第25話大勝利の激震
「いやぁ〜!見事!見事!正直侮っておりましたが、この季邦。あなたを模範に強くなろうと思います。」
「そ、そう?が、頑張って?」
初陣は大勝利に終わった。
小競り合い程度であるはずが相手を戦略を用いて壊滅せしめた朱若の評価は周りを見るに容易(たやす)い。
実の所は上手く行き過ぎて気持ち悪さすら感じるが、平安時代において戦の戦略云々ははっきり言って矢が飛びやすい風上に陣取るか奇襲といった具合であとの大部分は普通のぶつかり合いによる武士達の個人の力量に頼った戦いである。
(結局、所詮は中国、中華の戦い方をそのまま真似したに過ぎないんだよな。)
戦は団体戦と思われるがこの頃までは個人戦の入り乱れる乱戦のようなものなのだ。一騎打ちの前には名乗るのが作法だの色々な細則がある。
(今考えると元寇とかでモンゴルが攻めてきた時も武士が名乗ってる間に攻撃されて負けたなんて間抜けな話があるからな。武士達の誇りだとしても俺にはそんなもんないから遠慮なくやらせてもらうけど。)
「見事でござった。まるで毘沙門天が宿っているかのようでした。」
(へぇ〜、褒める時に毘沙門天みたいってこの頃から長尾家って毘沙門天を信仰してたのか?全く子孫も似るもんだよ。)
ちなみに長尾景弘は戦国時代に越後の龍と呼ばれた長尾景虎(ながおかげとら)こと上杉謙信(うえすぎけんしん)の直接血の繋がった先祖である。
「、、、大叔父上。御前でのからかいが過ぎまする。朱若様、、此度の初陣見事にございました。私もこの戦いを参考に新たな軍略を身につける様研鑽に励む所存、、、」
「はい。皆もご苦労さん〜。さっさと帰って睡眠をとって英気を養え。」
軽い態度で示してみたが周囲の武士達はポカンとしている。
「申し上げます。朱若様。もう少し戦ってくれた武士達を労ってやってもよろしいのでは?」
景弘は戦った武士達に気を使っているようだ。
「大叔父上、朱若様が言う通りにござる。」
「平三!?しかし、戦は士気無くして戦えぬ。それが早く寝ろと言われるのは、、、」
景弘が勇み立つ。
そこに伝令の風魔がそばに現れる。
「何奴ッ!?」
「安心しろ。俺の郎党だ。」
「郎党?武士の風体とは思えませんが、、、」
風魔達の格好は皆基本黒づくめで頭巾を被りいかにも忍者という風体だ。
「ああ、俺はこいつらを武士と同じ待遇で扱うつもりだが、武士としての戦仕事は求めておらん。」
「ええっと、それはどういう、、、」
「すまん!これ以上は話せん。秘匿しないと意味が無いのでな。まあ、俺の意図に気づけば飛躍的に戦に勝ちやすくなるぞ。」
今回そばに控えるのは髪を結んだくノ一の九無だ。
「報告があるんだね?」
「はい。」
一度周りにかしこまって九無は報告を始める。
「ただいま、足利家綱が報復のため兵を集め始めたとのこと。」
「なんと!?」
景弘はテンプレの如く驚いている。
「大叔父上、朱若様にとってこの戦は『終わっていない』のです。」
「左様にござる。むしろこれからですぞ。」
隣の義隆がカラカラと笑う。
(大叔父(義隆)は多分ノリがいいだけだが景時は思いのほか賢いな、、、。道理であの気難しい史実の頼朝が頼りにするわけだ。)
「という訳だ!皆も一様に聴いたであろう。明日までに身体をできるだけ休め再び我が屋敷の前で集まれ!軍の再編成を集まり次第、急ぎ進める!」
「「「「おおおッッッ!!!」」」」
「それと皆の者。俺のことはなるべく喋らぬようにせよ。相手に悟らせないようにな。」
どよどよと武士達に困惑が残るのが伝わるが致し方ない。軍功を遠慮するのは武士が絶対にしないからだ。むしろ多少の作為で大きく見せようとするぐらいだ。
「これにて締めの軍議は仕舞いぞ!各々戻ってしっかり休息を取られよ。」
義隆の大音声による機転でその場は解散した。
「若、この戦の差配見事でござった!」
「景義、もう耳にたこができてしまうよ。それに、俺の戦は始まったばかりだ。まだまだこれからさ。」
「朱若よ。戦が終わった直後とは打って変わって少し顔色が良くなったのう。」
どうやらこの腐れ縁の大叔父には見抜かれていたらしい。
「大叔父の言う通りだ。さっきまでは戦の残酷さと緊張で押し潰されていたけど、今は無事に帰れていることと戦で成功ができたのが素直に嬉しいのかもしれない。」
「それが、普通の反応じゃ。お主は相手に優し過ぎる。」
その発言に景義は首を傾げる。
「義隆殿?朱若様は軍を壊滅させたではありませんか。心を鬼にして差配していたと思えますが、、、」
「確かにそなたの言うとおり、心を鬼にすることはできていた。及第点だ。しかし、朱若は最初の矢以外で自ら敵を討ち取っておったか?」
「あっ!」
気づいた景義をよそに義隆は馬を進める。
「それが、お前の優しさであり甘さよ。いつか長所になるか、短所と出るか、それはわしにも分からんがな。」
夕日に照らされた騎馬武者は馬先ごと振り返る。
「だが、一人ぐらいそんな愚かな武士がいても良いのではないか?面白いしのう。」
義隆が何を思ってそう言ったのかは測りかねる。しかし、態度を見るに新たな戦略をかなりお気に召したようだった。
「ちっ、腹黒爺ももっと分かりやすくものを言って欲しいものだな。」
遠くで簗田御厨が見えてきた。
手を振っているのは、、、御栗、、だろうか。
「今日ぐらい甘やかしてやるか、、、」
宵を告げる日没が神秘的に煌めいていた。
ーーー
武蔵国。秩父屋敷。
「足利が敗れた?」
困惑一色の秩父重隆は顔が歪む。
「はっ、百程の戦力差ではありますが相手はほぼ無傷で足利方の兵を壊滅させたそうです。」
「大将は誰ぞ?」
「それが、、、源朱若。源義朝の四男でまだ六つだそうです。」
「はあ?何かの間違いであろう。六つの子どもにできることなどあるはずない。誰かが代わりに指揮を取ったところだろう。そばにいたものは分かるか?」
「大庭景義ら鎌倉党ほか、大叔父の源義隆がいるそうです。」
「彼らを多少は警戒すべきだな。よし、戦支度をせよ!」
「は?」
武士はいきなりの指示に膠着する。
「足利が浮き足立った今が好機ぞ!北坂東を進出する足掛かりを得るのだ。」
「は、ははーッ!急がせまする。」
武士が出ていき重隆は一人酔いしれる。
「フフ、何者かは知らんがこれで我々が坂東を制圧する野望に一歩近づいたというもの。我が家督の継承に異を唱える愚兄も坂東を支配しようとする源氏も恐るに足らんわ!ハハハハハッ!!!」
虎視眈々と迫る毒牙。
しかしまだ気づかない。狙った獲物に逆に食われようとしていることに、、、
鎌倉。亀ヶ谷(かめがやつ)館。
「なに!?それは誠か!?」
亀ヶ谷館は八幡太郎義家の父、伊予入道頼義(いよにゅうどうよりよし)から続く源氏ゆかりの館であった。頼朝が大蔵屋敷を建てるまでは鎌倉は鶴岡八幡宮とこの亀ヶ谷館が中心であった。
「上野に滞在している朱若が初陣!?そして敵を今までにない新しい軍略で壊滅させただと!?」
ここに詰める義平の心中は複雑そのものである。
「朱若が戦で大勝利を収めたのは嬉しいことだ!だがな、、、わしはッ!朱若が戦に出るなど聞いておらん!」
「おっ、落ち着かれよ!義平様!」
「これで、落ち着いてられるか!義澄(よしずみ)!」
義平の母の兄にあたる三浦義澄(みうらよしずみ)は鎌倉に入って以降の義平のそばに控えていた。
(このままでは坂東を制圧するどころではなく朱若様と兄弟で争ってしまうことになる!どうすれば、、、)
「朱若にもし怪我でもあったらどうするのだ!お腹を壊したら?怖くて夜も眠れなかったら!」
「皆の者〜。今日は帰って良いぞー。」
本調子であることを義澄は悟ってそばの者達を力の抜けた声で控えさせる。
(またか、、、。義平様は戦となれば武勇誉高(ぶゆうほまれたか)く頼もしいのだが弟君のことになられるとすぐこうだ。玉に瑕とはまさにこの事。わしは、、、もう慣れた。全く、この愛を受け止めねばならん朱若様のご苦労には頭が下がる、、、。)
「ヘックシッ!」
「大丈夫にございますか?朱若。」
景義の心配と同時に少し身震いして鼻を抑える。
「なんか今凄い不本意な尊敬と重たい愛を感じ取ったんだが?」
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