第18話風魔を冠する者たち、すなわち坂東を変えるものなり

相模国(さがみのくに)(今の神奈川県)

足柄山(あしがらやま)。


「よし、景義。手筈通りに行くぞ。」


「はっ!若、ご武運を!」


古代から日本の交通の大動脈とも言える畿内七道(きないしちどう)の一つである東海道の走る傍に足柄山はある。


踏み入れると人が踏んで道を成したけもの道が続く。


「なるほど……人から物を奪ったり殺すのには持ってこいの場所だな。」


背中に感じる冷たさ。既に首元に怪しく光るものが突きつけられていた。


「その年でここに分けいろうとしたのは、豪胆なのか単に無謀、油断の類なのかは知らんが運のないガキだな。その立派な刀、ここに置いていきな。そうするなら命まではとらん。」


(なかなかやるじゃないか。気配に気づかなかった。)


朱若には常に死が間近にある。

山伏も小僧がすぐに逃げ出すだろうとたかをくくっていた。


「いや、だと言ったら?」


「はあ?お前死にたいのか?」


「いや、死ねないな。だが、これを渡す訳にもいかん。」


山伏は呆れたかのように気だるそうな声になる。


「お前状況が分かってるのか?お前のようなガキが俺たちを振り切れるわけないだろう!」


朱若は後ろにいる山伏に見えるように左手の親指で自分を指す。


「だったら俺を屈服させてみろよ。力づくでな!」


「ガキィ!言わせておけば!」


怒り心頭。山伏は斬り掛かる。


一閃――――。

かと思われた。


朱若は軽く後ろに飛び退く形で避けていた。


「なんだ!?このガキ。避けやがった!?」


(見える!そして体がしっかり動く!いけるぞ。もっと注目を集めるんだ!)


「実は俺まだ五つなんだよー。流石にそれは不味くないかな?」


「小癪なぁ!腕ぐらいで許してやらぁ!」


振りかぶり、かなりの速さで迫る剣閃を体を傾けたり、仰け反ったりして右、左、後ろ、前と確実に避ける。


(俺の修行の成果をどこまで出せるかだ……)


この作戦は朱若の成長にかかっていた。


影から様子を伺う景義は朱若の提案に驚いたことを思い出す。





数分前。


「景義、山伏どもを召抱えるには俺の力を見せつけねばならん。だから景義は俺が危なくなるまで近くで隠れて見届けてくれ。」


「ですが……」


やはり、部下としては主人を助けず見届けるのは気が引けるのだろう。釈然としていない。


「安心しろ。俺は畳の上以外で死ぬ予定は無い。頼む。この策で行かせてはくれないか。」


「……。分かりました。但し若が危ないと判断したら勝手に介入致します。」


「ありがとう、景義。」



草むらから見守る景義は朱若の戦いぶりを見て涙する。


(五歳とはいえ、初陣もまだなのだ。なのにあの身のこなしは……。素晴らしいの一言に尽きる。義国様や義平様という剛の者に鍛えられた朱若様はかなりの身のこなしをされるようになった。ひょっとするとあと一、二年でわしを抜き、義平様に並ぶほどの腕になるかもしれんわ。全く、ここまで仕えがいのある主は古今で見たことがない。)


朱若には山伏の剣は既に見切れていた。

脇差にでもかけず体を縮めたり曲げたりして避ける。


(よし、ここだッ!)


大きく振りかぶった拍子に山伏の右脇腹に生まれた隙を見逃さなかった。


「うぐぅぅぅッ!?」


もろに脇腹に鞘が入った重みを持つ刀身が入った。

流石の山伏も膝をつく。


「どうだ?見た目と年齢で敵を侮った感想は?」


「くそおぅ、みんながいればお前なんて……」


「見事だ。」


不意に後ろから渋い声が聞こえる。

その瞬間倒れる山伏は感動の表情をしていた。


「お、お頭!」


「貴様何者だ?五歳と聞いて耳を疑ったが、ここにいる十鳶之助(とびのすけ)はまだ新人とはいえ我らの戦い方を一通り叩き込んでおる。名のある御人と見た。今までの無礼をお許しください。もし刑に処される前に良かったらあなたの御名前をお聞かせ願いませぬか?」


「いや、お前らを殺す気は無い。お前たちが旅人や荷車を襲っている報告を受けてここに様子を見に来た。俺の名は源義朝が四男 源朱若だ。」


「まさか、源氏の御曹司にあらせられるとは。重ね重ね無礼を致しました。それに、、、我らを殺す気は無いとは一体どういうことでしょうか?」


「まず、そなたらのこの行いをするに至った訳を聞かせてもらおう。」


頭という男は伸びきった髪に直垂の脚を絞り上げた武士のような姿をしており、気づけば近くには倒れた山伏たちの同じ格好をした者が近くに現れていた。

背丈や顔を見ていると朱若より年上だが十代にもなっていないような童顔が何人もいる。


「我らの事情をお聞きなさる御曹司の温情に感謝致します。我らは受領の重税により逃げ出したあらゆる村々の子供たちが行き場を無くしたところをここで山伏として修行していた私が引き取りましてございます。その際に護身術として我が忍ぶ術を伝授致しました。」


一通り話すと頭の男は俯いた顔をして溜息をつく。


「それだけでは……ないのだな?」


「ご明察にござる。ここで預かった一人の子が受領の部下どもに暴力を振るわれたのでございます。それに怒った子供らはわしに気付かぬうちに受領と縁のある通行人や荷車を襲いだしたのが経緯にござる。」


どうやら、山伏たちはこの頭が知らぬ間に重税を課して村々の子供の生活を狂わせた受領に仕返しをしていた。


「ほう、それは上に立つ者として宜しくないな。その者の名は?」


「名前は皆存じなかったようですが、私が調べたところ秩父重隆の寄子であるとのことです。」


(なるほど、秩父の勢力はここまで伸びようとしているのか。)


朱若とて、秩父と敵対はしているもののそれ以前として民を苦しめる領主はお呼びでない。目の前の救いなら拾い上げるのが上に立つ者の務めであると信じてきた。なら、やることは一つである。


「お主ら、その受領を懲らしめたくはないか?」


「え?」


大きく声を張り上げる。


「周りにいる皆々もだ。俺がそなたたちを召抱えよう。飯も寝るところも風呂だってくれてやる。だから俺に仕えよ。この先の数年後に坂東を大きく変える戦が起こる!その受領とやらも参加するであろう。その時のためにそなたらの力が必要だ!俺は衰えた源氏を再び興隆させる。そなたちも私の覇業を傍で支えて見届けてはくれないか?」


周りの山伏たちはどよめく。

あまりに突然の召抱えの提案に山伏達との間に沈黙の間が続く。



以外にも口を開いたのは最初の十鳶之助という山伏だった。


「そんな……今まで日陰者だった俺たちがそんな恵まれた待遇を受けちまっていいのか?」


「日陰者なら俺だって同じだ。俺以外の三人の兄はみんな優秀だ。結局は下の弟だからって可愛がってもらってるだけでなんも才能なんてない。だけど、俺はそんな家族を失いたくないんだ!だから、なんだってやる。なんなら富も名声も要らん!仲良く静かに暮らせるだけで充分だ。しかし、どうやら源氏の血筋はそれを許してはくれない。だからこそ、日陰者の俺がやらなくちゃならない。だけど俺だけじゃたかが知れているからこそ、俺の手足のようになってくれる同胞が欲しい。それはお前たちじゃないとダメなんだ。」


景義は涙を流していた。


「十鳶之助、お前にはあるか?守りたいものは。」


十鳶之助はいきなりの問いに一瞬間が空くがすぐ真剣になって言った。


「ここにいるみんなとか、俺を逃がして村に残ったおっ母とおっ父を守りたい!」


「そうだ。誰にだって人間なら守りたいものがある。源氏の基盤はこの坂東。そして坂東の民たちだ。それを守るのもまた俺の役目だ。お前たちだって例外じゃない。だからこそ、頼む!ともにこの坂東の民を、源氏を支えてくれないか!」


朱若はいつの間にか頭を下げていた。


「俺は……若様を支えるぞ!」


最初に声をあげたのは十鳶之助だった。


「おっ母が昔言ってたんだ。武士は誇り高いから簡単に人に頭を下げないって。でもこの若様は頭を下げた。しかも、日陰者の俺たちにだ!こんなことはよっぽどの何かがないと出来ないはずだ!俺はやるぞ!日陰者の俺たちにだって有名になれるし、誰かを救うことができるんだって証明するんだ!」



「おっ、俺もやるぞ!」


「私もやります!」


「おらも!」


「俺も!」


次々に山伏達が名乗りをあげる。

そして最後に残ったのはお頭と思われる男だった。


「みんな、行ってしまうようですね……。若様、ありがとうございます。ここにいる時は辛さを忘れさせてやりたいとのびのびと暮らさせていましたが、ここまで生き生きとやる気に満ちた彼らを見るのは初めてです。ここにいる我々もこの命が尽きる時まで若様について行きます。」


後ろにいたお頭の男と同じぐらいの年齢の山伏達が揃って跪く。


「お頭。そなたの名は?」


「ただの小太郎(こたろう)にございます。名字はありませぬ。」


「分かった。お主らに「風魔党」という名を与える。無論、お前たちの風のような身のこなしからそう決めた。小太郎、お主には「風間」の姓と影で常に気取られることなく飛び回るという意味を込めて「飛影(とびかげ)」の名を与え、「風間小太郎飛影」と名乗り、この風魔党をまとめあげよ!ほかの皆々も同じく「風間」の姓を与え武士として召抱える!我らで坂東を変えるぞォッ!!!」


「「「「「「「「おおーーーッッッ!!!」」」」」」」」


こうして、朱若は風魔党という終生の同胞を手に入れた。


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