第23話初陣、運命を変えるための門出

簗田御厨(やなだのみくりや)に活気が戻る。

帰って来た時には風魔党の人々がついてきたからに言うほかないが、それだけに尽きないのがこのややこしい預かり所の立地である。


「・・・。足利が攻めてきたッ!」


足利と言っても室町幕府を開いた源(足利)義康に始まる源氏の血統ではない。

口ごもったものの重苦しく問う景義の顔は鋭い。


「それは俵藤太(たわらとうた)(藤原秀郷(ふじわらのひでさと))のゆかりの者たちではありませぬか?」


イライラする朱若に冷静なんて感情は皆無だ。


「そうだよッ!全くここに来たばかりの俺に領有権で揉めてる土地に滞在させるとかどうかしてるわ!あの爺(ジジイ)(義国)!」


まさに面倒事を押し付けられたわけで怒り心頭と言ったところである。


「考えてみても、この土地は自分がそれぞれの貴族に寄進したとかで領有の権利に義国大叔父と藤姓足利氏(とうせいあしかがし)の足利俊綱(あしかがとしつな)のいさかいが発展してるわけだな。ていうか藤姓足利氏って義国大叔父の家人とかじゃなかったって?」


「そう言えるしそうとも言えないような微妙な立場とお聴きしております。」


風魔党党首の風魔小太郎飛影がそばで膝をつき応える。


「調べていたんだな?小太郎。」


「勿論にござる。」


裂けるように笑う小太郎にはどこか妙得たりというような喜びと悪戯心の混じったまさしく忍びらしさを重ねられる。


「今から四十年程前に六条判官殿(為義)と荒加賀入道様(義国)が先代の足利家綱(あしかがいえつな)の乱暴狼藉をどちらの家人であるからとして責任を押し付けあった話がありました。」


「正確な年は?」


「永久(えいきゅう)十二年(1114年)にございます。」


「なんだよそれ、、、。ごめんなさいが言えない子どもの喧嘩拗らせたヤバい大人じゃねぇかよ。」


「武士にとって土地は命と同じです。致し方ありませんよ。」


とにかくボヤきたい朱若を景義は真面目に諌める。


「分かってるよ!とりあえず戦支度をしろ。小競り合い程度になるはずだが、油断すると一気に攻め込まれるかもしれないからな。」


「はっ!」


屋敷が別の意味で一気に忙しくなる。

指示を通して傍らにいる景義に耳打ちする。


「ところで、兵の数と陣触れはどうなってるの?」


「はい、こちらには義康殿の後詰もありますのでざっと三百程度でしょう。主にこの辺りで我らに味方する武士たちが集まって来るはずです。この規模の兵なら私だけで動かせます。しかしなぜそのようなことを、、、」


(へぇ・・・、義康をあえて参戦させずに後詰か。義重のやつ、俺がどう出るか測ってるな。)


しばらく考えてみたがやはりここらでこうするしかないようだ。


「俺も出陣する。」


「は?」


景義は久しぶり呆気に取られる。


「今なんと?」


「だーかーらー、俺も戦に出るっての!初陣だよ、う・い・じ・ん!」


「ハァ!?」


(毎度毎度いい反応をするもんだ、、、)


「若様はまだ今年で六つに御座る!さすがに私が由良の方様に叱責されます!」


「安心しろ。景義の馬に一緒に乗るから。それに小競り合いだけど学んだ兵法とか考えていたこととかもやりたいしね。」


「若様が私の馬に同乗なさる、、、」


景義は感涙している。

許可は降りた。


(あれぇ〜?なんかそこまで泣くことしたか?)


背筋に寒気が少し走ったが、考えないようにした。


「武士達を集めてくれ。」


「大丈夫ですか?」


「なるようになるさ。」


朱若はただ微笑むだけだった。




ーーー


集められた兵達の前には鎌倉党が気持ちばかりにと遣わした副将たちが揃っていた。


「若様の御到着である!!!」


景義の声に兵達は前に注目する。


「な、なんだ?」


「あんなに小さいのが今回の大将か?」


「景弘様が言われていたがあの御方が朱若様か、、、」


兵達それぞれの気持ちを吐露しあっている。


(まあ、ただでさえ初陣なのに六歳のガキときたらその辺心配だったり、馬鹿にされてるだったり思うのも仕方ないか。)


「源義朝が四男、源朱若である。」


途端に武士達がどよめく。


「まさか、本当だったのか。」


驚き一色に統一されつつある武士達のが見つめる中で横にいる具足の武士が近寄る。


「長尾二郎景弘(ながおじろうかげひろ)に御座る。

かねてより朱若様の聡明さには景義殿から聴いておりました。家督は既に愚息の定景(さだかげ)に譲っておりますゆえ、一刻も早くと思い鎌倉党の総意のもと馳せ参じましてございます。」


耆老(きろう)を迎えた武士の長尾景弘はこれまた心を滾らせるような表情で朱若に視線を向ける。


(まあ、期待している感じらしいな。鎌倉党も軍事の際をここで見極めようとするわけだし、、、)


すると、隣に控える若武者が景弘の隣に呼ばれる。


「若様。こちらは梶原を継承した梶原景清(かじわらのかげきよ)の子息の梶原平三(かじはらのへいざ)にございます。こちらも初陣ゆえどうか御教授の程よろしくお頼み申す。」


「梶原平三景時(かじわらのへいざかげとき)に御座います。以後、、、お見知り置きを、、、。」


ゆったりと、そしてはっきりと低く通った声で名乗った若武者には何故だかしっくりくる冷静さが宿る。


(梶原景時。まさか、ここで出会えた上に初陣ときた!年は十三歳ぐらいか?なんにせよここで源氏を売り込んで結果として兄貴(頼朝)に仕えるように誘導しないとな!)


史実にて頼朝の一の郎党として重宝された御家人。

今見ても掴みどころが分からない大物振りであり、真面目に任務を遂行するまさに仕事師である。


(なんにせよ俺も初めての戦だ、、、。しっかりやらないと、、、)


いきなり目の前に広がる血の海。


あの時仙女に見せられた自身の、、、そして家族に訪れる残酷な史実。


遠くに見えるのは・・・その時に見た自身の首から溢れる血飛沫。


(ッ!?またかッ!!!)


「うッ、!」


思わず吐き気が襲う。




(やれるか、、じゃない。やらなきゃみんな殺される。)


京の源氏館で見た家族の暖かい笑顔。

守らなくてはならない。

そこに宿るのは前世での同情だけではなくなっていた。


「私の初陣と一緒ですな。」


景義が後ろから肩を叩く。


軽くうなづく。


戸惑う武士達に向き直る。


(源氏の最大の落日、平治の乱。この初陣はそれに向けた第一歩に過ぎないんだ。ただ運命に潰されるだけのモブになるわけにはいかない!モブならモブらしく抗ってやるだけだ!泥臭くても・・・目立たなくても・・・どんな方法を使ってでも・・・俺は!いくらだってその運命を変える門出を切り拓いてみせる!

この戦が俺の門出なんだッ!)


「皆の者ッ!!!!!」


その場にいた者全てに激震が走る。


「これより渡良瀬川流域に出張った足利の無頼漢共を成敗する!初陣の俺に坂東武者達が遅れを取るなんてあろうはずが無い。そうだろう!」


「「「「「おおーッ!」」」」」


「なら見せつけろ!たかがこの小競り合いさえも坂東武者を相手にするなら命取りだと!俺に指揮を任せろ!あとは存分に戦うだけで必ず勝つ!

者共ォー!出陣だぁー!!!!」


「「「「「「おおおおおッーーー!!!」」」」」」


動き出す。

家族の笑顔のために人知れず戦うモブの幸せな門出を手に入れるための戦いが、、、


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