第39話六韜三略の継承者

かつて肥沃なる西伯(せいはく)を治めし古公亶父(ここうたんぽ)は二つの大予言を遺しこの世を去った。


『末の子の李歴(りれき)の子である昌(しょう)の代にこの地と一族は興隆するだろう。』


『そして、その時に現れる賢者を得られたのちにこの西伯はこの中華に長きに渡る繁栄を築くだろう、、、』









ーーーーーーーーーー


約1700年後、、、、極東の島『日之本』 下総国 千葉屋敷


「はぁ〜、賢い奴ってわからん!」


響き渡る投げやりな叫びに応じる者はいない。千葉屋敷に戻って一人のんびりとしていたので周りに控えるものもいない。


(にしても六韜・三略を読んでいたとは、、、。本当かどうかの確信も出来ないままだけど、そもそも六韜・三略自体が架空の兵法書だと思っていたのに、、、)


(ていうかあいつマジで性格悪いな!この前は釣りをしているのをこちらを振り向くまで待っていたら何も喋ることなくどっか行くし、もう自らの足で信太を訪ねて三回は越えてるぞ!?)


意地でも仕えたくないという応じる気のなさがかえって、己を意地にさせているという状況を朱若自身も気づけてはいるが鎌倉党の迎えの準備が出来たと景義からの連絡もあり多少の焦りが行動に出ていた。


「おっと!朱若殿、ここにいましたか!」


季邦が腹を摩って廊下から顔を出した。


「季邦、、、お前また魚をご馳走させてもらったのか?」


「ええ!なかなかやめられないあの脂の乗りには本当に困りましたなぁ!はははははは!」


最近は三崎(現在の銚子)から朱若の献策が千葉で導入されてからよく活きのいい魚が届くようになった。


「九十九里浜の漁師達からもかねてより頼んでいた例のものが献上されたしな。そろそろ鎌倉に戻って鎌倉党の大庭御厨に行く準備をしなくちゃならない。」


そばにあるパンパンに詰まった俵を見つめた。長らく鎌倉を離れていたので忘れかけそうではあるが、農業革命はまだ完成していない。


(やることが山積みだ。雪ノ下での改革の仕上げもあるが、今は1153年の十二月。もう、大蔵合戦まで二年をきった。史実以上にこの坂東を源氏のもと固めないといけない中で果たして間に合うかどうか、、、)


あまりもたもたしていると本当に取り返しがつかなくなるところまで来ている。正直のところはこのままいけば大蔵合戦とその翌年の保元の乱までは史実通りに転ぶだろう。


(勝利自体は揺らがないが、、、平治の乱を見越した時にそれがいかに足りないことかよく分かるんだ。結局戦に強くてもそして勝ったとしても坂東武者達は源氏に命運をともにしようと思うには弱い、、、弱過ぎる。)


実際、あの兄(義平(よしひら))の圧倒的な武を以てして大蔵合戦で武名を轟かせていたとしても平治の乱では平氏に寝返る武士達がおり、その戦況を覆すことが出来なかった。


(武だけではなく、武士は単純な損得での駆け引きも大事だ。源氏につけば潤うということをこの改革で見せつけなくてはならない。義平(兄)が武で纏めるなら俺は富という観点から武士を源氏に惹き付けるんだ!)


そんなことを考えていると季邦が手を叩いた。


「あ、そう言えば信太に藤原親政が侵攻したそうですよ!なんか逆賊将門の子孫を討つとかなんかで。」


「・・・。」


静寂の後には必ず嵐が来る。


「だ〜か〜ら〜!お前はなんでそんな大事なことを先に、、、言わないんだぁ!」


「ふえ?」


「ふえ?じゃねぇよ!まったく、、、」


キョトンとする季邦に対して説教する気も萎えてしまう。


「戦況とかなんか分かってる?」


「ただただ、劣勢であるそうです。ですが、信太殿のご子息の差配で相手も攻めあぐね被害が大きいようです。」


「信太は落ちるほど危ないのか・・・?」


「はい、兵数があまりにも足りない故相手を引かせるほど効果的な打撃を与えられるような策をできてないように見受けられます。」


季邦はズボラな部分が多いが戦については天性の嗅覚を持ち合わせている。


(戦について意外が残念過ぎて忘れちゃうけどな。クソッ、あの村が危ないのか。なんか胸糞悪いな・・・。)


「千葉の爺に話をつけにいくぞ。ついてこい!」


「はぁい!」






「若様!まずいです!西と東から挟み撃ちにあっています!それぞれ五百ほど!」


「・・・。」


信太荘の屋敷では信太師国が頭を抱える横で頬杖をつく形で男児が地図と睨み合う。


「小次郎(こじろう)、どうする?」


師国に小次郎と呼ばれた男児はなおも地図を見つめている。そこへまた慌てて転びながら駆け込んできた武士が告げる。


「稲敷(いなしき)(現在の牛久あたり・信太荘から見て西)、新治(にいはり)(現在の土浦)(信太荘から見て北)、浪逆(さなか)の海(うみ)(現在の霞ヶ浦)、全ての方面より兵が配されております!それぞれ二百!」


静かに聞いていた小次郎は歪んだ笑みを笑みを浮かべて口をひらいた。


「まさか、貴族のように外聞だけを気にするとは聞いていましたが藤原親政もなかなかやりますね。二千近くの大規模な軍を起こすだけあったということですか。」


報告する武士は冷や汗を滲ませながら畏まる。


「彼らは口々に逆賊将門の末裔を討たんと息巻いております。」


結局、将門の子孫と言うだけで兵が集まるという訳では無い。あくまで口実なのだ。土地を多く手にしたい武士達の感情からしたら当然の行動だ。


(おそらく、親政はこれを巧妙に利用して兵を募ったのだな。)


そう考えるとおかしくなってきた。


「ふふふふ、、、あははははは!」


「こ、小次郎、、、。」




小さい頃から将門の子孫であるということは隠してきた。別に恥じていた訳では無い。むしろ坂東武者として先祖の将門は誇りだった。しかし、それを知った者は、この生まれ育ったこの信太荘(ふるさと)を逆賊の末裔から解放するとして何度も攻めてきた。皮肉だ、将門(せんぞ)は坂東武者を顧みず蔑ろにする朝廷に対して坂東武者の国を作ろうと自らが神輿になって立ち上がっただけなのだ。そこに正義以外の感情はなかった。柄にもなく『新皇』を名乗らされ、堂々としなくてはならないから多少奢っているような態度で望んだ。そして報われること無く戦場に散った。


「六韜・三略はきっかけに過ぎなかった。将門(せんぞ)や坂上田村麻呂(さかのうえのたむらまろ)はこれを読むことで常に勝ち続ける神がかった戦法を手に入れた。だから私は先祖より伝わる漢文を一から紐解き学んだ。全ては先祖の悲願だった『坂東武者の国』を創るための、、、」


辺りが静まり返る。


「だがな、六韜・三略を学び、それを駆使したとしてもそれは万能に万事上手くいく訳では無い。現に坂上田村麻呂は阿弖流為(あてるい)と母礼(もれ)を救うことが出来ず、先祖もあえなく討たれてしまった。この状況もまさにそう。我々には援軍の期待も出来ないのに時間を稼ぐ以外の手は無い。皮肉なものです・・・。」


悲しく笑う小次郎は手を見上げるように項垂れる。


「兵が無ければ、退却する手立ても無い。もう打つ手がありません。詰んでるんです!この戦はッ!」


「そうか、、、」


静かに応じる師国。


「ついに、この時が来たのだな、、、。」


ゆっくりと師国が重い腰を上げ立ち上がる。


「・・・。小次郎、お前は逃げろ。私が時間を稼ぐ。」


「父上、何を、、、ッ!?」


不意に頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でられる。


「お前には今まで感謝してもしきれない。私には勿体ない息子だった。昔から難しい顔をして書斎で書と向き合っている時はいつも心配だった。幾度と無く信太(ここ)を侵そうとした者を退け、領民達に慈悲を施して信太はかつて無いほど笑顔が溢れる場所になった。」


涙を溜めて口を食いしばる息子に向けられたのは紛れもない親としての慈愛。そこに偽りなどあるはずが無い。


「だがな、もういいんだ。お前が先祖のしがらみに縛られることは。確かに私達は坂東の虎と呼ばれた平将門の子孫だ。だけどお前にはそんな些細な枷なんて気にせず思うがままに生きて欲しいんだ。それが死んだお前の母との約束でもあるんだ。」


周りの武士達も堪えきれずに泣き出している。


「そうだなぁ、例えば、京に行って今様や蹴鞠をしてみたり、諸国を巡って色々な美しい景色を見てみたりとかなぁ。私も赤く照らされる富士の山を見てみたかった。」


「父上、、、共に行きましょう!この戦を終えたら、富士の山に!」


静かに笑った師国は目を背ける。


「者共、頼む、、、。」


「な、何をするのです!?」


突如として隣に控えていた武士に羽交い締めにされる。


「う、ううッ、、、申し訳ありません。若様ぁ!」


泣きながら謝りつつも武士は小次郎の動きをとめる。


「相馬荘にいけば千葉師胤殿がおられるはずだ。確か、、、そこにはお前に入れ込んでいた源氏の若君がおったな。」


「父上!父上ッ!」


師国はどんどん遠ざかっていく。馬に跨りただ胸を張って前を見て、堂々たる振る舞いで。


「達者に暮らせよ、小次郎、、、。」



「う、う、うわああああああああぁぁぁッ!!!」









「くそぉッ!間に合うか!?」


「分かりませぬ!ですが、お覚悟をなされよ!」


隣を駆ける師胤が叫ぶ。千葉常胤に話すと即席で五百の兵と師胤の所領である相馬御厨にいる百の兵を合わせて六百を師胤に率いさせて朱若に付けさせた。


(聞いた事ない!藤原親政がこの時期に二千ぐらいの大規模な軍勢を動かしたか?)


信太荘は南以外を完全に包囲されていた。しかも南に逃げても西の稲敷荘方面からモロに追撃を受ける形での完璧に近い包囲だった。


(完全に藤原親政を見誤っていたッ!俺はまだまだ甘かったんだ。)


「こうなったら軍師がどうとかどうでもいい!信太を解放するぞ!派手に暗躍開始と行こうじゃねぇか!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る