第38話眠れど龍に死角は非ず、憩い

「また失敗だぁ〜!」


「そろそろ、諦められては?」


「いや、まだ諦めるには早い、、、!」


朱若の唸りに対して季邦が諦めを勧めるのもそれなりに納得出来る理由があった。


「次でもう三回目ですぞ!?これほど苦労するなら正直切り替えるべきですよ!早くかえって魚を食べるほうがよっぽど有意義ですぞ!」


「それは、お前の食い意地だろうが!」


あれから手紙を送っても何かと言い訳をして会ってくれようとはしなかった。


(何度も自ら逢いに行くのが賢者に対する礼儀だ。)


三国時代に蜀を興す劉備が諸葛亮(孔明)を軍師として召抱えるために三度もその足で訪れた『三顧(さんこ)の礼(れい)』という故事があるぐらいだ。


「そう思ってきてみたが、時機がまずかったな。」







「たのもー!痺れ切らして来たぜ!」



「手紙を出すだけに飽き足らずまた来ましたか、、、」


もはや、痛快なまでの迷惑顔でこちらを見ている。


「俺は諦めてないぞ!坂東に来てからこういう思い通りにいかなかったことは数え切れないほどあったからな!」


「はぁ〜、白湯でも飲みます?」


「ありがたく。」


最初は信太荘に行く師胤について行くだけであったので実の所この男児に逢いに行くためのものではなかった。


しかし、あの武士達の面前での行動を見てから是非登用したいと手紙を何十通も送り、既に二回も自ら訪れ断られた。


断りはするが別に門前払いをするほど酷い訳でもなく、来たら屋敷にあげてくれる。


「本当に貴方も性懲りなく来ますね。」


「そりゃ、文面だけではその人がどのような顔して言ってるのか分からないし、何度も出向いて自分で話さないと相手に自分がどれほど真剣なのか伝わらないからな!」


そうだ、前世でも仕事では誠実であることを朱若もとい前世の自分の中で大事にしていた。


「それに才能のない俺にはそれぐらいしかないからな、、、。」


「・・・。」


何かに引っかかったのか場が静まる。


だんだんだんだんだんだんッ!


「若様ァ!また奇襲にございまするう!」


「そうですか。よいしょ、、、」


「行くのか?なら俺達も一緒に、」


ついて行こうとすると手で制した。


「大丈夫ですよ、すぐ終わりますからここでのんびりくつろいでてください。」






「行ってしまいましたね!」


「なんか全然余裕そうだったけど、、、」


白湯をすすって十分ほどボーッと寝転んでいる門の方が騒がしくなった。


「おい、もしかして、、、」


「ええ、ひょっとすると敵が来たかもしれません。」


「くそ、こっそり門まで行って抜け出すぞ。」


さしあし忍び足の要領で音を立てずに屋敷の門に向かう。この様子では勝利は不可能に近い。ほとんど絶望していた朱若達が門の目の前から死角になる屋敷の裏から様子を伺おうとした時に見た光景は常識を逸脱していた。


「これは、、、死体!?数十人ぐらいが沢山積み上がっている!?」


「し、死体が山を成していますぞ!」


「おやおや、客人を心配させてしまうとは私もまだまだですね。」


朱若と季邦が驚いていると飄々とした口振りで男児は武士が乗る馬に一緒に跨っていた。


「この程度の野武士程度半々刻も必要無いですよ。」


(いや、三十分どころじゃない!俺達の元から退出して十分、二十分そこらでこの惨状、、、)


「一体、、、どんな手を使ったら、」


「種は簡単ですよ。村全体に落とし穴などの単純な罠を各所に仕掛けてるだけですよ。当然百姓達には説明済みですので確実に避難してもらってます。」


「それにしても百姓達への伝達が異常に早いですね!」


「村々に危険を知らせる鐘を設置していますからね。」


遠く指さしている方向を見てみると物見櫓のような簡易的な高い建造物の上に鐘と木槌があるのが見えた。


(画期的だ、、、。江戸時代で火事を町人達に知らせる時によく見るような感じのやつだな。いや、むしろ小競り合いが頻発してるならそれに似た者が出てきてもおかしくないか?)


「しかし鐘を鳴らす者はどうするので?」


「あそこからここまで伸びる長い綱があるのが見えますか?」


「ムムムッ!」


季邦の指摘に関して男児の言う通り目を凝らして探してみると一本の引き締まった綱がここまで伸びている。


「あの綱に穴の空いた両手が掴まれる取っ手を取り付けた特殊な金具を用いてここまで綱を滑る要領でここまで早く来れます。」


「す、凄い、、、。」


一人残らず拾い上げるような完璧な施設運用に思わず感嘆が漏れてしまうのはしょうがないと言うしかない。まるで人間ロープウェイのようだ。命綱や大きめの網までついているから力がなかったり、身重の女性でも素早く移動できる。


「それはそうと、これから死体(これ)の処理をしないといけないので今日のところはお引取りを。」


「「・・・。」」








「にしても、凄かったな。」


「ええ、全くです。私も朱若を見た以来の衝撃が走りました、、、。」


(いや、むしろこの時代にいるやつが『先を知っている』俺の驚くような物を作ること自体が既に時代を凌駕するほどの天才だ。最初はあの仙女の一件から同じ未来からの転生者か期待したけど、平仮名を書いて見せたら目を輝かせて物珍しそうに見ていたから有り得ない。)


平仮名を知らないということは貴族としての高等教育は受けていないことを表す。すなわち現代で平仮名を教育されている転生者や貴族との関わりを持つものでもない限りは平仮名は書けないし、好奇心も抱かない。つまり信太の子どもは普通の『天才』なのだ。


(むしろこれぐらいのやつが歴史の舞台裏で燻っている方が不思議だな。もしかして俺のせいで少しだけ歴史の小事にイレギュラーが発生したとか・・・?)


「なんにせよ、また失敗かあ〜。」


田んぼの土手に倒れ込み寝そべるような体勢になる。


「こらこらぁ〜!こんな村にそんなだらしのない顔は似合わないよ!」


「ん?」


上から声がしたので首を反らせて見上げるように頭上を確認すると一人の百姓の少女がいた。


(同い年ぐらいに思われてるのかなぁ〜、まぁ精神年齢意外は六歳なのは間違いないが。)


「ほら!これあげるから!」


「ん?いいのか?食べても。」


差し出された赤い実を口に放り込む。


「甘ッ!美味しい、、、」


「へへ〜ん、おっ母と一緒に採ってきた野いちごなの!美味しいでしょ!」


「ああ、本当に。ありがとう、ちょっと元気出た。」


「ならよかった〜!私はおっ母のお手伝いしなきゃ!じゃあね〜!」





「この村、いつも豊かで来る度に百姓達がみんな笑っていますね。」


この村があの男児の政策のお陰で豊かになっているのが事実だとしても今ここでそんな難しいことを考えるのは野暮だ。

今はただ、駆けてゆく少女の後ろ姿と笑顔で汗を流して働く百姓達を見て確信できる。


「ああ、本当に良い村だ、、、。」


理想の村・・・だった。

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