったせいもあるけど。)


「いつもこうなのですか?」


「結構な頻度ですよ!」


朱若のにへらにへらと変な擬音語でもつきそうな薄ら笑いに小次郎は季邦への意見を求めた。


「すまん、失念していた。」


最後に聞こうとしたこともまだ残っている。この会話の要旨とも言えるが小次郎個人への確認に等しいか。


「追撃、、、しなくていいのか?」


「ええ、言ったでしょう?六韜・三略の真髄を見せると。」


「言ってはいたけど、結局その真髄って何なんだ?」


意気込んで小次郎が言っていた事を思い出す。ただ、その大事な部分だけはしっかりと明言していない。


「六韜・三略のうちに武韜という至高とされる書物があります。その書が掲げる命題、それは、、、」


『戦わずして勝つ』


飲み組むことの出来ない大きなものを無理矢理自分の中に押し込む。小次郎からはそんなものと同等に朱若は見えた。


「お前は、、、それでいいんだな?たとえあいつらがお前の父や郎党、領民を殺めたとしても。」


「もういいのです。彼らだって生活があります。そういう恨みとかだったりもなくも無いですが、そんな事したらその連鎖は永遠に終わることはありません。父も望んではいないでしょう。」


迷いは、、、無かった。目もよく澄んでいる。


(偽りはないんだな。)


「お前が、俺の軍師になってくれたらな、、、」


「え?」


「いや、なんでもない。」


後ろへ戻り師胤の馬に乗せてもらう。


「小次郎、信太はこれからどうする?お前が治めるか?」


「その事ですが、ある男に譲ってくれと話が来ていまして。」


「へえー?ちなみに誰?」


「源三郎先生義範(みなもとのさぶろうせんじゃよしのり)と、、、」


聞いた事ないがどうやら源氏の名を冠している。


「む、そやつの名は!」


「そんな人いたぁ?」


義隆は何か気づいたようだ。


「六条判官(為義)の三男でお主の父義朝の弟じゃ。つまりお主の叔父ということになるな。大蔵館におる義賢とは同じ腹の兄弟で仲も良い。」


「俺達に敵意はある?」


「ないな。恐らく、都を捨てて地方にて独自の勢力を得たいのだろう。今は放っておいてもよかろう。いずれお主が従うように楔でも打てばよかろう。」


「ええ、俺が叔父さんを顎で使わないといけないの?」


現代から見れば酷い構成図の絵が思い浮かぶ。


「お主は嫡流ぞ?それぐらいしなくてはならんぞ?」


「わかったよ、、、」


半ば押し切られた中で師胤が耳打ちする。


「そろそろにござる。」


「わかった。」


改めて小次郎に振り返る。


「そろそろ、鎌倉に戻らないといけないから帰るわ。達者でな。」


馬首を南へ向けて歩き出す。


「お待ちください。」


「?」


「あなたの目指す物は何なのでしょうか。」


再び視線が対峙する。朱若の目指す物、それは少しだけ、、、変わった。


「みんなが畳の上で死ねる世の中、、、かな?」


「ッ!」


「行くぞ。」


馬を動かそうとした刹那ー


「信太小次郎ッ!ただいま、領地を失い!文無しにござる!」


「小次郎、、、」


周りの馬が怒号に恐慄く。


「されば、源氏嫡流源朱若様の軍師としてお仕えしとう御座います!」


「・・・」


膝と手をつけている。


師胤は涙する。


(それがお主の覚悟か、小次郎殿、、、。)


黙ったまま近くに寄り肩を掴む。


「その決断に後悔はないか?」


「ありませぬ!」


「俺の夢に賭けてくれるか?」


「死なない程度には!」


不遜な返事に武士たちは静まり返る。ただ一人以外、、、


「それでこそだ。行こうぜ、小次郎!」


「はい!」


もう少年は諦めることは無い。新たな夢に出逢えたから、、、





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