第24話崩壊へ導く一矢、源氏の血に残るのは虚無と覚悟

「想像以上であったな。あの若様は。」


「大叔父、戦前にございます。目の前に集中なされよ。」


依然として平三は冷静な態度を崩さない。


(平三よ、お主の変化がわしに見抜けんと思ったか?今しがた歪んだ口角。あの平三がと思ったがお主も感じたのだな。この若様の凄まじさに、、、)


「今回、(大庭)景宗に鎌倉党が担ぐに足るかその器を測ってこいと言われたが、、、言うまでもないな。」



「大叔父、本当に六歳なのですね?」


「疑うだけ無駄だ。喉仏が出ていなければ馬に一人で乗ることの出来る背丈もない。そんな乳飲み子から産毛が抜けたほどの幼子がたった一節の大音声(だいおんじょう)で不安だらけの武士達を一つにしてみせた。これ以上の理由があろうか。まこと、源氏には末恐ろしい御曹司が生まれたものだ。」


どこか照準を定めきれていない平三はただ先で馬を進める朱若を見つめていた。


(この軍勢も三つにわけて前進させている。指揮に自信があるようだがこれもそのひとつなのだろうか。なんにせよ底が見えぬ、、、)







ーーーーーーー


渡良瀬川流域。等々力沢・地獄谷付近。


「大叔父、向こう側の足利勢はどんな感じだ?」


横につける義隆は遠くを見て推測する。


「四百弱かと。」


「ちょっとだけ多いな。」


多少の士気の高さでで簡単に覆せる数だが単純なぶつかり合いでは現状の小競り合いは終わらない。


「景義、義康は着いてるか?」


「先程後詰の百の軍で布陣なさりました。」


この戦の布陣は朱若単独の監修の元、簗田御厨方面から渡良瀬川を睨む状況であり、真ん中の軍に朱若、景義、義隆ら古参の武士が参陣する。

その左翼となる少し離れたところから見つめる軍が鎌倉党の名代の長尾景弘と梶原景時が入る。

そして右翼の方は義重や義康の末の弟に当たる源季邦(みなもとのすえくに)が入った。

今回は普段この小競り合いを請け負っている義康は後詰として朱若の初陣を見届ける。


義康の後詰を含めてその数三百五十。


(その差は後詰を入れてやっと五十・・・。後詰は百五十。)


「兵数は・・・二倍、か。ふふ・・・。」


兵数がなんだって言うのだ。

初陣がなんだって言うのか。

朱若の腹は最初から決まっている。


(この初陣を成し遂げるためだけの布石は打った。あとは俺がしっかりやるだけだ!)


「よし、先鋒の数人の兵で対岸の兵達を挑発せよ!

挑発方法は任せる!最も相手が怒り狂う言葉選びをせよ!」


同じ馬に乗る景義に始まる前から何度も聞かれたことの最終確認をする。


「本当にこの指示で大丈夫なのですな?」


「ああ、問題ない。俺を信じろ。」


「若の決意、この景義受け取りましてございます。もうこの先は思うがまま好きになさられませ。私たちは死ぬまでそれに従うのみであります。」


そこにあるのは余裕と初めての戦を迎える恐怖。

複雑に歪む朱若であった。





戦前の独特の緊張感が漂う。



「来たゾォ!!!!」


怒号とともに鳴り響く軍勢の進撃。

対岸の表情は大きく動揺するかの如く揺れる。


「この都の乳飲み子風情がぁ!!!」


「俺達を舐めるのも大概にしろぉッ!!!!」


どのように挑発したかは気になるがやはり坂東武者自身がよく知ってる事だから任せた効果は覿面(てきめん)である。


(おいおい、一体どういう煽り方したらこうなるだよ・・・。)


朱若にはそれを突っ込む余裕も無い。


「乳飲み子とは俺のことはもう相手に伝わっているのか。」


「挑発に加えて大将が未だ元服前だと舐められたと思うのは当然であります。」


「はぁ、なんていうかもう、結果として俺の思惑通りだ。構わん。」


(あとは進撃してくる相手と自分の距離の被害の少ない間合いを見出す!焦るな、、落ち着いて待つんだ。)


「よりこちら側に引き寄せて川岸まで引き寄せるぞ。先鋒、中堅、陣を崩さず敵に当たれ!本気で戦わず徐々にこちら側に引いてこい!」


先程の威勢があったとはいえ前に出てきたのは挑発に乗った相手の三分の一に当たる百程度だ。


(もっと釣らせる。いや、全部釣らせる!)


味方の先鋒が前に進撃を開始、すぐに足利方面(相手側)の川の対岸でぶつかる。


「うおおおおぉッ!!!」


「死ねぇッ!」


「ぐあっ!?」


「さがれ、さがれ!立て直しぞ!」


戦い下がって新たな寄せ手を出して応戦し直す。


「少し、後ろの軍が釣れてないのが気になるな。大叔父。」


「そうだな。ここはわしに任せろ。用意せい。」


「はっ。」


子気味よく近くの部下が飛び出して行った。


「大叔父?何する気だ?」


「ふふふふふ、まぁ見ておれ。」


これまでになく素敵な(悪い)顔をしていらっしゃる。


「ん?あれは・・・、」


隊の一部が大きな手拭いのようなものを手にして少し前に出た。


「よし、やれ。」


ビシッ!ビシッ!ビシッ!


「ぐああ!」


「いてぇッ!」


突如後方の敵兵たちが呻き出す。


「な、一体何したの?」


「よく耳を澄ましてみろ。」


「?」


『これ、無頼漢ども!石でもくらえ!』


『ひゃはははッ!ざまぁみろ!』


『お前らには弓矢を使うまでもねぇ!ガキの印地打ちの石ころ程度で充分だ!』


(なんかどっちが悪役か分からんほど罵っているぅぅううううッ!?!?!?)


「お、大叔父?こ、これは・・・」


震えながら義隆の方を見るとこの上なく満足そうな顔が、


「ふふふ、良き初陣であるな。朱若よ。」


(あ、ダメだこれ。終わったら全部俺がやったみたいになっちゃう奴だ・・・。)


「そんなしょぼくれてる場合じゃなかろう。後ろもいよいよ動くぞ?」


「誰のせいでこんなしてるかと思ってるんだよ・・・。」


気を取り直して正面軍の指揮を飛ばし続ける。


「相手に悟らせないように慎重にやれ!新手と入れ替えたあとの最後尾でしっかり息を整えさせろ!」


朱若の指示のままに景義はじめ、武士達をまとめる有力武士達が下々に伝令のまま兵に行動させる。



乱戦の中密命は囁かれる。


「小太郎。」


「はっ、」


「右翼の季邦殿と左翼の景弘に伝えよ。『怒調の軍勢は僅か一矢にて崩壊は始まる』と、、、」


「お任せあれ。」


笑って飛び去るように消えた小太郎には既に朱若の譜面が見えていた。


とにかく、軽く戦っては引く。

これを繰り返すうちに相手方も何かを悟るように声があがる。


「しめたぞ!相手は弱腰になっている!この勢いに乗じて簗田まで攻め入るぞぉ!!!」


「おおおおおッ!!!」


「ぶっ殺してやる!」


「お前らの口に石を詰めてやる!」


ついに相手は総追撃の構えにでた。


(やっぱり、石投げたの恨んでたのね・・・。

まあ、知ってたけど、諦めてたけど!)


挑発に乗った百の後ろから新たに三百の新手が加わり地響きと化す。


ドドドドドドドッ!!!!!


(戦で場が揺れるように感じるのは本当だったんだな。)


「先鋒!中備えの後ろに総退却!全力で下がれ!」


次第に地響きは川で大波を成す。


(まだ、まだだ、、、、、、ここまで来たら届く、、)


とうとう渡良瀬川の中央に差し掛かった。


「景義!矢を、、、」


景義が矢を手渡し朱若はつがえる。


キリキリキリキリキリ、、、、、、


(この一矢で俺の初陣は、、、、、)


引き絞った矢に全ての思いを詰め込んで・・・


(源朱若の人生をかけた大勝負が、、、)


「始まるんだあぁぁぁぁああああッ!!!!!」


ヒュンッ!!!!!


滝の如く迫る軍勢にたったの一矢が虚空を切って進む。


ヒュルルルルルルルル・・・!!!


鳥の長鳴りのような清涼の音が突き抜ける。


「ぐああああああッッッッ!!!!!!」


そして眉間を一点、貫いた。


直後、それも百人一気に、倒れた。


味方と相手関係なく武士達が驚く。


「何が・・・、何が起こって・・・」


「あそこだァ!丘の方に何か・・・!」


「て、敵襲ぅッ!!!」


「あれは!さっきまで一緒だった左翼の鎌倉党の軍!?」


中央の景弘と景時はこの光景にただただ感嘆する。


「全く、ここまでとは裏切ってくれる!ますます見えんわ!朱若様はのう!遅れるでないぞ、平三!」


「仰せのままにッ!」



「反対もだ!右翼もいる。」


源季邦も兄達から聴く噂に違うこと無き大器を目の当たりにする。


「兄者たちや父上の目はやはり間違っておらなんだ!こりゃー面白そうな戦場ですねー!楽しみだ!よっしゃー!出陣!」



「両翼の一斉射撃だ!」


「朱若様!」


「ああ、行くぞッ!全軍反転ッ!!!!」



朱若の雷鳴のような指示に引いていた軍が一斉に向き直る。


(覚悟しろ・・・、俺はもう、今世の生き方を見出したんだ。)


「塵も残すなッ!かかれぇッ!!!!!」


「「「「「おおおおおッッッ!!!!!!」」」」」


三軍全てが川の中央の流れで立ち往生する武士達に襲いかかる。


「ひっ!?」


「はっ、早く退却しろ、、ぐああッ!?」


「ダメだぁッ!川の流れに足を取られる。ギャッ!?」


次々と血飛沫をあげる兵たち。


「景義。俺は受け止めていけるだろうか。この武者たちの魂を。」


「私は若様の修羅道について行くと言ったではありませんか。」


「そうか、、、」


(不思議と何も感じない。真っ白だ。前世があるとは言え、俺はもう立派に源氏の血があるって思えてしまう。)


何処(どこ)かしらに迷える感情がひとつぐらいはあるものだと思っていた。


「今はただ、全てが虚しい。」


朱若は戦場へ静かに手を合わせて黙祷した。















後詰の義康は唖然としていた。


「我らがあれほど手を焼いた足利の軍が、呆気なく沈んでいゆく!これが朱若殿の言っていた軍略なのか!?」



当然、この平安時代まで戦とは陣取って矢合わせで真正面からのぶつかり合いをするだけ。あと僅かな例外で奇襲のみだ。


(平地での陣取り、心理的・戦闘的駆け引き、軍全体への意思伝達、そしてその好機を見出す塩梅と行軍の迅速さ。今より前の時代で高度な戦略を用いた戦いを中華はしていたんだ。)


朱若にとってそれは所詮真似事に過ぎなかった。


「朱若様の指揮で圧勝だぁーーーー!!!」


どこからか賞賛する声。


(俺を支持する者が勝手に流したんだな。)


「「「「朱若様ッ!バンザぁぁーーーーイッ!!」」」」


知らないとは罪、まさにそれを体現する地獄絵図であった。


「皆の者!勝鬨を上げろッ!!!!」


相手方の攻め手四百は壊滅した。


「えいッ!えいッ!」


「「「おおおおおッッッ!!!!」」」


鳴り響く勝利の雄叫びの中、華々しい勝利を飾ったはずの朱若は赤く染まった渡良瀬川を見ていた。


(この光景を焼き付けろ。これが俺の誓いであり、家族を守るための代償なんだ、、、。望むべき門出まで俺は抗って抗ってここから勝ちを積み上げていかないといけないんだ!)



そこに広がる勝利の縁下には苦悩、

武士達によって掲げられた勝鬨に満ちた渡良瀬川には血と虚しさが満ち、朱若は非情なる味と覚悟を噛み締めた。



ーーーーーーーーーー


こんにちは、綴です。


源季邦はまだ本来なら生まれていませんが、

義国の子であるならば五十代後半の子というのはあまり現実的では無いため、(あと出典元の吾妻鏡が伝承や作者主観による曲筆が多い資料でもあるため)朱若より少し年齢を上に設定して登場させています。まあ、広く歴史を見れば豊臣秀吉のような例外とかもいますがそれがあんまり普通では無いので・・・。

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