第35話信太の臥龍
「た、平将門の子孫!?」
驚きが千葉の屋敷に響き渡る。
「驚かれるのも無理はありません。」
胤正はゆっくりと口を開く。
「将門の一門は反乱によって根絶やしにされたと聞いたが、、、」
史実では語られることの無いまさに歴史の表舞台とは言えない話。前世の縁で朱若も多少は鎌倉の御家人に繋がる子孫がいる故に平安時代の源平藤橘に至るまでの大まかな武将と事績は知る羽目になった。しかし、平忠常の子孫が朝廷に許され千葉一族を初めとする坂東平氏を形成したのはともかくとして平将門に子孫がいたなんて話は聞いたこともなかった。
「実は将門には三人の息子がおりました。上から良門(よしかど)、将国(まさくに)、景遠(かげとお)です。そのうち良門は妖怪になって父の怨念を晴らそうとして謎のとある女子に討ち取られたらしいのですがよく分かりません。長女の滝夜叉姫(たきやしゃひめ)も同様に妖怪となって京で呪詛を行おうとしましたが陰陽師の安倍清明(あべのせいめい)に討たれました。三男の景遠は落ち延びる際追捕使に討たれました。次男の将国だけが乳母の手により落ち延びることに成功して信太荘(しだのしょう)に土着したそうです。その子孫が信太殿です。」
「まさかほんとうに生き残ってたとは。だが、平将門の子孫は朝廷に未だに許されている話は聞かないが、、、」
「ええ、そうです。許されていません。だからこそこの養子縁組はあくまで内密なのです。」
胤正には冷や汗すらかいているように見える。
「信太殿には長らく子がいなかった。最近になってようやく男児がお生まれになったが、所領自体は手放して子孫たちにはゆっくりと穏やかに暮らして欲しいと、、、」
(なるほど、幼い子にあとを継がせて朝敵の汚名を継がせるよりは別の血を入れて穏便に暮らそうという考えか。)
そばで聞いていた師胤がはっと、思い出したように言った。
「そう言えば、俺たち千葉一族も将門の血をひいているぞ!」
「あっ!」
胤正も何か思い出したようだ。
「そ、そうなの?」
「はい、確か将門の次女の春姫(はるひめ)は将門の叔父にして我らが先祖の平良文(たいらのよしふみ)の嫡子の忠頼(ただより)と夫婦になって忠常公を産んでおります。」
(その話、、、そう言えば聞いたことあるかも、、、後の時代に房総平氏が土地支配の正当性を示すために名が恐れられていた将門の子孫を自称したとか、、、)
何はともあれ将門の子孫は息を潜めて生きていたということになる。
「まとめると師胤殿が譲られるその信太殿というのが将門の男児の直系というわけか。」
「はい。」
そこで一つの疑問が朱若の中で引っかかる。
「師胤殿が信太のあとを継ぐってことはその最近産まれた男児はどうなるんだ?」
「どうやら、気ままに暮らすそうです。この話自体がまとまったのがちょうど六年ほど前ぐらいなので朱若様と同じぐらいの歳のはずです。」
(俺と同じ年齢か、、、それに史実でも聞かない話だな。多分表舞台に出てこない類のやつか。)
思案にふけっていると米をかきこんで頬張った師胤が加わる。
「その若君は実は一年程前に三百人以上もの盗賊を五十人で壊滅させたそうです!さすがに尾ひれでもついた話かと思いましたが、とても厄介な盗賊で略奪を繰り返して捕まえようとしたら尻尾を巻いて逃げ一人も捕まえることが出来なかったそうです。しかし、その若君がおもむろに言った意見で指揮を取らせてみると一晩で一人残らず屋敷の門も前に死体が積み上がっていたとか。前にその直後信太荘に行った時には百姓たちが口々に「神童」だと揉め讃え、父の師国殿も「自分に過ぎたるもの」と言わせ、郎党は『信太(しだ)の臥龍(がりょう)』とまで言っておりました。」
「本当なのか?」
にわかには信じ難い。それほどの才がありながら信太荘意外でその話を聞かないのか。
(普通なら、その話は坂東中とは言わなくてもそれなりに広まるはずだ。まさか、、、情報を統制しているのか?)
消えない深い靄に分け入る朱若の心の内も知らず師胤は続ける。
「近頃は部屋に籠って書物を読み漁っているそうですぞ!特に漢詩を好むとか。」
(俺と同い歳で漢詩の書物を読む?臭(くさ)いな、恐らくただの律詩(りっし)や絶句(ぜっく)とか言う生優しい歌じゃない。そいつが読んでいるのは兵書、、、兵書に通じている、だとしたらその飛び抜けた才も説明がつく!それに、どのように兵書を手に入れたのか引っかかる。)
「師胤殿、その男児は本当に跡を継ぐのに興味が無いのか?」
「はい、依然に一度お会いしましたが本と屋根と耕す畑があれば自分は何も言うことは無いと。」
朱若に暗い笑みが宿る。決まった。次への暗躍(みち)が照らされる。
「あるべき物を捨てるという事は俺が貰い受けても構わないな、、、」
「「?」」
千葉の兄弟は意味が分からず顔を見合わせる。
「胤正殿、近いうちに信太殿に会う機会はあるか?」
「はい、二日後ですが。」
「ぜひ、会いたい。俺もついて行く。」
「へ!?あ、分かりました、、、?」
(平将門の子孫とやら、どうやら自分は面倒臭いこと全部投げ捨てて楽をしようとか思ってるみたいだが、その幼い歳で後ろめたい事を平気でやる精神、、、気に入った!絶対に手に入れてみせる。俺の暗躍に必要な最大の要員、『軍師』としてな!)
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