第42話重きを背負う者達

「あれは、、、明けの明星。」


日の出前の橙(だいだい)に染まった空の上にはまだ真夜中に燦然と輝く星々が数多あり、その中でも月とは違う白き光を放つ金星がそれらを霞ませるように映える。


「朱若殿、僅かな数よろしければ風魔を貸していただけませんか?」


「いいぞ。思うがままに動かせ。」


しばらく小次郎が風魔達だけと話し、すぐに彼らは姿を消した。


「では、進軍致しましょうか。」


「たったそれだけの指示でよかったのか?」


すると小次郎はニコッと笑って応じる。


「ええ、もう策は成りました。我々は彼らの前に現れるだけで良いのです。」


「?よく分からないけどなんか凄いことが起きそうなのは分かった!よし!皆の者!信太に向かうぞぉ!」


「おおッーー!」



明星も薄れる頃、明けきらない空を北へと駆ける。馬上で小次郎は煮え切らないものと未だ対峙していた。隣の御曹司、突如として自分の前に現れた異彩児。


『お前はどうしたいんだよッ!小次郎ぉッ!』


身体が未だに覚える痺れ。いや、そもそもあのように頬を叩き、自身に喝を入れようとする人間なんて居なかった。対して向けられるのは羨望、畏敬、賞賛、それだけだった。母を亡くして以来、父だけが自分にかかる重みを心配してくれたことだけが自分が奢らず高慢にならなかった命綱だった。だから、常に争いの耐えない常陸国の真ん中に位置する信太を守ろうと必死な父を助けようと先祖(将門)が都である人物から譲られ遺した『六韜三略』の知識を得るために長らく廃れてしまった漢文の解読に勤しんだ。


だが、蓋を開けてみれば大事な時に守れなかった。兵書の中には確かに打開策はあった。単純な話だった。経験不足。ただ戦をすることは山賊などを平らげることとはわけが違うのだ。いざ、追い詰められると自分の身体は動かなくなった。そして、父は自分の何かを悟ったかのように身代わりとなった。


『自由に生きて欲しい』


父の口癖だった。父は信太の未来を繋げるために、自分が信太(ここ)に縛られないように師胤殿を養子にして相馬に組み込んで貰おうとした。自分が信太にこだわる憂いを完全に無くすために。


戦の前、自分の身の振りを朧気に考える程度だった頃に冷たくあしらった時には想像もつかない。目の前にいる、同い年の少年の大きさに。


「朱若殿、」


「なんだ?」


すぐ横を互いに同じように武士の前に乗る格好で馬に跨り駆けている。その少年は全く信用しきった自然な顔で、手網片手にこちらを向く。


あの時自分の虚ろを晴らした激。今と言う『最悪』を真正面から見つめる為に正気を引きづり戻したあの張り手。


「あの時、なぜ周りに敵が集まって来るのを知っておきながら、あのような大声で私を叱ったのですか?」


「ん?そうなの?」


「・・・。」


あまりに素っ頓狂に返され次の言葉が上手く変換できない。


「でも、なんとなくだよ。どっかで分かってはいたんだ。ここで叫んだら何人かは騒ぎを聞きつけるだろうって。いや〜でもまさか包囲した二千の相手の兵のうち五百も来るとは思わなかったよ〜。」


(だ、大丈夫なのかな?この人、、、)


しかし、おどけた朱若の揺れることない凪のような声で安堵混じりにこぼす。


「あの時は俺が必死になって興奮してたって言うのも否めない。それでも、俺は後悔しない。あの時のお前はどんなことをしてでも止めないといけないと思った。お前が、、、悩むことをやめようとしたから。」


「!」


「生きていたらそりゃ、考えたく無くなることや辛いことだってある。現実逃避するなら別にいいって思ってる。逃げる事を考える事も時に大事だ。ていうか、常に俺はそれが大事だと思ってる。」


そこで何故か。胸を張る朱若。分かっていても僅かながらに危ないシンパシーを感じる。


「だけど、それすら考えるのを辞めるのはダメだ。悩むことで人は何かを乗り越えようとして、もがいたり、苦しんだりする。人は自分の意思だけでしか行動できないんだ。それを辞めてしまったらお前は人間としての何かを文字通り失う。相手に思うがままに嬲られ殺される。生きるということを放棄してるんだよ。俺は面倒くさがりだ。だけど、一生を面倒くさがる奴を絶対に許さない。」


(私が生きるのをやめようとしたから、、、あそこまで激高した、、、)


目の前でそれを語る少年がどこかに背負いきることの出来ない何かを常に抱いて生きているような、そんな重みを感じずにはいられない。


「まあ、とりあえずは両翼を予め別働隊にしていたのは念の為だったけど良かったな。一応助かったわ。」


「ッ!?もしやあそこで敵とぶつかることを見越していたのですか!?」


「いや、完全にそこってわけで詳しく分かっていたわけじゃないけど、小次郎が南の相馬荘に向かって逃げていることが分かっていた時点でだいたいの検討をつけただけだ。」


(確かに、そうなると合点がいくというものだが、、、やはり、伏せ勢を上手く使う武士は日ノ本にはいない。いや、いたとしてもほんのわずかだ。確かに、兵法は完璧ではないけど、理解している!隠れて弓矢で倒すのはお粗末で些細なようにも見えなくもない。そもそも兵法を用いた戦略を使うこと自体少ないのにたった僅かな情報からここまでの予備策を用意してくるとは。この人は、、、強いぞ。)


「朱若殿、私は、、」


「おっと!そうか、この戦が終わったら自由に静かに暮らすんだろう?俺からも僅かながら金を送らせてもらうよ。信太の復興も兼ねてな。」


遮るように朱若が今後のことについて話す。


「そうだなぁ。暇なら色々と兵法についても教えてもらいたいしなぁ。たまには話ぐらい聞きに来てもいいか?」


(この人はもう勝ったつもりでいるのか!?たった進軍するだけでいいと言った私をそこまで信用できるというのか!?)


「貴方は、、、どうしてそこまで私を信じることができるのですか?」


不意に頭から口へと変換された疑問。最初は「しまった」と思ったが、誤魔化す間を与えぬまま朱若はかく言う。





「背負った物が大っきい奴の苦悩なら、結構知ってる自信があるからさ、、、。」


(そうか、ようやくわかった。源朱若という人間が見つめているものが、、、)


(私たちは、、、似た者同士だ。)






「なるほど、それは不本意ですね。さぁ、行きましょうか!信太に!」


「おい!?今むしろ俺の方が不本意なこと言われなかったか!?」


(今は目の前のことを考えよう。それが終わったら、、、)


常陸国から望む太平洋には既に朝の光が灯ろうとしていた。





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