第37話龍の眠りは未だ覚めず
特にこれといって変わっている部分はなかった。
「普通の村だな。」
信太荘。平将国が天慶の乱での影響で追捕使(ついぶし)・押領使(おうりょうし)から逃れるために頼った乳母の故郷であり、その子孫が代々伝える土地である。
(にしても『臥龍』とは大した言われようだな)
『臥龍(がりょう)』とはそのまま臥す龍という意味であり、水面で静かに眠っている龍の事だ。それが転じて大成する時を待っている賢人と言う意味になった。中華ではこれを諸葛亮孔明(しょかつりょうこうめい)に対する固有名詞としても扱われる。
「そこまで言わせる程の逸材、、、。俺としても兵法の有名どころをいくつか知ってるだけで結局は紛い物だからな。」
「確かに、天才というのは気になりますが、そこまで兵法とは必要なことなので?」
師胤はどちらかと言えばおおらかで武人肌という感じを思われる印象だ。やはり、この手の質問をしてくるあたり義国達と同じ匂いがする。
「まあ、いずれ分かるさ。」
「は、はぐからしましたな!?」
意外と好奇心旺盛だ。季邦が成長したらこうなるような気もしてくる。
「ぼへぇ〜〜〜。」
(おい、こちらが想像に浸ってんのに、本人がボーッとすんなよ、、、)
そんなことをしている間に少しだけ小高い丘の上に建っている屋敷についた。
「ここに御座る。」
「入ってもいいの?」
「はい、大丈夫です。」
門をくぐる。
「止まれ!」
「ん?どうした?」
どうやら様子がおかしい。
「貴様、源氏の御曹司か?」
「間違ってないけど、、、」
ギイイインッ!
「なぁッ!?」
朱若の目の前には研ぎ澄まされた刃が光っていた。
「・・・、どうゆうことだ。」
問いかけても武士たちは今にも襲いかかって来そうな殺気をたてている。すんでのところで耐えかねているように見える姿はまるで鼻を鳴らして荒ぶる牛である。
「お待ちくだされ!この師胤がしっかり話をお通ししたはず!何故この仕打ちをなさるか!」
師胤も驚いて声を上げる。
「師胤殿!こちとて分かっておるわ!しかし、、、この者はあの経基の末裔ッ!我々は将門公を嵌めた臆病経基(おくびょうつねもと)の源氏が許せぬのだぁ!」
(おいおい、ここに来て武士の暴発か?上からの命令かも分からない。どう動けばいいのか検討も出来んな。)
冷や汗がしたたる。今回は藤原親政の襲撃とは違い周りは武士たちが住む屋敷が密集している。囲んでいる規模が違うのだ。
(二十、、、いや、三十強。現状俺達は師胤と荷物持ちの郎党一人に季邦の四人、俺に関しては武士一人を相手にするのがやっとだ。ここを抜けるのは、まず無理!)
押し通るなら相応の結果を覚悟しなければならない状況で武士たちが何故か怒りを堪えて留まっているのが不思議な感覚に陥らせる。
(とにかく、ここで力押しは禁じ手だ。それに武士達にもここまで怒る因果があるのが気になる。相手の癪に障ると一貫の終わりだが、、、イチかバチかだ!)
「将門を経基が嵌めたぁ?一体先祖が何したって言うんだ?そもそも、俺に先祖のいざこざなんて知ったこっちゃあねェー!その筋肉で埋め尽くされた足りない脳みそで、刀よりも頭を動かしやがれよ、この猪どもがぁッ!ひゃははははははははー!!!!」
(我ながらすごい悪役がバチハマりだな。クズだわぁ〜。)
「なんだと、貴様!お主の先祖の経基が勝手に坂東武者達のために立ち上がった罪の無い将門公に怯えて朝廷に追討するように言ったのを俺達は忘れぬッ・・・!」
(なるほどな。なんで怒ってるのか分かった。要は俺の先祖が将門の乱で色々やらかしたのか。これで理由は知ることができたな!でも、、、)
目の前にはもはや清々しいまでの濃密な殺意のバーゲンセールだった。
「殺す・・・」
「殺ろしてやる」
「ぶっ殺すッ!」
「破壊する。」
「殺せぇぇッ!!!」
ヒュン!
「相手の癪にも障ってるう〜ッ!?」
(ていうか一人だけ違う意味でおっかないやつがいるんだがッ!?)
間一髪達を背中を逸らしてギリギリ躱す。しかし、避けたところで次々に新しい絶命に等しい光が迫ってくる。
「おわッ!おわわわわわッ!?クッ、、、!」
(まずい!今の切り込みで周りの武士たちも呼応してる!)
「殺られっぱなしはしょうに合いませぬ〜!こうなったら〜」
「季邦!やめろ!刀を抜いたらダメだ!」
「え?ええ〜!?」
当然刀を抜いて応戦しようとする季邦に抜刀を禁じたので戸惑いながらも刀を抜かずに避けていた。
(師胤は、、、どうやら狙われてないみたいだ。恨みがあるのは源氏だけってか?なんにせよ刀を抜いた時点でこいつらと最期までやり合わないといけなくなってしまう。こちらに戦意がないことを示さないと、、、俺達に命は無い!)
衰えることなく無数に閃き朱若を襲う。
キィンッ!!!
「ぐ、、ぐぅッ!」
鍔迫り合いになるが体格差で圧倒的に負けている朱若は押し込まれる。
(や、やばい、、、!刀がもう、目の前に、、、ッ!)
ガラガラガラ〜ッ!
「ん?あれ?君達、、、一体何してるのかい?」
突如奥の扉が開き頭をかきながら朱若ほどの背丈の子どもが出てきた。
しばらく目の前の喧騒を見渡す。
「んで、この状況はどうなっているの?」
「小次郎様!こいつらはあの憎き源氏の小僧です!それをここで成敗いたそうと思い至った次第です!」
「・・・。」
少年は血走った目で言上する武士をしばらく見つめる。
「小次郎様、ここで長年我々が背負ってきた宿縁を果たすときです!こやつらを討ち取る下知を!」
「小次郎様!」
「小次郎様ぁ!」
「血祭りじゃあー!」
続けざまに進言する武士たち。その場の注目が少年に集められる。緊張の糸は今にも切れそうであった。
切れるはずだった。
「ふああああぁぁぁ〜、眠い。」
「「「「「「ッ!?」」」」」」
眠そうにする少年はどこか澄んだ顔をしながら手を差す。
「こ、小次郎様、、、?」
「私は眠いから、手短に済ませたいのですけど、、、君達は何故彼らを殺めようとしたのですか?」
「それは、、奴らが憎き源氏の縁の者だからで、、、」
「じゃあ、経基の臆病が朝廷を動かしたと言うなら、将門のお人好しが自分の身の滅びをよんだというわけです。つまり因果応報、これでよいでしょう?彼らとの間に因縁は存在しません。所詮は先祖での因縁です。我々がそれを引きづっていては負の連鎖は終わりませんよ?」
武士たちが黙り込む。それでも一人だけ臆すること無く返す。
「しかし、それでは我らが先祖に顔向けが、、、」
「六韜・三略がうちの上略より、『国を滅ぼし家を破るは、人を失えばなり。』、、、。」
「ッ!?」
(まさかッ!あいつが読んだのは!?)
遮るように少年が叫ぶ。
「な、何を、、、」
「結局、ここで死に急いで人を失えば何も成せぬ。お主らは再び信太を隆盛させたいのでしょう?そのために動く為の人がこのような昔の諍いで失われるのはあまりにも無駄なことではないでしょうか?」
「そ、それは、、、」
「あなた方はここで死ぬ様なことがあってはなりません。命を貼りたいのならせめて信太の為に、、、我らが故郷の為に、命をかけなされよ。」
「「「は、ははーーーーッ!!!!!」」」
(なんてことだ!このビリビリと空気が痺れるような、この静かな衝撃、、、。凄まじい、これがあの中華の初期王朝の周の建国を助けた鬼才、太公望呂尚(たいこうぼうりょしょう)が著し、漢の劉邦の軍師の張良(ちょうりょう)も授けられたとされる六韜・三略の伝授者の器量なのか!?)
思わず、圧倒された朱若達にひと欠伸して部屋に戻ろうとする少年が振り返る。
「我が郎党の非礼をお詫び致します・・・。
ああ、今日は眠いので面会は父だけでお願いします。」
パタン・・・
優しくも虚しく襖は閉じられた。
「・・・」
「はあああああぁぁぁぁぁッ!?!?!?」
龍の眠る水辺は思いの外深かった。
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